ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~
それからのこと。

混乱

 高校1年生の秋だった。
 窓から見える景色が色づき始めた晴天の日曜日、毛布に包まって眠るのが気持ちの良い寒さだった。
 お昼近くまでベッドの中でぬくぬく寝ていたほたるは「ゴロゴロしてるなら、新じゃがをあっくんの家に届けてちょうだい」と、ほたるの母に命令されて、篤の家までおつかいを頼まれた。

 篤がいたらどうしよう。

 美白パウダーを叩いて、普通におしゃれなコーデをして出かけた。
 もしかしたら、いるかも。いたらいいな。と、浮わついていた。
 紗良のことは、とりあえず思い出さないようにして。

 ほたるの母情報と学校の噂を総合すると、中3の冬休みにスリランカに旅立った篤は、宝石のカッティングを本格的に習うため滞在期間を延長したという。

 結局、卒業式にも姿を現さなかったな。
 第二ボタン、は無理でも、第三ボタンくらい欲しかったのに。

 綺麗に整頓されたリビングで、篤の母は寂しそうに微笑み、穏やかな口調で言った。

「現地の人たちと採掘作業をしている時に地震があってね、土砂崩れが起きて……篤は巻き込まれてしまったようなの」
「え……だ、だって学校では」

「篤ね、耕作さんに『万が一の時は』って、手紙を預けていたの。そこに、自分の死については公表せず、遺体は現地で埋葬してもらい、日本で葬儀は行わないって書いてあって。私たちに知らせが届いたのも全て終わったあとだった。ずっと黙っててごめんね。おばさんもいろいろ悩んだのだけど、やっぱり篤の意思を尊重しようと決めたの」
「……」

「おばさん、寂しくなったら空を眺めるようにしているのよ。空は篤とつながっているから」
 窓の外に目を向けて、篤とよく似た口元で微笑んだ篤の母は「そうだった」と、パチンと手を叩いた。

「篤が採掘した原石を、現地の職人さんがアクセサリーにしてくれてね」
 ちょっと待っててね、と、篤の母はいったんリビングを離れた。

「これこれ」と、薄紫色の石がついたネックレスを、ほたるにつけてくれる。

「綺麗」
「フローライトって言うのよ。スリランカで採れるのは稀なんですって。別名は、蛍石」

「ほたる石」
「きっとこれは、篤からほたるちゃんへのプレゼントだと思うわ」
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