ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~
むし屋

むし屋

「虫屋?」

 看板を読んで首を傾げる。
 虫の漢字は、中の左右の空白部分にそれぞれ『人』の漢字が入っている。昔の漢字かな、と思った。
 こげ茶色の重厚そうなモダンドアの下に、虫はいた。

「行き止まりね」
 むふふ、と笑って、虫に近づいた瞬間、ガーと、機械的な音がして、ドアが開いてしまった。

(やばっ)
 こんな高級そうなお店、大学生のほたるが入ってよい場所じゃない。

 慌てて身をひるがえしかけたほたるの背中に「いらっしゃいませ、お客様」とお店の人が呼び掛けてきた。

「あ、すいません。あたし、客じゃなく、て……」
 仕立ての良いライトネイビーのスーツ。清潔そうな黒髪。切れ長で知的な黒い瞳。

(か、かっこいい~)
 思わず見惚れる程のイケメンが、ほたるに微笑みかけている。
 神社で出会った死神さんを神秘的イケメンとすると、この人は執事イケメン。

 ぽうっと口を開けているほたるに、執事イケメンが言った。

「ボンジュール、ビアンブニュ。ようこそ、むし屋へ」
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