ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

あの時

『オレ、いわゆる同性愛者ってやつなんだ。今はオランダで同性の、男の恋人と一緒に暮らしてる。ゆくゆくは結婚したいと考えてる』
 突然の篤のカミングアウトに、あの時、ほたるは頭が真っ白になった。

 同性愛者? 男の恋人? 結婚? 篤が??

『ごめん。引いただろ。ほたるが思ってるようなやつじゃなくてごめん。みんなショック受けるだろうってわかってた。だから……怖かったんだ。オレのこと見る目が変わるのが。でも、オレは……オレも橘さんやほたるみたいに、真剣に相手と向き合う恋愛がしたかった……だけど、友達や両親から偏見の目で見られる覚悟はできなくて……それで日本で死んだことにして、誰もオレを知らない海外で生きることに決めたんだ。オランダは世界で初めて同性婚を合法化した国で、日本より偏見が少ないんだよ』
 篤の説明が外国語みたいで理解できなかった。呆然とするほたるを見て篤は悲しそうに笑った。

『だよな。これが夢でよかった。ほたる、元気でな』

 そう言って篤は、徐々に薄れていく。それをただ見つめるしかなくて。
 その時だった。

「おい、また後悔するぞ!」

 突然、向尸井が怒鳴ったのだ。たった一言だった。
 だけど、それがすごく胸に響いて、ほたるはハッとした。なんでもいいから、喋らなきゃ。と。

「あたしは、あたし、やっぱりショック! だってつまり、男子が好きってことでしょ? 絶対に実らない恋だったってことじゃん。わけわかんない! 今、頭真っ白だよ! でも!」
 消えていく篤に思いつくまま叫んだ。

「でも、篤が生きていて本当によかった! 本当に嬉しい! めっちゃ嬉しい!! だからちゃんとみんなにも生きてるって教えてよ! おばさんも、紗良やさなえちゃんたちも、大地君もみんな絶対に絶対に嬉しいから! 言っててわかったけど、あたし、篤が男を好きでも関係ない! 篤は篤だもん! みんなも絶対にそう! だから」

「だから、いつか、絶対絶対帰ってきて!!」

 篤が、クシャっと泣いたように笑った。大好きな両頬のえくぼ。

『サンキュ! やっぱ、オレ、ほたるのことが好きだ』
 そう言って、篤は消えていったのだった。

 篤にちゃんと気持ちをぶつけられたのは、この向尸井さんのおかげだった。
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