ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

むし屋とひいじいじと、死神さん

 イケメンで上品に見えて、案外口が悪い。いろいろ含めて、ほたるはもっと向尸井を知りたいと思う。
 その向尸井はやや頬を引きつらせながら、それでも営業スマイルを保っている。

「申し訳ありませんが当店は」
「その子は、蜻蛉さんの子孫だよ」
 ひゅるんと風が吹いて、ほたるの背後にひょろりとした男性が現れた。

 黒く大きな丸ブチメガネ、赤茶色の綺麗な瞳。外人みたいな目鼻立ちとつんと尖った顎。燃えるようなオレンジ髪に同じ色のロングジャケット。

「死神さん!」
「また会ったね、ほたるちゃん」と死神が華麗に微笑んだ。

「なんだ、お前の客だったのか、アキアカネ」
 これまで笑みを絶やさなかった向尸井の表情に嫌悪が現れる。

「いいや、あの日僕は通りかかっただけだよ。僕が居ようが居まいがこの子は自力でここへたどり着いていたさ」
「……つまり、蜻蛉が飼っていたむしをこいつも引き継いでるってわけか。だから、通常の人間には見えないはずの『むしインク』で現像したアルバイト広告まで見えた……どうりで、喪失目のむしはまだ在庫があるのにおかしいと思ったんだよ」
 向尸井はほたるをじろりと眺めた。

「招きもしないのに二度もここへ現れるしな」
「蜻蛉って……ひいじいじを知ってるんですか?」

「蜻蛉さんは君と同じ珍しいむしを持っていてね。そのむしを使ってここへ自由に行き来していたんだ。いっとき、彼はむし屋でアルバイトしてたんだよ。あ、それから、僕は死神じゃなくてアキアカネ。よろしくね」

 アキアカネがふわりと微笑む。ひいじいじがここでアルバイト? 
 ますますここで働きたくなる。
 キラキラ目を輝かせるほたるを見て、慌てて向尸井が訂正した。

「オレは雇ってない。あいつは勝手に働いてただけだ。お前も雇う気はない」
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