氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~
第02話、婚約破棄
「――こんばんは、アリシア様」
「レンディス様、いらっしゃっていたのですか?」
卒業生が入場し終わると扉は閉まり、式典が始まる。学園長の挨拶、代表の挨拶など行っている中、アリシアの隣に立つ人物が小さな声で彼女に話しかけてきた。
短い黒い髪に黒い瞳を持つ人物の姿がすぐさま認識出来る。レンディス・フィード――王宮騎士団で働いている人物の一人であり、別名『黒狼の騎士』と呼ばれている人物である。
そんなレンディスも数日前、同じ任務に就いていた事もあり、帰ってきたのは一昨日のはずなのだが、当然疲れたような顔をしつつ、少し笑顔を作りながらアリシアに挨拶をしている。
「確かレンディス様の妹様が卒業でしたよね?」
「ええ、本当は一番上の兄が来る予定だったのですが、どうやら仕事が入ってしまい、代わりに俺が来たと言うわけです」
「……目の下のクマ、やばいですよ」
「そういうアリシア様こそ、少しやつれた顔をしておりますね」
「「…………」」
レンディスとアリシアはお互い見つめあった後、二人で軽く笑いながら再度お辞儀をし、そしてアリシアは静かに答える。
「――お互い様ですね、レンディス様」
「本当、そのようで……」
二人はそのような会話を終わらせると、そのまま卒業式に集中する。もちろん、アリシアが視線を向ける先に居るのは、綺麗で美しい自分の妹、カトリーヌのみ。今日も彼女が輝いていると思いながら、前世ならば絶対にビデオカメラを持ってその場で収めるのにと思いながら、フフっと笑っている姿を、隣に居たレンディスが見ていたなんて、知らず。
少しだけ顔が緩んでいる彼女の姿を見たレンディスは少し驚いた顔をした後、彼女が見ている先に居るのが、アリシアが最も愛している妹、カトリーヌだとわかる。
「……なるほど、アリシア様は本当に妹様が好きなのですね」
「何か言いました、レンディス様?」
「いえ、独り言なので気にしないでください」
レンディスはそのように言って笑いかけてきたのだが、アリシアはわからず首をかしげるのみだった。
いつの間にか卒業生代表の言葉が始まっている。因みに卒業生代表はアリシアの友人であり、この国の第一王子である男の弟、フィリップ第二王子であり、この国の王太子である。何故第一王子が王太子ではないのかと言う話もあるのだが、実の所第二王子が正室の第一王妃の息子であり、第一王子であるファルマ殿下は側室の第二王妃の息子。
「俺が国を背負う男に見えるか?」
と、以前笑いながらそのような話をしてきた事をアリシアは頭の片隅で思い出す。彼曰く、国王になるよりか、騎士団に入って体を動かす方が好きだと言っているぐらいだ。
そんな第二王子であり王太子である男、フィリップ殿下には婚約者がいる――幼い頃から決まっている、アリシアの妹であるカトリーヌだ。
因みにこの婚約に反対していたアリシアだったが、国王の命令でもあり、父親も断れない状況に陥ったという事、何よりカトリーヌの希望でもあったため泣く泣く了承したぐらいだ。未だに妹を泣かせたら絶対にぶっ飛ばすと決めているほど。
近くに居たファルマに小声でアリシアは呟く。
「……相変わらず君の弟は偉そうな顔しているな」
「はは、きっと義母上に似たのかもしれないな」
「あの女狐、いつか凍らせる許可をくれないだろうか?」
「……アリシアだけだよ。あの人の事を女狐って呼ぶの」
一応この国の王妃様なのだからとあきれるように言ってくるファルマを無視し、アリシアはフィリップ王太子に視線を向けながらため息を吐く。もし、このままあの二人が結婚をしてしまい、夫婦となり、あの男が国王になり、カトリーヌが王妃となったら大丈夫なのだろうかと考えるほど、苦労するのではないだろうかという気持ちになりながら再度ため息を吐いてしまう。
それぐらい、アリシアは王太子と正室である第一王妃の事が嫌いなのである。
軽く舌打ちをしながら卒業生代表の言葉が終わり、その後ここからはダンスを踊り、軽い食事をしながら歓談したあと解散と言う形になるのであろう。アリシアは早く妹の所に行って帰りたいなと思いながら各方向からダンスを始めようとしている者達を眺めていると、先ほど隣に居たレンディスが声をかける。
「アリシア様、もしお相手が居なければ、俺と一曲いかがですか?」
「え……それは別に構いませんが……レンディス様のような方ならば、私よりも素敵な令嬢たちがいらっしゃると思うのですが……」
「俺は、あなた以外にダンスを申し込むつもりはございませんので」
「……は、はぁ……物好きと言われませんか?」
「物好きですので」
「では――」
こんな『人形の令嬢』と言われている女にダンスを申し込む男など居るのだろうかと思ってしまったのだが、申し込まれてしまったからには受けなければいけない。差し伸べられた手を受け取ろうとした時、音楽の中から突然大声がアリシアの、いや周りから響き渡ったのである。
「カトリーヌ・カトレンヌ!私は其方との婚約を破棄し、新たにエリザベート・フィードと婚約を結ぶ事を宣言する!」
「「……は?」」
「お、声が合わさったな、レンディス、アリシア」
次の瞬間、王太子であるフィリップの言葉を聞いたアリシアとレンディスが一瞬にして中心人物となっている人たちの方に視線を向けると、そこには驚いた顔をして青ざめているカトリーヌと、そしてカトリーヌの近くにいて同じように驚いている少女、エリザベート・フィードの姿があり、そんな二人の前に居た青年、この国の王太子である第二王子が鼻息を荒くしながら立っていた。
一瞬、この公の場で何を言っているんだあのバカ王子と思いながら、アリシアは現実を受け止める事が出来ず、そのまま後ろで声を出していたファルマに視線を向けると、彼も同じように首を横に振りながら答える。
「え、ちょ、俺だって初耳だよ!流石に驚いてつい声を出してしまったが……え、レンディス、いつの間に君の妹はうちの弟と恋仲になったの?」
「……殿下、申し訳ございませんが、俺も初耳です」
「アリシアは?」
「ぶん殴っていいですか殿下?」
そのように言いながら拳を握りしめ、同時に魔力が抑えきれないのか彼女の周りだけ異様に冷たく感じるのは気のせいだと思いたいのだが、気のせいではなかった。ふーっと白い息を出しながら殺気を向けているアリシアにファルマは何も言う事が出来ない。
一方、レンディスの方は落ち着かない様子が見られ、いつもならば無表情で何でもこなす人物なのだが、妹の事と目の前に居るアリシアの事を考えると、どのように行動すれば良いのかわからないのか、色々と頭の中に入っていないのか落ち着かない素振りを見せている。
ファルマは彼女の背後にある黒いオーラが少しだけ見えた事を感じながら、中心部に居る人物たちに再度視線を向ける。
その中、真っ青になっているアリシアの妹、カトリーヌが震える唇を動かしながら、婚約破棄を宣言した王太子に向けて声をかける。
「あ、の……言っている意味が分からないのですが、ど、どうして私と……そ、それより何故友人であるエリザベートと婚約をすると、言う話になったのですか……」
「そ、そうですわフィリップ殿下!私と彼女は友人で――」
「簡単な事だカトリーヌ。僕は真実の愛を見つけ、それが彼女と言うだけだ。彼女はいつも僕の傍に居て、僕を癒してくれた……だから僕は彼女と婚約をし、結婚をする!そもそも僕は偽りの愛である君との結婚は嫌だったんだ!」
「……」
「うーん、どう見てもこれは弟の暴走だなぁ……すまないアリシア……って、聞いてないなこれは」
「……殿下、俺はどうしたら良いでしょうか?」
「うん、別にレンディスが悪いわけではないから気にしなくていいよ。君の妹も青ざめているから本当、何も知らなかった、って感じみたいだし」
笑いながらそのように答えているファルマだったが、レンディスはそんなファルマに賛成できず、どうしたら良いのかわからない状態だ。
そして、アリシアは黙ったまま何も言わない。ただゆっくりと中心に居るカトリーヌと隣に立って同じように慌てているエリザベートの姿を見ているのみ。
それから数十秒後、何かを喚き散らしている王太子に視線を向け、何かを頷いた後、ファルマに再度目を向けた。
「殿下、大変申し訳ございませんが、お許しください」
「あー……まぁ、良いよ。好きにして。俺も責任取るから」
「ありがとうございます」
「アリシア様?」
何かを決意したかのような顔をしたアリシアの瞳は、明らかに怒りを露わにしている状態であり、長年付き合ってきたファルマにとって、もうこれは止められないと理解したのである。好きにしていいと言う言葉を、アリシアはありがたく頂戴することにした。
そして、彼女はそのまま歩き出し、レンディスも少し間を置いて彼女を追いかけようとしたのだが、それをファルマが止める。
「巻き込まれるからやめておいた方がいい」
「し、しかし殿下……」
「弟もバカだよね」
「……それは」
「――彼は、氷の魔術師を怒らせちゃったのだから」
「レンディス様、いらっしゃっていたのですか?」
卒業生が入場し終わると扉は閉まり、式典が始まる。学園長の挨拶、代表の挨拶など行っている中、アリシアの隣に立つ人物が小さな声で彼女に話しかけてきた。
短い黒い髪に黒い瞳を持つ人物の姿がすぐさま認識出来る。レンディス・フィード――王宮騎士団で働いている人物の一人であり、別名『黒狼の騎士』と呼ばれている人物である。
そんなレンディスも数日前、同じ任務に就いていた事もあり、帰ってきたのは一昨日のはずなのだが、当然疲れたような顔をしつつ、少し笑顔を作りながらアリシアに挨拶をしている。
「確かレンディス様の妹様が卒業でしたよね?」
「ええ、本当は一番上の兄が来る予定だったのですが、どうやら仕事が入ってしまい、代わりに俺が来たと言うわけです」
「……目の下のクマ、やばいですよ」
「そういうアリシア様こそ、少しやつれた顔をしておりますね」
「「…………」」
レンディスとアリシアはお互い見つめあった後、二人で軽く笑いながら再度お辞儀をし、そしてアリシアは静かに答える。
「――お互い様ですね、レンディス様」
「本当、そのようで……」
二人はそのような会話を終わらせると、そのまま卒業式に集中する。もちろん、アリシアが視線を向ける先に居るのは、綺麗で美しい自分の妹、カトリーヌのみ。今日も彼女が輝いていると思いながら、前世ならば絶対にビデオカメラを持ってその場で収めるのにと思いながら、フフっと笑っている姿を、隣に居たレンディスが見ていたなんて、知らず。
少しだけ顔が緩んでいる彼女の姿を見たレンディスは少し驚いた顔をした後、彼女が見ている先に居るのが、アリシアが最も愛している妹、カトリーヌだとわかる。
「……なるほど、アリシア様は本当に妹様が好きなのですね」
「何か言いました、レンディス様?」
「いえ、独り言なので気にしないでください」
レンディスはそのように言って笑いかけてきたのだが、アリシアはわからず首をかしげるのみだった。
いつの間にか卒業生代表の言葉が始まっている。因みに卒業生代表はアリシアの友人であり、この国の第一王子である男の弟、フィリップ第二王子であり、この国の王太子である。何故第一王子が王太子ではないのかと言う話もあるのだが、実の所第二王子が正室の第一王妃の息子であり、第一王子であるファルマ殿下は側室の第二王妃の息子。
「俺が国を背負う男に見えるか?」
と、以前笑いながらそのような話をしてきた事をアリシアは頭の片隅で思い出す。彼曰く、国王になるよりか、騎士団に入って体を動かす方が好きだと言っているぐらいだ。
そんな第二王子であり王太子である男、フィリップ殿下には婚約者がいる――幼い頃から決まっている、アリシアの妹であるカトリーヌだ。
因みにこの婚約に反対していたアリシアだったが、国王の命令でもあり、父親も断れない状況に陥ったという事、何よりカトリーヌの希望でもあったため泣く泣く了承したぐらいだ。未だに妹を泣かせたら絶対にぶっ飛ばすと決めているほど。
近くに居たファルマに小声でアリシアは呟く。
「……相変わらず君の弟は偉そうな顔しているな」
「はは、きっと義母上に似たのかもしれないな」
「あの女狐、いつか凍らせる許可をくれないだろうか?」
「……アリシアだけだよ。あの人の事を女狐って呼ぶの」
一応この国の王妃様なのだからとあきれるように言ってくるファルマを無視し、アリシアはフィリップ王太子に視線を向けながらため息を吐く。もし、このままあの二人が結婚をしてしまい、夫婦となり、あの男が国王になり、カトリーヌが王妃となったら大丈夫なのだろうかと考えるほど、苦労するのではないだろうかという気持ちになりながら再度ため息を吐いてしまう。
それぐらい、アリシアは王太子と正室である第一王妃の事が嫌いなのである。
軽く舌打ちをしながら卒業生代表の言葉が終わり、その後ここからはダンスを踊り、軽い食事をしながら歓談したあと解散と言う形になるのであろう。アリシアは早く妹の所に行って帰りたいなと思いながら各方向からダンスを始めようとしている者達を眺めていると、先ほど隣に居たレンディスが声をかける。
「アリシア様、もしお相手が居なければ、俺と一曲いかがですか?」
「え……それは別に構いませんが……レンディス様のような方ならば、私よりも素敵な令嬢たちがいらっしゃると思うのですが……」
「俺は、あなた以外にダンスを申し込むつもりはございませんので」
「……は、はぁ……物好きと言われませんか?」
「物好きですので」
「では――」
こんな『人形の令嬢』と言われている女にダンスを申し込む男など居るのだろうかと思ってしまったのだが、申し込まれてしまったからには受けなければいけない。差し伸べられた手を受け取ろうとした時、音楽の中から突然大声がアリシアの、いや周りから響き渡ったのである。
「カトリーヌ・カトレンヌ!私は其方との婚約を破棄し、新たにエリザベート・フィードと婚約を結ぶ事を宣言する!」
「「……は?」」
「お、声が合わさったな、レンディス、アリシア」
次の瞬間、王太子であるフィリップの言葉を聞いたアリシアとレンディスが一瞬にして中心人物となっている人たちの方に視線を向けると、そこには驚いた顔をして青ざめているカトリーヌと、そしてカトリーヌの近くにいて同じように驚いている少女、エリザベート・フィードの姿があり、そんな二人の前に居た青年、この国の王太子である第二王子が鼻息を荒くしながら立っていた。
一瞬、この公の場で何を言っているんだあのバカ王子と思いながら、アリシアは現実を受け止める事が出来ず、そのまま後ろで声を出していたファルマに視線を向けると、彼も同じように首を横に振りながら答える。
「え、ちょ、俺だって初耳だよ!流石に驚いてつい声を出してしまったが……え、レンディス、いつの間に君の妹はうちの弟と恋仲になったの?」
「……殿下、申し訳ございませんが、俺も初耳です」
「アリシアは?」
「ぶん殴っていいですか殿下?」
そのように言いながら拳を握りしめ、同時に魔力が抑えきれないのか彼女の周りだけ異様に冷たく感じるのは気のせいだと思いたいのだが、気のせいではなかった。ふーっと白い息を出しながら殺気を向けているアリシアにファルマは何も言う事が出来ない。
一方、レンディスの方は落ち着かない様子が見られ、いつもならば無表情で何でもこなす人物なのだが、妹の事と目の前に居るアリシアの事を考えると、どのように行動すれば良いのかわからないのか、色々と頭の中に入っていないのか落ち着かない素振りを見せている。
ファルマは彼女の背後にある黒いオーラが少しだけ見えた事を感じながら、中心部に居る人物たちに再度視線を向ける。
その中、真っ青になっているアリシアの妹、カトリーヌが震える唇を動かしながら、婚約破棄を宣言した王太子に向けて声をかける。
「あ、の……言っている意味が分からないのですが、ど、どうして私と……そ、それより何故友人であるエリザベートと婚約をすると、言う話になったのですか……」
「そ、そうですわフィリップ殿下!私と彼女は友人で――」
「簡単な事だカトリーヌ。僕は真実の愛を見つけ、それが彼女と言うだけだ。彼女はいつも僕の傍に居て、僕を癒してくれた……だから僕は彼女と婚約をし、結婚をする!そもそも僕は偽りの愛である君との結婚は嫌だったんだ!」
「……」
「うーん、どう見てもこれは弟の暴走だなぁ……すまないアリシア……って、聞いてないなこれは」
「……殿下、俺はどうしたら良いでしょうか?」
「うん、別にレンディスが悪いわけではないから気にしなくていいよ。君の妹も青ざめているから本当、何も知らなかった、って感じみたいだし」
笑いながらそのように答えているファルマだったが、レンディスはそんなファルマに賛成できず、どうしたら良いのかわからない状態だ。
そして、アリシアは黙ったまま何も言わない。ただゆっくりと中心に居るカトリーヌと隣に立って同じように慌てているエリザベートの姿を見ているのみ。
それから数十秒後、何かを喚き散らしている王太子に視線を向け、何かを頷いた後、ファルマに再度目を向けた。
「殿下、大変申し訳ございませんが、お許しください」
「あー……まぁ、良いよ。好きにして。俺も責任取るから」
「ありがとうございます」
「アリシア様?」
何かを決意したかのような顔をしたアリシアの瞳は、明らかに怒りを露わにしている状態であり、長年付き合ってきたファルマにとって、もうこれは止められないと理解したのである。好きにしていいと言う言葉を、アリシアはありがたく頂戴することにした。
そして、彼女はそのまま歩き出し、レンディスも少し間を置いて彼女を追いかけようとしたのだが、それをファルマが止める。
「巻き込まれるからやめておいた方がいい」
「し、しかし殿下……」
「弟もバカだよね」
「……それは」
「――彼は、氷の魔術師を怒らせちゃったのだから」