氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~
第18.5話 ファルマ・リーフガルト
ファルマ・リーフガルト。
この国の第一王子であり、側室との間に生まれた王子であるため、正妃の息子であるフィリップ・リーフガルトより下にあたる。
本人は別に気にすることなく、王様になるつもりもなく、自分から進んで王宮魔術師に足を踏み入れたり、騎士団に入ったり――彼は、アリシアやレンディスの二人にとって、上司のような存在である。
そんな彼は、幼い頃から魔力があまりなく、周りからバカにされた事が多かった。現に第二王子であるフィリップですら、魔力量が半端ないと言うのに。
しかし、それでもファルマは気にしていなかった――自分の事や他人の事に無頓着な性格なのである。
しかし、そんな彼にも出来る事があった。わずかな魔力と媒体になる魔石を組み合わせ、彼は召喚術を使えるようになった。同時に初めて召喚した相手はかなり危険な存在だったという事も。
ファルマにとって、それは良い思い出でもある。
「ねぇ、ワタシを呼び出しておいて、考え事かしら?」
「ああ、すまない……リリス」
フフっと笑いながらファルマの周りをうろついている綺麗な女性は妖艶の笑みを見せながらファルマの身体に抱き着く。既に慣れているのか、ファルマは全く持って抵抗をする事はなかった。
同時に深いため息を吐きながら、ファルマはリリスと呼んだ、自分の悪魔《召喚獣》に声をかける。
「悪い、ちょっと考え事をしていて……それと、暑苦しいから引っ付くなよ」
「あらあら、お姉さんが慰めてあげてるのに」
「慰めてって……俺はもう子供じゃないよ、リリス」
「子供よ、ワタシにとってあなたは……召喚された時からずっと、子供のまま」
「……」
体を浮かせながら笑顔で答えているリリスの姿が、正直苦手だ。彼女はファルマにとって大切な存在であり召喚術の中でも一番戦闘力のある、魔術師のような存在。
そんな彼女は『悪魔』と呼ばれている存在で、いたずら好きな性格の持ち主。同時に彼女は自分の痛いところを付いてい来る。
――慰めていると言うのは、本当なのだろう。
彼女はまるで全てを知っているかのように、顔を覗かせながらファルマを見る。
「――本当なら、自分が奪ってやりたかったんでしょう?アリシア・カトレンヌを」
「……」
リリスの言葉に、ファルマは答える事はなかった。全て図星なのだから。
アリシア・カトレンヌ――初めて会った時、凛々しく、美しい姿に恋をしたと言ってもいいほど、彼女は綺麗だった。同時に妹思いが強く、時々暴走しがちな性格だと気づいたときには既に遅かった。
レンディスもアリシアに恋をしていると言う事はわかっていた。しかし、ファルマは王子でレンディスは騎士。身分さと言うモノがあった事や、どうせだったら好きな相手は遠くから見て、幸せを応援してあげたい気分になった。
レンディスの背中を押して、彼は妹と共に、アリシア姉妹が居る場所に向かっていった。
残されたのは、結局ファルマのみ。
「……ああ、俺も二人の後を追いかけようかなぁー」
「だめよ、まだ仕事があるんだから」
「王子って、どうして王子様なんだろう?」
「いきなりそんな事言われても、わからないわよ」
深いため息を吐きながら、ファルマはアリシアとレンディスを思い出す。
あの二人はファルマにとって、唯一心が許せる相手でもあった。
第一王子としても、ファルマは側室の妃から生まれた存在であり、第二継承者でもある。当然、王太子にはなれないし、そもそもなるつもりはなかった。が、それでも周りの人間は自分の欲望たる目的のために動いていった。
ファルマはそれに嫌気がさし、同時に『悪魔』を召喚させた。リリスと言う、強い『友人《かぞく》』が。
リリスだけ、自分が契約した召喚獣だけいればよいと思っていたはずなのに、ある日出会ってしまった。アリシア・カトレンヌと言う存在に。
『ファルマ殿下、初めまして。カトレンヌ侯爵の娘、アリシア・カトレンヌです……とても珍しい『悪魔《存在》』を使役しているのですね」
リリスを見せれば、周りの人間は逃げていた。それなのに彼女はまっすぐとそのように告げた――それが、ファルマとアリシアの出会いだった。
ファルマとアリシアは同じ学園で勉学に励んでいた。入学したて、学年は違うが彼女は将来王宮魔術師の一員を目指すと言う事だったため、第一王子であるファルマに声をかけたのだろう。
それに、彼女の妹は義弟のフィリップの婚約者だった。
彼女は怯える事なく、まっすぐに目を向けながら挨拶をしてくれたことに、ファルマはいつの間にか彼女の心の美しさに惹かれてしまった。
レンディスと出会ったのは、学園を卒業した後に出会った。ボロボロで何日も風呂に入っていない状態で任務を終えて帰ってきた姿を目撃した事がある。流石にかわいそうになってきたので水を操る召喚獣を呼び出し、レンディスに水をぶっかけた。
ある意味、いたずらと心が芽生えたのだが、もしかしたら怒られるかもしれないと予想してしまったが、彼は怒る事なく無表情で突然ファルマに向けて挨拶をした。
「ありがとうございます、殿下」
「あ、りがと……だと!?」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったファルマは呆然としてしまった。それからアリシア、レンディス、ファルマの三人は一緒に任務をこなすようになっていく。その時間が長く続けばいいなと思っていたからこそ、ファルマはアリシアに自分の恋心を言う事はなかった。
同時に、逆にレンディスがアリシアの事が好きだという事に気づいたときも、背中を教えてくっついてくれればいいなと言う気持ちがあった――レンディスならば、アリシアを渡しても良いと思ったから。
そんな二人が今何をしているのだろうかとちょっと気になりつつ、ファルマは再度息を吐きながら居ると、いつの間にか隣に居たリリスが居ない。
背後に視線を向けると、窓の外を睨みつけるように見ている姿がある。
「ん、どうしたリリス?」
「……ねぇ、あそこの部屋って確かフィリップ君のお母さんのお部屋よね?」
「ああ、そうだけど……何かあるのか?」
「……」
「おい、リリス」
彼女の様子がおかしいとわかったファルマは再度リリスに声をかけた時だった。入り口付近が騒がしい事に気づき、リリスから扉の方に視線を向けると、ノックもせずに騎士の一人がファルマの部屋に入ってきた。
騎士が一人入ってきたことにより、リリスは姿を隠すために透明になる。
「お、お仕事中大変申し訳ございませんファルマ様!」
「……どうした、何かあったのか?」
「き、緊急事態です!」
「緊急?」
「正妃様……ラフレシア様が……ど、毒を飲み……ッ」
「……は?」
一体この男は何を言っているのかわからず、目を見開いた状態で騎士を見つめ、リリスは消えた状態でも、王妃であるラフレシアが居る場所に目を向けていたのだった。