氷の魔術師は、自分よりも妹を優先する。~だから妹を傷つけるモノは死んでも許さない~
第04話、突然の求婚に氷の魔術師は
「お姉様、準備が……あらら、お姉様、これは一体……」
「ハハっ……ごめんなさいカトリーヌ。こっちの棚の方の本と書類を詰めてもらえない?」
「ええ、喜んで……相変わらずお姉様は片付けが出来ないですわね」
「こんな姉、嫌でしょう?」
「いえ、私にとってお姉様は一番ですわ」
笑顔でそのようにしながら答える妹の姿を、アリシアは少し安心したような表情で彼女を見つめる。婚約破棄をされてから、顔色が悪かったのだが、数日後には少し落ち着いたのか笑顔を見せてくれるようになった。
今日の午後、アリシアとカトリーヌの二人は叔母が居る田舎の辺境に向かう予定だ。日時は馬車を動かして三日から四日かかる程度。
元々王宮魔術師として働いていたアリシアにとっては野宿などは当たり前の事をしていたのだが、カトリーヌはそれを経験した事がない。ましてやこの国すら出た事ないのに大丈夫だろうかと少しばかり心配になる。
アリシアはカトリーヌに再度視線を向ける。
笑顔で彼女が言っていた書類などを荷物の中に詰め込むようにしながら鼻歌を歌っている姿を見て、このまま自分たちの周りが落ち着けばいいと思いながら、アリシアは古びた書物に視線を向ける。
「ああ、こんなところにあったのですね」
アリシアがそのように呟きながら古びた本に視線を向け、懐かしそうに見つめながら表紙をなぞる。
この書物は嘗て、まだ魔術師の見習いとして過ごしていた時に出会った本であり、この本は死んだ母親が買ってきてくれた大切な本――片づける事が嫌いなアリシアは何処かに置いておいたはずの本の片づけを始めている時に見つけたのである。
この書物を買った半年後に、母は命を落とした。妹を残して。
「……」
「お姉様?」
手が止まった事に気づいたのか、アリシアに視線を向けるカトリーヌ。彼女に呼ばれたことに気づいたアリシアは思わず反応してしまい、いつものように笑顔を見せながら書物を荷物の中に入れた。
「あ、えっと、カトリーヌ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしておりまして……」
「大丈夫ですか?少し顔色がよろしくないように見えますが……」
「……少し、思い出してしまった事があっただけで、大丈夫ですよ?」
母の事を思い出してしまったなんて、妹には絶対に言えない。きっと悲しませてしまうからと思ったアリシアは平静を保ちながら笑顔を向ける。
いつもの笑顔を見せたアリシアに対し、カトリーヌは何かを首を傾げつつも、いつもの姉の姿を見たので安心したのか、静かに笑って見せる。
大体荷物が整理し終えた事を確認し、馬車の準備に取り掛かるために動き出そうとした時、カトリーヌがアリシアに声をかける。
「そう言えばお姉様、お姉様は結婚と言うモノをしないのですか?」
「…………はい?」
「だって、私に婚約者……もう破棄してしまったのでおりませんが、お姉様にはまだ婚約者と言う人物がいらっしゃらないではありませんか?お姉様はお好きな方とかいらっしゃらないのですか?」
「……考え事、ありませんでしたね。だって、毎日魔獣討伐だったので……私は、どちらかと言いますと、母親似ですからね。カトリーヌは父親似」
母親似――その言葉を聞いて、カトリーヌは納得してしまう。それほど、彼女たちの母親はこの国では有名な存在なのだ。
逆に父親であるカトレンヌ侯爵は母と同様の王宮魔術師で実力者だが、少しだけおっとりとした性格でもある為、カトリーヌは逆に言えばそこが似てしまったのであろう。アリシア以上の令嬢となったカトリーヌはこのカトレンヌ家の大切な存在であり、愛されている。だからこそアリシアは第二王子であるあの男が許せなかったのである。
「それに、氷の魔術師と呼ばれている私なんて、欲しい人が居たら見てみたいですわ」
そのように告げながらアリシアは馬車の方に向かって早足で歩きだした。
▽
「あ、アリシア様ッ!」
「え……レンディス様?」
息を切らすようにしながら馬車で向かおうとしているアリシアに声をかけてきた騎士、レンディスは慌てる素振りを見せながら彼女に声をかけ、近づいてくる。
突然のレンディスの姿に驚いたアリシアは呆然としながら彼に視線を向けると、レンディスは落ち着きを取り戻す事なく、慌てる様子で話しかけてきた。
「あ、あの、休暇をもらったと言う事で……どちらにいらっしゃるのですか?」
「ええ、あのような事もありましたので、これから妹と一緒に伯母の所に行こうと思いまして……戻ってくるのはいつになるかわかりませんが」
「……そう、ですか」
「まぁ、妹も婚約破棄したばかりで落ち込んでおりますので、田舎でリフレッシュになれば……私も働きづめでしたので、上司から喜んで休暇を出していただきましたので、ゆっくりしてからこれからの事を考えようと思います」
「これからの、事?」
「はい。妹の新しい人も見つけないといけないし、私もいつかは何処かに嫁ぐ予定だと、思いますが……まぁ、私は既に行き遅れなので、もらってくれる相手が居るかどうかなのですが……」
ははっと笑いながら答えるアリシアの言葉に、レンディスは驚いた顔をして、唇を少し噛みしめるようにした後、そのまま突然彼女の両手に手を伸ばし、握りしめる。
突然自分の手を握りしめられたことに驚いたアリシアは呆然としながら、レンディスに視線を向けると、レンディスの顔は真剣な顔をしており、その顔はまるで魔獣討伐で見かけたような、真剣な瞳だ。
「……どこかに嫁ぐ予定があるのですね、アリシア様」
「え、ええ……こんな『氷の魔術師』と呼ばれている私をもらってくれる相手が居れば、の話ですけど。あ、妹の縁談を見つけて落ち着いた、らですけど」
「……なら、俺がもらいます」
「え……」
「――好きですアリシア様。ずっと、お慕いしておりました」
「…………え?」
突然、レンディスが自分に愛の告白をしてきた事により、アリシアは呆然としながら、彼を見つめる事しかできない。一体、この男は何を言っているのだろうか、と言う言葉がよぎる。
そんな素振りなんて全く気付かなかった。自分は王宮魔術師として働いており、たまにこうして会話をしたり、魔術討伐などで一緒に討伐をしていただけの関係、だと思っていたはずなのに。
無表情で、何を考えているのかわからない男が、アリシアの手を握りしめ、告白をしてきて。
前世では、恋と言うモノをした事がなかったアリシアにとって、それは未知の世界だ。家族以外に笑わない彼女が次の瞬間、顔が崩れ落ちたかのようにいつも違う表情を見せる。
顔面真っ赤に染まり、どうしたら良いのかわからないアリシアは震えながらレンディスに話しかける。
「あ、の……え、えっと……行き遅れ、ですが、け、結婚は、ま、まず、妹が優先になりますが、わ、私は、その、恋というものはしたことないので、ど、どうしたら良いのかわかりません……」
「安心してください。俺も、あなたが初恋です」
「……妹の事が片付いたら、でもよろしいですか?」
「はい、俺はそれまで待ち続けております……どうか、俺の婚約者に、妻になっていただけないでしょうか?」
「……」
「……アリシア様も、そんな顔をするのですね。初めて見ました」
この男、凍らせてしまおうかと思ってしまったが、それ以上アリシアは自分の気持ちに整理が出来ず、しかし、何処も嫌ではない気持ちだった。
傍に居るならば、こんな人が良いなと思った事はあった。
真剣な瞳でそのように告げてくるレンディスに、アリシアは初めて、少しだけこの人に惹かれているのだなと理解したのである。
「……その、お待ち頂けるのであれば、よろしくお願いいたします」
「では、さっそくカトレンヌ侯爵様にご連絡を取らせていただきます」
「……」
「では後日、またご連絡を送らせていただきますので、お気をつけてアリシア様」
「……」
愛おしそうにしながらも、レンディスの手が離れ、そのまま背を向けてカトレンヌ家に突進するかのように入っていったのを見送った後、アリシアは真っ赤な顔をしながら馬車に乗り込む。
乗り込むと、先に乗っているカトリーヌが嬉しそうな顔をしながらアリシアに目を向けている。先に乗っていたからこそ、全てを聞いていたのであろう。
フフっと笑いながら、カトリーヌは答えた。
「良かった」
「何が、良かったのですかカトリーヌ?」
「だって、お姉様いつも私優先なんですもの。お姉様にも春が来たんだなと思うと、嬉しくて仕方がありません。それに、相手は私の友人のお兄様なんて……これから楽しみですわ」
「……カトリーヌ」
「フフ……お姉様、そんな顔が出来たのですね、とても顔が真っ赤よ?」
「……」
いつもだったら冷静を保つ事が出来るはずなのに、全く出来ない。楽しそうに笑うカトリーヌは数日前に起きた事件の事など忘れてしまったかのように、これからのアリシアとレンディスの進展を期待しながら、叔母の所に向かうのであった。
「ハハっ……ごめんなさいカトリーヌ。こっちの棚の方の本と書類を詰めてもらえない?」
「ええ、喜んで……相変わらずお姉様は片付けが出来ないですわね」
「こんな姉、嫌でしょう?」
「いえ、私にとってお姉様は一番ですわ」
笑顔でそのようにしながら答える妹の姿を、アリシアは少し安心したような表情で彼女を見つめる。婚約破棄をされてから、顔色が悪かったのだが、数日後には少し落ち着いたのか笑顔を見せてくれるようになった。
今日の午後、アリシアとカトリーヌの二人は叔母が居る田舎の辺境に向かう予定だ。日時は馬車を動かして三日から四日かかる程度。
元々王宮魔術師として働いていたアリシアにとっては野宿などは当たり前の事をしていたのだが、カトリーヌはそれを経験した事がない。ましてやこの国すら出た事ないのに大丈夫だろうかと少しばかり心配になる。
アリシアはカトリーヌに再度視線を向ける。
笑顔で彼女が言っていた書類などを荷物の中に詰め込むようにしながら鼻歌を歌っている姿を見て、このまま自分たちの周りが落ち着けばいいと思いながら、アリシアは古びた書物に視線を向ける。
「ああ、こんなところにあったのですね」
アリシアがそのように呟きながら古びた本に視線を向け、懐かしそうに見つめながら表紙をなぞる。
この書物は嘗て、まだ魔術師の見習いとして過ごしていた時に出会った本であり、この本は死んだ母親が買ってきてくれた大切な本――片づける事が嫌いなアリシアは何処かに置いておいたはずの本の片づけを始めている時に見つけたのである。
この書物を買った半年後に、母は命を落とした。妹を残して。
「……」
「お姉様?」
手が止まった事に気づいたのか、アリシアに視線を向けるカトリーヌ。彼女に呼ばれたことに気づいたアリシアは思わず反応してしまい、いつものように笑顔を見せながら書物を荷物の中に入れた。
「あ、えっと、カトリーヌ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしておりまして……」
「大丈夫ですか?少し顔色がよろしくないように見えますが……」
「……少し、思い出してしまった事があっただけで、大丈夫ですよ?」
母の事を思い出してしまったなんて、妹には絶対に言えない。きっと悲しませてしまうからと思ったアリシアは平静を保ちながら笑顔を向ける。
いつもの笑顔を見せたアリシアに対し、カトリーヌは何かを首を傾げつつも、いつもの姉の姿を見たので安心したのか、静かに笑って見せる。
大体荷物が整理し終えた事を確認し、馬車の準備に取り掛かるために動き出そうとした時、カトリーヌがアリシアに声をかける。
「そう言えばお姉様、お姉様は結婚と言うモノをしないのですか?」
「…………はい?」
「だって、私に婚約者……もう破棄してしまったのでおりませんが、お姉様にはまだ婚約者と言う人物がいらっしゃらないではありませんか?お姉様はお好きな方とかいらっしゃらないのですか?」
「……考え事、ありませんでしたね。だって、毎日魔獣討伐だったので……私は、どちらかと言いますと、母親似ですからね。カトリーヌは父親似」
母親似――その言葉を聞いて、カトリーヌは納得してしまう。それほど、彼女たちの母親はこの国では有名な存在なのだ。
逆に父親であるカトレンヌ侯爵は母と同様の王宮魔術師で実力者だが、少しだけおっとりとした性格でもある為、カトリーヌは逆に言えばそこが似てしまったのであろう。アリシア以上の令嬢となったカトリーヌはこのカトレンヌ家の大切な存在であり、愛されている。だからこそアリシアは第二王子であるあの男が許せなかったのである。
「それに、氷の魔術師と呼ばれている私なんて、欲しい人が居たら見てみたいですわ」
そのように告げながらアリシアは馬車の方に向かって早足で歩きだした。
▽
「あ、アリシア様ッ!」
「え……レンディス様?」
息を切らすようにしながら馬車で向かおうとしているアリシアに声をかけてきた騎士、レンディスは慌てる素振りを見せながら彼女に声をかけ、近づいてくる。
突然のレンディスの姿に驚いたアリシアは呆然としながら彼に視線を向けると、レンディスは落ち着きを取り戻す事なく、慌てる様子で話しかけてきた。
「あ、あの、休暇をもらったと言う事で……どちらにいらっしゃるのですか?」
「ええ、あのような事もありましたので、これから妹と一緒に伯母の所に行こうと思いまして……戻ってくるのはいつになるかわかりませんが」
「……そう、ですか」
「まぁ、妹も婚約破棄したばかりで落ち込んでおりますので、田舎でリフレッシュになれば……私も働きづめでしたので、上司から喜んで休暇を出していただきましたので、ゆっくりしてからこれからの事を考えようと思います」
「これからの、事?」
「はい。妹の新しい人も見つけないといけないし、私もいつかは何処かに嫁ぐ予定だと、思いますが……まぁ、私は既に行き遅れなので、もらってくれる相手が居るかどうかなのですが……」
ははっと笑いながら答えるアリシアの言葉に、レンディスは驚いた顔をして、唇を少し噛みしめるようにした後、そのまま突然彼女の両手に手を伸ばし、握りしめる。
突然自分の手を握りしめられたことに驚いたアリシアは呆然としながら、レンディスに視線を向けると、レンディスの顔は真剣な顔をしており、その顔はまるで魔獣討伐で見かけたような、真剣な瞳だ。
「……どこかに嫁ぐ予定があるのですね、アリシア様」
「え、ええ……こんな『氷の魔術師』と呼ばれている私をもらってくれる相手が居れば、の話ですけど。あ、妹の縁談を見つけて落ち着いた、らですけど」
「……なら、俺がもらいます」
「え……」
「――好きですアリシア様。ずっと、お慕いしておりました」
「…………え?」
突然、レンディスが自分に愛の告白をしてきた事により、アリシアは呆然としながら、彼を見つめる事しかできない。一体、この男は何を言っているのだろうか、と言う言葉がよぎる。
そんな素振りなんて全く気付かなかった。自分は王宮魔術師として働いており、たまにこうして会話をしたり、魔術討伐などで一緒に討伐をしていただけの関係、だと思っていたはずなのに。
無表情で、何を考えているのかわからない男が、アリシアの手を握りしめ、告白をしてきて。
前世では、恋と言うモノをした事がなかったアリシアにとって、それは未知の世界だ。家族以外に笑わない彼女が次の瞬間、顔が崩れ落ちたかのようにいつも違う表情を見せる。
顔面真っ赤に染まり、どうしたら良いのかわからないアリシアは震えながらレンディスに話しかける。
「あ、の……え、えっと……行き遅れ、ですが、け、結婚は、ま、まず、妹が優先になりますが、わ、私は、その、恋というものはしたことないので、ど、どうしたら良いのかわかりません……」
「安心してください。俺も、あなたが初恋です」
「……妹の事が片付いたら、でもよろしいですか?」
「はい、俺はそれまで待ち続けております……どうか、俺の婚約者に、妻になっていただけないでしょうか?」
「……」
「……アリシア様も、そんな顔をするのですね。初めて見ました」
この男、凍らせてしまおうかと思ってしまったが、それ以上アリシアは自分の気持ちに整理が出来ず、しかし、何処も嫌ではない気持ちだった。
傍に居るならば、こんな人が良いなと思った事はあった。
真剣な瞳でそのように告げてくるレンディスに、アリシアは初めて、少しだけこの人に惹かれているのだなと理解したのである。
「……その、お待ち頂けるのであれば、よろしくお願いいたします」
「では、さっそくカトレンヌ侯爵様にご連絡を取らせていただきます」
「……」
「では後日、またご連絡を送らせていただきますので、お気をつけてアリシア様」
「……」
愛おしそうにしながらも、レンディスの手が離れ、そのまま背を向けてカトレンヌ家に突進するかのように入っていったのを見送った後、アリシアは真っ赤な顔をしながら馬車に乗り込む。
乗り込むと、先に乗っているカトリーヌが嬉しそうな顔をしながらアリシアに目を向けている。先に乗っていたからこそ、全てを聞いていたのであろう。
フフっと笑いながら、カトリーヌは答えた。
「良かった」
「何が、良かったのですかカトリーヌ?」
「だって、お姉様いつも私優先なんですもの。お姉様にも春が来たんだなと思うと、嬉しくて仕方がありません。それに、相手は私の友人のお兄様なんて……これから楽しみですわ」
「……カトリーヌ」
「フフ……お姉様、そんな顔が出来たのですね、とても顔が真っ赤よ?」
「……」
いつもだったら冷静を保つ事が出来るはずなのに、全く出来ない。楽しそうに笑うカトリーヌは数日前に起きた事件の事など忘れてしまったかのように、これからのアリシアとレンディスの進展を期待しながら、叔母の所に向かうのであった。