我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
 それに、治安の悪い終末の村で暮らす上で、聖女という肩書は役に立つかもしれない。ここへ来なければ一生ブレスレッドを着用し続けていた可能性も無きにしも非ず。結果オーライと思って、ポジティブに考えよう。これまでの後ろ向きの私とは、お別れすると決めたのだから。
「ありがとう。いろいろ教えてくれて助かったわ。ところで、名前はなんていうの?」
【名前? そんなのないよ。世間的には〝ブラックウルフ〟って呼ばれてるけど】
「それは個人の名前じゃなくて、魔物ネームっていうか……私が聞いてるのはそういうのじゃなくて……そうだ! 私が名付けてもいい?」
【! もちろん!】
 魔物は起き上がるとぶんぶんと尻尾を振り始める。本当に犬みたいだ。ウルフといっているから、狼なんだろうけど。
「あなたの名前はクロマル!」
【くろまる?】
「ええ。私がとっても大好きな名前なの」
 前世の黒丸と、目の前にいるクロマルが重なって見えて、おもわず私は微笑む。
【君が好きな名前ならなんだって嬉しいよ!】
「よかった。私のことはアナって呼んで。それと、もうひとつお願いがあるんだけど……」
【アナ! なんでも言って。君は僕ら魔物にとってご主人様みたいなものなんだから】
 狼とは思えないほどきゅるきゅるとした目を輝かせ見つめてくるその姿は、ご主人様を待つ黒柴にしか見ない。
「私の護衛役を頼みたいの。ほら、ここにはきっと凶暴な人もいるでしょう? 私みたいな新人をよく思わない人たちが。そんな人から身を守るために、護衛をしてくれる魔物を探していたの」
【もちろん引き受けるよ! ……人間に護衛を頼まれるなんて、初めてでわくわくする!】
 魔物に護衛を頼む人間なんて早々いないからなぁ。飛びついてきたクロマルを胸に受け止めて、ぼんやりとそんなことを思っていると。
「…ん……」
 静かに眠りについていた男が、微かに声を上げて寝返りをうった。その拍子に、額に乗せていたハンカチがするりと落ちる。拾い上げると、ハンカチは既に冷たさを失っていた。
「また濡らしに行かなくちゃ」
【その必要はもうないって! アナ、君は聖女なんだよ!?】
立ち上がる私をクロマルが慌てて止める。
「あ、そうだった……。急に力が衰えるのも困ったけど、急に復活するのも困るわね」
 頭がまだ、現役バリバリの聖女に戻った事実に追いつけていない。
「でも、おかげで彼をラクにしてあげられるわ」
【……まぁ、僕としては自分を殺そうとしたやつを助けるのはなんか癪だけど】
 私が男の額に手をかざし、聖女の治癒魔法ともいえる光を発動すると、クロマルは不満を露にする。言っていることは最もだが、私はこのまま彼を放置できるほど、冷酷な心を持ち合わせてはいない。この村で初めて出会った人間というのもあるし……具合がよくなったら、いろいろこの場所について教えてもらえるとありがたいななんて、ちゃっかり思ったりしてるけど。
「……ここは?」
 治癒魔法のおかげですっかり熱が引いたようで、男はゆっくりと身体を起こす。
「村の中の洞穴。あなた、話してる途中で倒れたの。ここまでなんとか一緒に移動したの、覚えてない?」 
「ああ……俺を支える手が、ずいぶん頼りなかったのは覚えてるな」
 思い出したように、しかしさっそく毒舌まじりにそう言う男に、私はおもわず顔をしかめる。
「……冗談だ。助かった。ありがとう」
 私の心中を察したのか、男は苦笑しながら言った。とても冗談を言うタイプには見えないが……。でも、さっきより表情が柔らかくなっている気がする。
「それで、魔物はどこに――!」
 男は辺りをきょろきょろと見回すと、すぐそばにいるクロマルに気づき目の色を変えた。
「ここにいたか。わざわざ死に急ぎにきたとは……」
「わぁーっ! ちょっと! 物騒なもの持たないで! あなたが助かったのは、この子のおかげでもあるんだから!」
 手の届く距離に置いていた剣の柄を掴む男を、私は必死に止める。せっかくの柔らかな表情も既に面影がない。
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