我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
「……はい?」
 意味がわからなかった。いや、今もわかっていない。
 婚約破棄? 正式な結婚の申し込みでなく、破棄……? それだけでなく……国外追放? 誰が? え、私が?
「ちょ、ちょっと待ってくださいオスカー様。仰っている意味がよくわからないのですが」
 くらりとした眩暈が私を襲う。頭で理解しようとしても、突然のことすぎて追いつかない。
「意味はそのままだ。僕と君は婚約破棄。そして君はこれから、遠く離れた場所で罪を償う」
「……なんの罪を?」
「何度も言わせるな。とぼけてなかったことにでもする気か? 無駄だ。目撃者がいる。君が凶悪な魔物たちを、王都へ放とうとしているところをたしかに見たと言う者がな」
 プルムス王国にとって魔物は危険な存在。その魔物を私がわざわざ王都へ放つ意味などない。そんなことをしたら極刑が下されることなど、私だって知っている。
「ごめんなさい。お姉様」
 オスカー様の後方から、聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。
「……アンジェリカ」
 アンジェリカはオスカー様の後ろからひょっこり顔を出すと、そのままオスカー様の腕にぴったり絡みつく。昨日の夜、私にしていたように。
親密なふたりの距離感。……このふたりがこうやって寄り添うのは、今回が初めてのことではないのだと、馬鹿な私でもわかる。
 ――ああ。そうか。そういうこと。
 しっかり新しいドレスを着て、私より先に屋敷を出て王宮へ来ている。そして今、私の前でオスカー様の隣に立っている。その光景を見ただけで、さっきまで理解不能だった話が急にすっと頭に入ってきた。
「黙っていようと思ったのだけど……国が危険に曝されるのはどうしても我慢できなくて。だけどお姉様ったらひどいわ。せっかく私が聖女の力で魔物を森の中に留めているのに、それを邪魔しようとするなんて」
「本当にひどい話だ。アナスタシア。君は最高位ランクの聖女の血を引いた妹を妬み、アンジェリカが結界を強化したばかりの森近くにわざと魔物を出現させ、結界が破られたことにしようとしたみたいだな」
 なるほど。アンジェリカはそういうシナリオを作り上げたということね。……自分になくて私にあった唯一の〝婚約者〟という存在を奪うために妹は――。
「そうまでして、アンジェリカを陥れたかったのか! ……自分の聖女の力が成長しないからといって妹の邪魔をするなど、最低な行為だ!」
 私を陥れたんだ。しかし、私の言っていることなど信じてもらえないだろう。見ていたらわかる。オスカー様はもう、私のことなどどうとも思っていない。アンジェリカを見つめる瞳と私を見る瞳に、はっきりとその差が出てしまっている。彼はもう、私の味方にはならない。
「私は……そんなこと……」
 震える声でなんとか否定してみるも、突き刺さる冷たい視線に耐えられず言葉が詰まる。
 絶望。悲しみ。怒り。こんなに感情がぐちゃぐちゃになっているにも関わらず、それがうまく表に出せない自分が嫌になる。私は昔からそうだ。感情を出すのが苦手で、だからいつも、不愛想だといって感情表現豊かな妹と比べられてきた。本当はそのたびに悲しかったのに、やはりそれすらも自分の中にしまい込んで、当然誰にも気づいてもらえなかった。
 無言で立ち尽くしている私に、アンジェリカが近づいてくる。そして私の目の前で足を止めると、彼女はにっこりと笑って私の耳元に桜色の唇を寄せた。
「私のお姉様なんだから……かわいい妹のためにこの結果を黙って受け入れて?」
 そう言うアンジェリカの手首に、もうおそろいのブレスレッドは着けられていなかった。


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