我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~

『我慢しなさい。あなたはお姉ちゃんなんだから』
 ――久しぶりに思い出した。前世で散々言われたこの言葉を。
 今世ではファンタジーな世界の伯爵令嬢アナスタシア・エイメスとして生きている私は、前世では聖女も魔物もいない日本で暮らす平凡なひとりの女だった。そう、私は前世の記憶を引き継いだまま、この世界に転生した。
 ……べつに前世の記憶などなくていいのに。そう思うのは、あまりいい思い出がないからだろう。
 シングルマザーの母はいつもほとんど家におらず、もうひとりの家族である妹はいつも遊びほうけておりなにもしない。私は幼い頃から妹のために家事をこなし、高校を出たら行きたい大学を諦めて就職した。その頃には母はほかに男を作っており、僅かなお金を家に置きに月に一度帰ってくるだけ。こちらは恋愛する暇さえないというのに、母も妹も、恋だの愛だのをきちんと楽しんでいた。
 ……唯一の癒しといえば、飼い犬の黒丸(くろまる)との時間くらい。尻尾をふって私のところに駆けつけて、触れればいつも温かい。種族も違い当たり前に血も繋がっていないけど、私は黒丸こそがたったひとりの家族だと思っていた。
 そんな大好きな黒丸も、私が二十八歳を迎えてすぐ、病気で亡くなってしまった。それに続くように――私も交通事故に遭い、わけもわからないまま死んだ。次に目が覚めると私は別世界の別の人間……そう、最強聖女として名を馳せた母、アリシアから生まれた双子の〝姉〟アナスタシアとして生まれ変わっていた。
 貴族。有名な母。優しくそれなりの地位を築いている父。可愛らしい妹。
 家でひとりにされることもなければ、働かされることもない。生きるのに必要な環境は充分すぎるほど整っており、前世とは比べものにならない。ここに黒丸がいてくれたなら、どれだけ幸せだったろうとは思うが、今世では前世より人生を楽しめるかもしれない。そう思っていた。
しかし今世でも、私は様々な理由で不遇な扱いを受けることとなる。
 まず、私だけ家族と見た目が似ていないこと。双子のアンジェリカと顔立ちと体格こそ多少似ているものの、髪の色も目の色もまるで違う。
 アンジェリカはお母様と同じ薄桃色の髪に、お父様と同じ金色の瞳をしているのに、私は両親どちらとも違う、黒髪に赤茶色の瞳をしている。そのせいか、両親は幼いころからずっと無意識であっても、アンジェリカのほうをかわいがっているように思えた。
 そしてもうひとつ――私がなかなか聖女の力を開花させなかったこと。
 私のお母様であるアリシア・エイメスは、偉大なる聖女だった。聖女というのは人々の傷を癒したり、魔物を封じる結界を張ったりできる特殊魔力を見に宿した者のことを指す。その力は通常十六歳までに開花し、年齢を重ねると共に次第に退化していく。聖女のピークは大体十五歳から二十五歳までとも言われているが、個人差もある。そして逆を言えば、十六歳までに聖女の力が開花しない者は、一生聖女になれることはない。
 聖女という存在は国にとって必要不可欠であり、世界で見ても重要な役職。だからこそ、レベルの高い聖女になることができればそれなりの好待遇が約束される。しかし聖女の力は八割が遺伝と言われており、元々身分の高い貴族の娘から輩出されることが多かった。聖女たちはみんな力をなくす前に、できるだけ身分の高い令息と結婚し、世継ぎを生んで聖女の血を絶えさせないようにするのが暗黙のルールであり、結婚相手の身分の高さが自身の聖女としてのステータスでもあったという。
 お母様はひとりで広範囲に結界を張ることができ、傷を癒す魔法もほかの聖女より強大だった。嫁ぎ先は引く手あまたであったが、そのときちょうど王家や公爵家の男性たちはみな既に結婚していたり、子供が生まれたばかりなど、ちょうどいい相手がいなかった。そのため、当時いちばん勢いのあったエイメス伯爵家を嫁ぎ先に決めたようだ。本当に運がよかったと、お父様がお酒に酔っぱらいながらこの話をしてくれたことを思い出す。
 ……話が逸れてしまったが、とにかく私のお母様は最強聖女と呼ばれるすごい人だったため、もちろん子供である私やアンジェリカへの周囲の期待もすごかった。私は嫌なプレッシャーを抱えながら日々を過ごしていた。
 そして十二歳になってすぐ、アンジェリカが聖女の力を開花させた。アンジェリカの持つ聖女の魔力――いわゆる聖女の光はとても眩しく輝いていて、みんな歓声に沸いた。お母様が聖女に目覚めたのも十二歳であったことから、〝アリシアの血を引いたのはアンジェリカ〟と、屋敷の人々は口を揃えて言っていた。
 妹ばかりが注目され、可愛がられる日々。誰も私のことなど見ていない。あんなにプレッシャーに感じていた期待も、まったくされなくなると少し寂しく感じた。私は姉としてアンジェリカの聖女としての成長をサポートする役目を与えられ、アンジェリカが神殿に勉強へ行ったり、森の結界がまだ破られていないか確認しに行く際は、付き添いとしてついて行かされた。私は今世でも、妹のお世話をして一生を終えるんだろうなと、幼くして覚悟を決めた――が、そんな私にも転機が訪れる。
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