我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
十六歳の誕生日当日。私も聖女の力を開花させたのだ。ものすごくギリギリな目覚めであったが、私の持つ光はアンジェリカと同じくらい大きくまばゆいものだった。
完全に私のことは諦めていたはずの両親も、声を上げて喜んでくれた。私は喜びよりも安心感のほうが大きく、これでなんとかこの屋敷で自分の居場所を確立できたと、ほっと胸を撫でおろした。
聖女になれただけでも奇跡だったのに、奇跡は続いた。私が聖女になってほどなくして、第三王子であるオスカー様との婚約話が浮上したのだ。ウィンベリー王家の中で唯一特定の相手がまだ決まっていないオスカー様は、全聖女……いや、国の女性たちみんなが結婚したいと思う憧れの存在。
しかも、ウィンベリー王家は年功序列で王位継承権を決めない家系だった。オスカー様は第三王子にも関わらず、誰よりも王都の国民と親交を持ち、ふたりの兄よりも圧倒的な支持を得ていた。国王様はふたりの兄を一旦近隣国に留学させたことから、オスカー様が王位を継ぐのがほぼ確定したのではないかと噂されていた。
最初は相手は当然アンジェリカだと思っていたが、先方が私を指名していると聞いたときは驚いて固まった。もちろん私が〝最強聖女アリシアの娘〟だから、王家がその力に期待してこの話を持ち掛けてきたことは理解している。でも、それならば先に開花したアンジェリカのほうがよかったのでは……? 何度もそう思ったが、結局、私とオスカー様の婚約はその後正式に決まった。アンジェリカも祝ってくれていた……ように見えた。
優しくかっこよく、完璧なオスカー様に愛されながら、私は幸せな日々を過ごしていた。これまでの不遇を忘れるくらい、それはもう穏やかな心を保つことができた。誰かに愛されることも、誰かを愛することも、なんて素敵なんだろう。
十七歳の誕生日には、珍しくアンジェリカがプレゼントを用意してくれた。おそろいのブレスレッドだ。王都の宝石店で買ったらしい。互いの髪色であるピンクと黒の天然石があしらわれたブレスレッドを嬉しそうに腕に着けてくれたアンジェリカを見て、私まで笑みがこぼれた。妹は心から、私の幸せを願ってくれているんだと……このとき、やっとそう思えたのに。
あれから一年。私は聖女の力が突然不安定になり、思うように聖女としての仕事ができなくなってしまった。原因は不明。しかし僅かに残る力で、自分なりにまた再起できるよう頑張ってきた。それをオスカー様も笑顔で見守ってくれていたと信じていたが……知らぬ間に、アンジェリカの毒牙にかかっていた。
「聞いているのかアナスタシア!」
オスカー様の怒声が聞こえて、はっと現実に引き戻される。アンジェリカは私から離れると、すぐさま見せつけるようにオスカー様に寄り添った。
「アンジェリカに謝罪の言葉はないのか?」
なおも私を責め立てるオスカー様を見て、私は自分の心がどんどん冷たくなっていくのを感じた。
……謝罪をすれば、事態が好転する? いいや、絶対そんなことはない。今謝ってしまえば、私は罪を認めたことになる。
「……はぁ。もういい。君には心底呆れたよ」
無言を貫く私を見て、オスカー様は大きなため息を吐いた。……心底呆れたのは、こちらも同じであると知らずに。
呆然と立ち尽くす私を、両側から兵士と思われる人たちが捕らえる。どうやら私は国を脅かす危険人物として牢へ入れられるみたいだ。
「君の処分については明日にでも追ってエイメス伯爵家に通達する」
オスカー様の瞳は最後まで冷たく――アンジェリカの瞳は、最後の最後に私を嘲笑うかのように細められた。
現在、国王様は体調が悪く、ほとんどの執務をオスカー様が任せられている。オスカー様が私を追放するといえば、それはもう決定事項同然。
そのまま地下牢に放りこまれ、私は固くてひんやりとした床の上で、見張りをつけられながら長い一日を過ごしていった。両親が助けてくれるのではないかと思ったが、アンジェリカの作り話を真に受けたようで、あっさりと私はエイメス伯爵家に勘当された。
牢へ入れられて一週間後。ぼろぼろの身体で横たわる私の前に、オスカー様が現れた。ぼうっと彼を見上げると、まるで汚いものでも見るかのような視線を向けられる。
「明日、君の処分が下されることになった。……喜べ。国外追放は免れたぞ」
その言葉を聞いて、ぴくりと私の身体が反応する。
「代わりの追放先は、王都から離れた国境近くにあるが、地図にはない村だ」
――地図にない村? それって……〝終末の村〟のことだろうか。
聞いたことがある。この国では悪事を働いたり、貧しくてどこにも行けなくなった者たちが最終的に追いやられる場所があると。近くにある森には当然結界など張られておらず、魔物が昼夜問わずうじゃうじゃと湧いてくる。通称、終末の村。国外追放されたほうがマシだと思えるくらい、悲惨な場所。
一度罪が軽くなったと期待させておいて、すぐさま地獄へ叩き落す。趣味の悪い演出だ。
「アナスタシア。そこで君は自分の罪と一生向き合い、償い続けるんだ」
そう言って、オスカー様は薄暗い地下室を後にした。
明日ってことは、ここで過ごすのももう最後。そう思うと……今日はなんだか、ひんやりとした床が気持ちよく感じる。
「……もう、どうなったっていいや」
私は地下牢の床に寝そべったまま、静かに目を閉じた。
完全に私のことは諦めていたはずの両親も、声を上げて喜んでくれた。私は喜びよりも安心感のほうが大きく、これでなんとかこの屋敷で自分の居場所を確立できたと、ほっと胸を撫でおろした。
聖女になれただけでも奇跡だったのに、奇跡は続いた。私が聖女になってほどなくして、第三王子であるオスカー様との婚約話が浮上したのだ。ウィンベリー王家の中で唯一特定の相手がまだ決まっていないオスカー様は、全聖女……いや、国の女性たちみんなが結婚したいと思う憧れの存在。
しかも、ウィンベリー王家は年功序列で王位継承権を決めない家系だった。オスカー様は第三王子にも関わらず、誰よりも王都の国民と親交を持ち、ふたりの兄よりも圧倒的な支持を得ていた。国王様はふたりの兄を一旦近隣国に留学させたことから、オスカー様が王位を継ぐのがほぼ確定したのではないかと噂されていた。
最初は相手は当然アンジェリカだと思っていたが、先方が私を指名していると聞いたときは驚いて固まった。もちろん私が〝最強聖女アリシアの娘〟だから、王家がその力に期待してこの話を持ち掛けてきたことは理解している。でも、それならば先に開花したアンジェリカのほうがよかったのでは……? 何度もそう思ったが、結局、私とオスカー様の婚約はその後正式に決まった。アンジェリカも祝ってくれていた……ように見えた。
優しくかっこよく、完璧なオスカー様に愛されながら、私は幸せな日々を過ごしていた。これまでの不遇を忘れるくらい、それはもう穏やかな心を保つことができた。誰かに愛されることも、誰かを愛することも、なんて素敵なんだろう。
十七歳の誕生日には、珍しくアンジェリカがプレゼントを用意してくれた。おそろいのブレスレッドだ。王都の宝石店で買ったらしい。互いの髪色であるピンクと黒の天然石があしらわれたブレスレッドを嬉しそうに腕に着けてくれたアンジェリカを見て、私まで笑みがこぼれた。妹は心から、私の幸せを願ってくれているんだと……このとき、やっとそう思えたのに。
あれから一年。私は聖女の力が突然不安定になり、思うように聖女としての仕事ができなくなってしまった。原因は不明。しかし僅かに残る力で、自分なりにまた再起できるよう頑張ってきた。それをオスカー様も笑顔で見守ってくれていたと信じていたが……知らぬ間に、アンジェリカの毒牙にかかっていた。
「聞いているのかアナスタシア!」
オスカー様の怒声が聞こえて、はっと現実に引き戻される。アンジェリカは私から離れると、すぐさま見せつけるようにオスカー様に寄り添った。
「アンジェリカに謝罪の言葉はないのか?」
なおも私を責め立てるオスカー様を見て、私は自分の心がどんどん冷たくなっていくのを感じた。
……謝罪をすれば、事態が好転する? いいや、絶対そんなことはない。今謝ってしまえば、私は罪を認めたことになる。
「……はぁ。もういい。君には心底呆れたよ」
無言を貫く私を見て、オスカー様は大きなため息を吐いた。……心底呆れたのは、こちらも同じであると知らずに。
呆然と立ち尽くす私を、両側から兵士と思われる人たちが捕らえる。どうやら私は国を脅かす危険人物として牢へ入れられるみたいだ。
「君の処分については明日にでも追ってエイメス伯爵家に通達する」
オスカー様の瞳は最後まで冷たく――アンジェリカの瞳は、最後の最後に私を嘲笑うかのように細められた。
現在、国王様は体調が悪く、ほとんどの執務をオスカー様が任せられている。オスカー様が私を追放するといえば、それはもう決定事項同然。
そのまま地下牢に放りこまれ、私は固くてひんやりとした床の上で、見張りをつけられながら長い一日を過ごしていった。両親が助けてくれるのではないかと思ったが、アンジェリカの作り話を真に受けたようで、あっさりと私はエイメス伯爵家に勘当された。
牢へ入れられて一週間後。ぼろぼろの身体で横たわる私の前に、オスカー様が現れた。ぼうっと彼を見上げると、まるで汚いものでも見るかのような視線を向けられる。
「明日、君の処分が下されることになった。……喜べ。国外追放は免れたぞ」
その言葉を聞いて、ぴくりと私の身体が反応する。
「代わりの追放先は、王都から離れた国境近くにあるが、地図にはない村だ」
――地図にない村? それって……〝終末の村〟のことだろうか。
聞いたことがある。この国では悪事を働いたり、貧しくてどこにも行けなくなった者たちが最終的に追いやられる場所があると。近くにある森には当然結界など張られておらず、魔物が昼夜問わずうじゃうじゃと湧いてくる。通称、終末の村。国外追放されたほうがマシだと思えるくらい、悲惨な場所。
一度罪が軽くなったと期待させておいて、すぐさま地獄へ叩き落す。趣味の悪い演出だ。
「アナスタシア。そこで君は自分の罪と一生向き合い、償い続けるんだ」
そう言って、オスカー様は薄暗い地下室を後にした。
明日ってことは、ここで過ごすのももう最後。そう思うと……今日はなんだか、ひんやりとした床が気持ちよく感じる。
「……もう、どうなったっていいや」
私は地下牢の床に寝そべったまま、静かに目を閉じた。