溺愛されては困るのです ~伯爵令嬢、麗華の憂鬱~
 という注意はむなしく響き、気が動転した小桃は冗談みたいに水鉢を落とした。

 ガッシャーンと鉢が落ち、盛大に水がぶちまけられる。
「きゃあ! ――も、申し訳ございません!」

「大丈夫、大丈夫だから気にしないで」

 片付けを手伝おうして、一度は浮かせた腰をそっと沈める。
 そんなことをしたら小桃はますます驚いて、今度は気絶するかもしれないから。

(ふぅ……)
 密かに溜め息をつき、恨めし気に鏡を振り向いた。

 鏡の中には〝石川優子〟じゃない自分がいる。

 目尻の上がった勝気そうな目、通った鼻筋に酷薄そうにへの字に曲った口もと。
 肌は抜けるように白く、輝かんばかりに化粧映えする高慢ちきな美人が、ジッと見つめ返す。

 そう。彼女は【ある日、彼女は恋に落ちた】の物語の中に入り込んでしまったのだ。

 悪役令嬢、荒鬼麗華として。


 優子が麗華の中で目覚めたとき、体は高熱にうなされていた。

 心配そうに見つめる両親と小桃が交互に口にする『麗華』『麗華様』という声に、なかなか覚めない夢かと思った。
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