僕の小さな魔女。
レイデン、リズ
「……ここかな?」
ふと屋根から外を見ると、見なれない男が立っていた。
穏やかな風で、肩まで伸びたプラチナブロンドの髪がなびく。
人間なら、普通ならありえない色だ。
――人間じゃないのか?
確かに、服装は目を凝らしてよく見てみると、ここらの人間とはまるで違う。
どうやら変装をしたつもりのようだ。
だが結局は、この家の番犬…いや、番猫の俺を騙せていない時点で、失敗というものだが。
――目的は何だろうな…?
その時、衝撃の光景が目に映った。
止めようにも、もう遅い。
猫形態では追いつけない。
レイデンが気づいた頃には、そいつは家の扉の取手に手をかけていて、ゆっくりと扉を開いていた。
家の中から、パリンと器の割れる音が聞こえる。
リズが落としてしまったのだろうか。
だとすればエイラは――。
咄嗟に屋根の窓から家の中に入る。
一瞬見えた最悪の未来は、レイデンを震えさせた。
レイデンは、男とは反対に立っているリズとエイラを見つけるとすぐさま庇うように前へ出る。
男は、リズの落としてしまった器の破片の方へ視線を落とした。
「…まーた、派手にやったなあ」
男以外は、皆、緊張で表情が張り詰めている。
と、今度はエイラがレイデンの前へ出る。
『おい、エイラ――』
止めようとするが、エイラはまるで聞こえていなかったかのように、男に尋ねる。
「…どなたですか」
――何の躊躇いもなく。
「私には貴方のような人ならざる者・・・・・に、知人はおりませんが」
彼女は右の拳を握りしめ、何とか恐怖で震えるのを抑えている。
少し間があった後、男が口を開く。
「君に言われるのだけは心外…」
はぁ、とため息をついて微笑み、自身の唇に人差し指をたて、続きを言葉にする。
「ノーコメント」
『ノーコメント』?
俺にはこの言葉の意味がわからない。
しかし、何故かエイラと男は意味が分かる前提で、話を進める。
俺としては、意味を説明して欲しかった。
「何故です? 何かやましい事でもなさっているのですか?」
エイラが反論する。
知らなかった。
こんな強い声を、この子は出せたのか。
これがこの少女の、本当の声なのだろうか。
「無い無い。なんせ会話しているだけで薄っぺらさが伝わってしまうような男に、計画的なことができると思う?」
「……思いません」
「それは良かった」
男はもう一度微笑むが、目が笑っていない。
薄っぺらく、優しそうな好青年を装っているだけだろう。
「…何もよくありませんが」
「どうして?」
「そんな薄っぺらい奴が、我が家に押し掛けて来たことに変わりはないですから」
エイラの手を握る強さが緩くなっている。
少しは緊張が和らいだのだろうか。
代わりに、赤いしずくが指の付け根からポトポトと滴り落ちるのが見えた。
「…もっとも、私の家族に手を出すようなら、手足が折れるのは覚悟しておいた方が良いかと」
男が傷に気づき、エイラの方へやって来る。
「⁉︎」
エイラは何をされるのかと自身の手を背へ隠すが、すぐに手首を握られ、男の方へ引かれる。
「君たち親子は、相変わらず手厳しいなぁ」
エイラはよろめき目を瞑るが、そのまますんなりと男の腕の中に収まった。
彼女はかなり動揺して、凍りついている。
男は、まだ幼く弱い少女の頭を撫でて呟く。
「落ち着いて」
俺はリズと顔を見合わせ、俺たちは一体何を見せてられているのだろう、と視線だけで会話をした。
◇■◇■◇
「…おはよぉ…」
エイラが二階から降りてくると、アタシはレイデンと声をかける。
「『おはよう!』」
何故か声が重なり、エイラが吹き出す。
「二人共、本当に仲良いよね」
私たちは、初めて見た。
エイラが笑った顔を。
驚いて口をポカンと開けたまま塞がらない。
レイデンが昨日のエイラみたいに固まってるもんだから、涙が出るほど笑っちまう。
こんな面白くておかしい日は、いつぶりだろうね、エイラ。
「おはよー」
朝っぱらから「エイラが起きる頃には帰ってくる」と言って、出かけていたあの男が、いきなりアタシの後ろに現れる。
「え…⁉︎ あなたは……」
エイラは恐怖を感じ、また涙ぐんだ目で拳を握りしめている。
そして昨日と同じように、男は苦笑いを見せてから抱きしめようと、エイラの方へやって来る。
エイラの背をさすり、なだめる。
「よしよーし。大じょー夫、大丈夫」
昨日、アタシはレイデンにエイラを頼み、別室で男と話した。
男は自分の素性については全く触れなかったが、エイラのことは何故か自分の娘・・・・のように想っている。
こいつはエイラのことなら何だって協力すると言った。
アタシらはその点、こいつを信用している。
だから、エイラが抱きつかれていたとしても、温かい目で身守るつもりだ。
「……」
エイラは黙り込んでいても、内心ほっとしているだろうし。
ただこいつが、エイラに関係のないことなら何をしてくるかわからないから、警戒心を無くせない。
エイラやアタシらの今後のためにも信用したいのは山々だが、そうもいかない。
それにアタシとレイデンには、昨日から引っかかっていることがある。
この男が人ならざる者だという、エイラの言っていたことだ。
特に「人ならざる」というのが全くわからない。
確かに「妙」な髪色も、魔法使いか悪魔に頼めばすぐにでもできる。
問題は、その頼みをそいつらが聞くかどうかだが、そんなことを他人のためにするような奴らじゃぁない。
なら一体誰が――。
ああ、そうか。
「あー。黙り込んじゃった…」
男は困った顔でエイラの頭を撫でる。
そもそも魔法使いは、人間の・・・異能力者という分類に入る。
つまり、選択肢は一つ。
――こいつ、悪魔か。
リズの、衝撃の事実を知った瞬間だった。
ふと屋根から外を見ると、見なれない男が立っていた。
穏やかな風で、肩まで伸びたプラチナブロンドの髪がなびく。
人間なら、普通ならありえない色だ。
――人間じゃないのか?
確かに、服装は目を凝らしてよく見てみると、ここらの人間とはまるで違う。
どうやら変装をしたつもりのようだ。
だが結局は、この家の番犬…いや、番猫の俺を騙せていない時点で、失敗というものだが。
――目的は何だろうな…?
その時、衝撃の光景が目に映った。
止めようにも、もう遅い。
猫形態では追いつけない。
レイデンが気づいた頃には、そいつは家の扉の取手に手をかけていて、ゆっくりと扉を開いていた。
家の中から、パリンと器の割れる音が聞こえる。
リズが落としてしまったのだろうか。
だとすればエイラは――。
咄嗟に屋根の窓から家の中に入る。
一瞬見えた最悪の未来は、レイデンを震えさせた。
レイデンは、男とは反対に立っているリズとエイラを見つけるとすぐさま庇うように前へ出る。
男は、リズの落としてしまった器の破片の方へ視線を落とした。
「…まーた、派手にやったなあ」
男以外は、皆、緊張で表情が張り詰めている。
と、今度はエイラがレイデンの前へ出る。
『おい、エイラ――』
止めようとするが、エイラはまるで聞こえていなかったかのように、男に尋ねる。
「…どなたですか」
――何の躊躇いもなく。
「私には貴方のような人ならざる者・・・・・に、知人はおりませんが」
彼女は右の拳を握りしめ、何とか恐怖で震えるのを抑えている。
少し間があった後、男が口を開く。
「君に言われるのだけは心外…」
はぁ、とため息をついて微笑み、自身の唇に人差し指をたて、続きを言葉にする。
「ノーコメント」
『ノーコメント』?
俺にはこの言葉の意味がわからない。
しかし、何故かエイラと男は意味が分かる前提で、話を進める。
俺としては、意味を説明して欲しかった。
「何故です? 何かやましい事でもなさっているのですか?」
エイラが反論する。
知らなかった。
こんな強い声を、この子は出せたのか。
これがこの少女の、本当の声なのだろうか。
「無い無い。なんせ会話しているだけで薄っぺらさが伝わってしまうような男に、計画的なことができると思う?」
「……思いません」
「それは良かった」
男はもう一度微笑むが、目が笑っていない。
薄っぺらく、優しそうな好青年を装っているだけだろう。
「…何もよくありませんが」
「どうして?」
「そんな薄っぺらい奴が、我が家に押し掛けて来たことに変わりはないですから」
エイラの手を握る強さが緩くなっている。
少しは緊張が和らいだのだろうか。
代わりに、赤いしずくが指の付け根からポトポトと滴り落ちるのが見えた。
「…もっとも、私の家族に手を出すようなら、手足が折れるのは覚悟しておいた方が良いかと」
男が傷に気づき、エイラの方へやって来る。
「⁉︎」
エイラは何をされるのかと自身の手を背へ隠すが、すぐに手首を握られ、男の方へ引かれる。
「君たち親子は、相変わらず手厳しいなぁ」
エイラはよろめき目を瞑るが、そのまますんなりと男の腕の中に収まった。
彼女はかなり動揺して、凍りついている。
男は、まだ幼く弱い少女の頭を撫でて呟く。
「落ち着いて」
俺はリズと顔を見合わせ、俺たちは一体何を見せてられているのだろう、と視線だけで会話をした。
◇■◇■◇
「…おはよぉ…」
エイラが二階から降りてくると、アタシはレイデンと声をかける。
「『おはよう!』」
何故か声が重なり、エイラが吹き出す。
「二人共、本当に仲良いよね」
私たちは、初めて見た。
エイラが笑った顔を。
驚いて口をポカンと開けたまま塞がらない。
レイデンが昨日のエイラみたいに固まってるもんだから、涙が出るほど笑っちまう。
こんな面白くておかしい日は、いつぶりだろうね、エイラ。
「おはよー」
朝っぱらから「エイラが起きる頃には帰ってくる」と言って、出かけていたあの男が、いきなりアタシの後ろに現れる。
「え…⁉︎ あなたは……」
エイラは恐怖を感じ、また涙ぐんだ目で拳を握りしめている。
そして昨日と同じように、男は苦笑いを見せてから抱きしめようと、エイラの方へやって来る。
エイラの背をさすり、なだめる。
「よしよーし。大じょー夫、大丈夫」
昨日、アタシはレイデンにエイラを頼み、別室で男と話した。
男は自分の素性については全く触れなかったが、エイラのことは何故か自分の娘・・・・のように想っている。
こいつはエイラのことなら何だって協力すると言った。
アタシらはその点、こいつを信用している。
だから、エイラが抱きつかれていたとしても、温かい目で身守るつもりだ。
「……」
エイラは黙り込んでいても、内心ほっとしているだろうし。
ただこいつが、エイラに関係のないことなら何をしてくるかわからないから、警戒心を無くせない。
エイラやアタシらの今後のためにも信用したいのは山々だが、そうもいかない。
それにアタシとレイデンには、昨日から引っかかっていることがある。
この男が人ならざる者だという、エイラの言っていたことだ。
特に「人ならざる」というのが全くわからない。
確かに「妙」な髪色も、魔法使いか悪魔に頼めばすぐにでもできる。
問題は、その頼みをそいつらが聞くかどうかだが、そんなことを他人のためにするような奴らじゃぁない。
なら一体誰が――。
ああ、そうか。
「あー。黙り込んじゃった…」
男は困った顔でエイラの頭を撫でる。
そもそも魔法使いは、人間の・・・異能力者という分類に入る。
つまり、選択肢は一つ。
――こいつ、悪魔か。
リズの、衝撃の事実を知った瞬間だった。