元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 それからというもの、私は毎日あの石段を下り、第二王子殿下へお目にかかりました。御自分では気が触れたのだと仰っておりますが、とてもではありませんがそんな御様子は微塵も感じられません。私よりも十も年若のはずなのですが、むしろこちらの方が物の知らなさに赤面する事も多々あったのです。
 そうして少しずつですが、第二王子殿下の人となりに触れ半年が経ち、やはりこの御方は気など触れていないと確信した矢先、市井にてある事件が起こったのでした。



「ドレーン公爵家令嬢が?何故そんなことに?」
「どうやらオルテガモ伯爵家令嬢の死因の一端になっていたらしいのです。修道院へ向かう馬車が中央広場に差し掛かった時、突然外へ飛び出され、そのような言葉を泣きわめき散らし、その……第二王子殿下へ、許しを請うたと。街中では大騒ぎになっているそうですが……」

 日課である地下室へ向かう前、同僚から聞かされた話に驚き、取り急ぎ王太子殿下の下へ伝えに走りました。私の話を聞くやいなや、王太子殿下は地下室へと向かわれます。そして地下室への石段の途中、湿った空気に鉄の臭いが混じっているのに気がついたのです。
 しまったと思いました。見張りの者を置いているとはいえ、本当は気の触れていない第二王子殿下を幽閉する事に難色を示した王太子殿下の言いつけで、扉の鍵は夜中しか掛けられてはいないのです。大急ぎで石段を駆け下りると、扉の前で必死に両手を広げ、ぶるぶると痙攣しているかのように震える見張りの衛兵の姿が見て取れました。殿下はどうなされたか!?そう大きな声で問えば、歯の音が合わない衛兵が、不敬ながらも指差したその先に、第二王子殿下がいらっしゃいました。
 その手は真っ赤に染められ、お召し物にも点々と血しぶきが飛び散っています。

「怪我は?その手はどうした!?」

 王太子殿下が慌てて駆け寄ると、ゆっくりと首を横に振りながら右手に掴んでいた固まりを投げ捨てました。

「私のアンネローザの名を、勝手に呼ぶからですよ。二度と呼べないようにしたまでです」

 そうして二人居たはずの衛兵の片割れが、顔面から血を垂れ流し、その場に崩れ落ちました。

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