元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 無事だった方の衛兵を落ち着かせ、ようやく聞き取りが終わると、夜も随分と遅い時間になっていました。あの殴られた衛兵は元々少しばかり口が軽く、市井の噂話を持ち込んでは大声で話すことがよくあったそうです。あの日も、中央広場での出来事を面白おかしく語っていたところ、突然第二王子殿下が部屋より出てこられ、いきなり殴りかかられたということでした。話の内容すら覚えていない、ましてや彼の方の御名前を呼んだなどとは全く記憶がないと言っていたこと、全て調書を取り王太子殿下へとお渡し致しました。

 そうして一通り調書に目を通した王太子殿下は真夜中だというのにも関わらず、私を伴われ、地下室の石段を下りられました。夜勤の寡黙な衛兵は、王太子殿下の御顔を確認すると、外側からきっちりと掛けられている扉の鍵を開けました。
 中へ入ると、寝台に座る第二王子殿下がこちらを振り返り、美しい御顔で静かに仰られたのです。

「私は狂っているのですよ、兄上」

 その御言葉を聞かされた王太子殿下は、小さく頷かれた後私に向かい、記録をとるようにと命じられました。

「何か言うべきことはあるか?」
「一つだけお願いがあります」

 王太子殿下がその先の言葉を促されると、第二王子殿下はゆっくりと、そしてはっきりとした声で告げられました。

「アンネローザと同じ歳、十七になる歳のあの日、彼女と同じように見送って下さい」

 御言葉を書き留めながら、その時の私には殿下が何を仰っていられるのか理解が出来なかったのです。彼の方と同じようにとは?首を傾げながら王太子殿下の御様子を伺えば、眉根を寄せて今にも泣かれそうな御顔でお答えになられました。

「それしか、ないのだな。お前が幸せになる方法は……」
「幸せ……ああ、そうなのでしょうね。私は、私の幸せはアンネローザと共にありました。それだけで十分です」

 王太子殿下とは対称的な、穏やかな笑顔をたたえ、語られた御言葉を、私は一生忘れることはないでしょう。
 そうしてそれからの第二王子殿下は、本当に一人幸せの殻の中に閉じこもることとなったのです。
 何を御伺いしても意味不明の御声を発するだけとなられ、虚ろな目でどこか遠いところを見ていらっしゃるだけの日々がただ淡々と過ぎていきました。

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