元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
乙女ゲーム参戦のお嬢様
すごく、すごく、びっくりしました。
きららちゃんに借りた『乙女ゲーム』なるものを題材とした本を読んでみて驚きました。この世の中にはなんと多くの異世界転生者という方々がいらっしゃるのでしょうか。
勿論、本の中のお話だということはわかっているのですが、実際に自分自身が、この世界には存在しなかった、ラクロフィーネ王国オルテガモ伯爵の娘、アンネローザとしての記憶を持っているのですから、全てを否定することはできませんね。
そうです。つまり私が異世界からこの世界へ転生してきたのなら、有朋雫さんが元の世界から彼女が『乙女ゲーム』だと言われるこの世界へ転生しても、一つもおかしいことはないのです。
そして、いくつかのお話を読んでみて思いました。有朋さんがその『乙女ゲーム』の方向性にのっとって、素敵な彼氏さんを作りたいという願望は大変理解できます。
わかります。私も一応乙女の端くれですので、わかります。けれども……。
「けれども、お手伝いは遠慮したいのですが……」
「却下」
その考えを思い切って直接ぶつけましたが、いとも簡単に一蹴されました。
「そもそも、相棒として参加しなさいって言ってるでしょ。お手伝い程度なんか許さないわよ」
許すとか許さないとかは強要されている方がいうセリフではないのでしょうか? という真っ当な返事は喉から出てきません。
何しろ、本日の昼休みはとうとう体育館裏に呼び出されてしまいましたので、少々恐ろしいのです。
それでも、一応は自分の意見を押し通してみたいと思います。頑張りましょう。
「……っ、無理です」
「ダメよ!」
負けました。
いいえ、まだです。
「あの、ですね。私も少し調べて、出した結果なのですが……察しますに、有朋さんは乙女ゲームの転生者? ということでよろしいのでしょうか?」
「そうよ、始めっから言ってるじゃない」
一度も直接は聞いていません。初耳ですよ。
「この私はね『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』って乙女ゲームのヒロインなの。王子やういうい、朔くん、不知くん、朧くんたちと恋に落ちることのできる、唯一のヒロインなんだからっ!」
「でも、私は本来関係のない人間なのですよね? だとしたらできることは特にないではありませんか?」
「なんでかわかんないけど、ヒロイン補正が出来てないのよ。それなのに、不思議と王子や他のみんながあんたとイベント紛いの出会いがあるんだもんだからさあ」
相棒にするしかないじゃない。そう有朋さんはいいますが、本当に無理なのです。
「んー、あんたなんでそんなに嫌がるのよ。っ……、まさか? あの五人の内の誰か狙ってんじゃないでしょうね!?」
「それは違います」
即答否定では申し訳ないくらい皆さん素敵な方々だとは思いますが、私が気にしているのはそちらの方々ではありません。そうではなくて……。
「あの、月詠蝶湖さんはどなたかの婚約者というお立場なのでしょうか?」
きららちゃんに借りて読んだお話の中には、大抵の場合ヒロインと悪役令嬢という立場の方がいらっしゃいました。そしてヒロイン以外に出てこられる女性というのはほぼメインヒーローの婚約者だったのですが、蝶湖様はどうなのでしょうか?
昨日お友達となったばかりですが、私は蝶湖様に嫌われたくありません。それが、有朋さんのお手伝いをしたくない一番の理由なのです。
私の質問を一瞬訝しげな顔で聞いた有朋さんは、肩をすくめながら答えてくれました。
「別に誰の婚約者でもないわよ。付き合ってるわけでもないし、幼馴染ってやつでしょ」
そこでようやく有朋さんは乙女ゲーム『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』の内容を話してくれました。
「では、有朋さんは蝶湖さんとお嬢様対決をして勝っていくことで、皆さんと仲良くなっていくわけですね」
「まあそんなところよ、簡単に言えばね」
なるほど、何となく理解はできたような気はしますが……あの見るからに完璧お嬢様の蝶湖様に勝てるのかどうかは全くわかりません。
首を傾げる私に、有朋さんは力いっぱい主張します。
「ふふふ。こうみえても私はね、この世界のヒロインだって気が付いた時から必死に習い事をしてきたのよ」
「はあ」
「だけど、あんたみたいなイレギュラーモブも出てきたし、今一つ不安な対決もあるからね。だから天道うらら、あんたは保険みたいなもんよ。安心して相棒になんなさい」
どうしましょう。全くなりたくありません。
そもそも蝶湖様の敵方に回りたくないのですけれど。
どうやって断ればいいのかとぐずぐずと回らない頭で考えます。そうこうしていると、私の後方から、ジャリと石を踏む音が聞こえました。
振り向けば、そこに悠然と蝶湖様が佇んでいます。そして――。
「いいじゃない、うらら。やりましょう、そのお嬢様対決を」
口角を上げながら楽しそうにおっしゃいました。
……え、え?えええ?今なんておっしゃいました?蝶湖様っ!
突然の登場にもですが、その発した言葉にも驚きました。まさか『お嬢様対決』なるものを、蝶湖様がそんな簡単に容認するとは思いもよりませんでしたから。
そもそも蝶湖様は有朋さんを変な方としか認識していないませんよね。
「あの、蝶湖さん……」
何故かにこにこと楽し気にしている蝶湖様へ声をかけようとしたところ、私の後ろからグルルル……となにやら不穏な唸り声が聞こえました。
「つーくーよーみぃーちょーうーこぉー……」
ヒィイイ! 有朋さんがもの凄く怖いです。この間観たホラー映画みたいなのですが、どうしましょう。
そんな剣呑な雰囲気も、蝶湖様はどこ吹く風です。「なあに、うらら?」と私に向かってだけ返事をしてくださいました。有朋さんを完全無視されています。
「どうして、こ……」
「なんであなたがここにいるのかしら、月詠蝶湖さん?」
私の言葉に思いっきり被せられてしまいました。しかし、有朋さんも普通の口調でお話できるのですね。私に対してもそうであって欲しいのですが。
蝶湖様は、それはもう冷ややかに有朋さんを一瞥した後、私の方へ駆け寄り、ぎゅっと手を握りました。
「お昼をね、一緒にいただこうと思って探していたのよ」
まさかこんなところにいるとは思わなかったのだけど。そう言って、再度有朋さんへ向けた視線がこれ以上ないというくらい冷たいものでした。こう、視覚的にはいきなりブリザードに襲い掛かられたようなものです。
有朋さんも、これには少々身震いしたようでしたが、流石にお強いですね。たくましくも怯みません。
「ちょっと。なんであんた、月詠蝶湖とこんなに仲いいのよ!?」
あ、私の方にですか。やっぱり怯んでいたようです。
「あの……蝶湖さんとはお友達になりましたので」
「はああぁ!?」
口を大きく開けて呆ける有朋さんと、にっこりと微笑む蝶湖様の対比がなんともいえない空気を醸し出しています。
まさかの鉢合わせに対処不能です。
ギリギリと歯ぎしりの間から、モブが、モブが……と聞こえてきました。本当にこれはどうしたらいいのでしょうか?
「有朋さん?だったかしら」
「え?」
ぶつぶつと自分の世界に入り込んでいた有朋さんの意識が、蝶湖様からの呼びかけで戻ってきました。
「私と対決したいのでしょう?」
直球です。これ以上ないくらい真っすぐな質問ですね。
「え、ええ。そ、そうよ」
若干気圧されながらも、有朋さんがなんとか答えます。ふうん。と息をはき、蝶湖様は有朋さんに向き合いました。
「私はね、自分のお友達に相応しくないと思う方には近づいて欲しくないの。あの五人もそうだけど、当然うららもね。ですからお嬢様対決でもなんでも応じましょう」
――私に勝って、あなたを認めさせてごらんなさい。
女王然とした言葉が素晴らしくお似合いです。
しかしそれを聞いた有朋さんがぷるぷると震え出しました。
これは、ちょっと怪しいかも?大丈夫でしょうか?と声をかけようとした瞬間、それはもう飛び上がるような歓喜の声が響きました。
「よっしゃー!キターッ!!初イベントきたわー、ようやく来たわ!」
はいっ!?
「正直初のイベントがライバル令嬢イベントってのが気に入らないけど、これがなきゃゲームが進まないもんね。好感度はおいおい上げるわよ」
ええと……
「あー、なんかホッとしたらお腹減ったわ。やだ、もうこんな時間じゃん。じゃ、またあとでね」
そう言い残して、まるでスキップでもするかのようにウッキウキで去っていく有朋さんの姿を見て、蝶湖様がため息をつきました。
「あの子って、本当に変な子よねえ」
蝶湖様でさえ言葉を選ぶのを放棄したようです。
ええ、全く同意します。本当に、本当に。
きららちゃんに借りた『乙女ゲーム』なるものを題材とした本を読んでみて驚きました。この世の中にはなんと多くの異世界転生者という方々がいらっしゃるのでしょうか。
勿論、本の中のお話だということはわかっているのですが、実際に自分自身が、この世界には存在しなかった、ラクロフィーネ王国オルテガモ伯爵の娘、アンネローザとしての記憶を持っているのですから、全てを否定することはできませんね。
そうです。つまり私が異世界からこの世界へ転生してきたのなら、有朋雫さんが元の世界から彼女が『乙女ゲーム』だと言われるこの世界へ転生しても、一つもおかしいことはないのです。
そして、いくつかのお話を読んでみて思いました。有朋さんがその『乙女ゲーム』の方向性にのっとって、素敵な彼氏さんを作りたいという願望は大変理解できます。
わかります。私も一応乙女の端くれですので、わかります。けれども……。
「けれども、お手伝いは遠慮したいのですが……」
「却下」
その考えを思い切って直接ぶつけましたが、いとも簡単に一蹴されました。
「そもそも、相棒として参加しなさいって言ってるでしょ。お手伝い程度なんか許さないわよ」
許すとか許さないとかは強要されている方がいうセリフではないのでしょうか? という真っ当な返事は喉から出てきません。
何しろ、本日の昼休みはとうとう体育館裏に呼び出されてしまいましたので、少々恐ろしいのです。
それでも、一応は自分の意見を押し通してみたいと思います。頑張りましょう。
「……っ、無理です」
「ダメよ!」
負けました。
いいえ、まだです。
「あの、ですね。私も少し調べて、出した結果なのですが……察しますに、有朋さんは乙女ゲームの転生者? ということでよろしいのでしょうか?」
「そうよ、始めっから言ってるじゃない」
一度も直接は聞いていません。初耳ですよ。
「この私はね『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』って乙女ゲームのヒロインなの。王子やういうい、朔くん、不知くん、朧くんたちと恋に落ちることのできる、唯一のヒロインなんだからっ!」
「でも、私は本来関係のない人間なのですよね? だとしたらできることは特にないではありませんか?」
「なんでかわかんないけど、ヒロイン補正が出来てないのよ。それなのに、不思議と王子や他のみんながあんたとイベント紛いの出会いがあるんだもんだからさあ」
相棒にするしかないじゃない。そう有朋さんはいいますが、本当に無理なのです。
「んー、あんたなんでそんなに嫌がるのよ。っ……、まさか? あの五人の内の誰か狙ってんじゃないでしょうね!?」
「それは違います」
即答否定では申し訳ないくらい皆さん素敵な方々だとは思いますが、私が気にしているのはそちらの方々ではありません。そうではなくて……。
「あの、月詠蝶湖さんはどなたかの婚約者というお立場なのでしょうか?」
きららちゃんに借りて読んだお話の中には、大抵の場合ヒロインと悪役令嬢という立場の方がいらっしゃいました。そしてヒロイン以外に出てこられる女性というのはほぼメインヒーローの婚約者だったのですが、蝶湖様はどうなのでしょうか?
昨日お友達となったばかりですが、私は蝶湖様に嫌われたくありません。それが、有朋さんのお手伝いをしたくない一番の理由なのです。
私の質問を一瞬訝しげな顔で聞いた有朋さんは、肩をすくめながら答えてくれました。
「別に誰の婚約者でもないわよ。付き合ってるわけでもないし、幼馴染ってやつでしょ」
そこでようやく有朋さんは乙女ゲーム『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』の内容を話してくれました。
「では、有朋さんは蝶湖さんとお嬢様対決をして勝っていくことで、皆さんと仲良くなっていくわけですね」
「まあそんなところよ、簡単に言えばね」
なるほど、何となく理解はできたような気はしますが……あの見るからに完璧お嬢様の蝶湖様に勝てるのかどうかは全くわかりません。
首を傾げる私に、有朋さんは力いっぱい主張します。
「ふふふ。こうみえても私はね、この世界のヒロインだって気が付いた時から必死に習い事をしてきたのよ」
「はあ」
「だけど、あんたみたいなイレギュラーモブも出てきたし、今一つ不安な対決もあるからね。だから天道うらら、あんたは保険みたいなもんよ。安心して相棒になんなさい」
どうしましょう。全くなりたくありません。
そもそも蝶湖様の敵方に回りたくないのですけれど。
どうやって断ればいいのかとぐずぐずと回らない頭で考えます。そうこうしていると、私の後方から、ジャリと石を踏む音が聞こえました。
振り向けば、そこに悠然と蝶湖様が佇んでいます。そして――。
「いいじゃない、うらら。やりましょう、そのお嬢様対決を」
口角を上げながら楽しそうにおっしゃいました。
……え、え?えええ?今なんておっしゃいました?蝶湖様っ!
突然の登場にもですが、その発した言葉にも驚きました。まさか『お嬢様対決』なるものを、蝶湖様がそんな簡単に容認するとは思いもよりませんでしたから。
そもそも蝶湖様は有朋さんを変な方としか認識していないませんよね。
「あの、蝶湖さん……」
何故かにこにこと楽し気にしている蝶湖様へ声をかけようとしたところ、私の後ろからグルルル……となにやら不穏な唸り声が聞こえました。
「つーくーよーみぃーちょーうーこぉー……」
ヒィイイ! 有朋さんがもの凄く怖いです。この間観たホラー映画みたいなのですが、どうしましょう。
そんな剣呑な雰囲気も、蝶湖様はどこ吹く風です。「なあに、うらら?」と私に向かってだけ返事をしてくださいました。有朋さんを完全無視されています。
「どうして、こ……」
「なんであなたがここにいるのかしら、月詠蝶湖さん?」
私の言葉に思いっきり被せられてしまいました。しかし、有朋さんも普通の口調でお話できるのですね。私に対してもそうであって欲しいのですが。
蝶湖様は、それはもう冷ややかに有朋さんを一瞥した後、私の方へ駆け寄り、ぎゅっと手を握りました。
「お昼をね、一緒にいただこうと思って探していたのよ」
まさかこんなところにいるとは思わなかったのだけど。そう言って、再度有朋さんへ向けた視線がこれ以上ないというくらい冷たいものでした。こう、視覚的にはいきなりブリザードに襲い掛かられたようなものです。
有朋さんも、これには少々身震いしたようでしたが、流石にお強いですね。たくましくも怯みません。
「ちょっと。なんであんた、月詠蝶湖とこんなに仲いいのよ!?」
あ、私の方にですか。やっぱり怯んでいたようです。
「あの……蝶湖さんとはお友達になりましたので」
「はああぁ!?」
口を大きく開けて呆ける有朋さんと、にっこりと微笑む蝶湖様の対比がなんともいえない空気を醸し出しています。
まさかの鉢合わせに対処不能です。
ギリギリと歯ぎしりの間から、モブが、モブが……と聞こえてきました。本当にこれはどうしたらいいのでしょうか?
「有朋さん?だったかしら」
「え?」
ぶつぶつと自分の世界に入り込んでいた有朋さんの意識が、蝶湖様からの呼びかけで戻ってきました。
「私と対決したいのでしょう?」
直球です。これ以上ないくらい真っすぐな質問ですね。
「え、ええ。そ、そうよ」
若干気圧されながらも、有朋さんがなんとか答えます。ふうん。と息をはき、蝶湖様は有朋さんに向き合いました。
「私はね、自分のお友達に相応しくないと思う方には近づいて欲しくないの。あの五人もそうだけど、当然うららもね。ですからお嬢様対決でもなんでも応じましょう」
――私に勝って、あなたを認めさせてごらんなさい。
女王然とした言葉が素晴らしくお似合いです。
しかしそれを聞いた有朋さんがぷるぷると震え出しました。
これは、ちょっと怪しいかも?大丈夫でしょうか?と声をかけようとした瞬間、それはもう飛び上がるような歓喜の声が響きました。
「よっしゃー!キターッ!!初イベントきたわー、ようやく来たわ!」
はいっ!?
「正直初のイベントがライバル令嬢イベントってのが気に入らないけど、これがなきゃゲームが進まないもんね。好感度はおいおい上げるわよ」
ええと……
「あー、なんかホッとしたらお腹減ったわ。やだ、もうこんな時間じゃん。じゃ、またあとでね」
そう言い残して、まるでスキップでもするかのようにウッキウキで去っていく有朋さんの姿を見て、蝶湖様がため息をつきました。
「あの子って、本当に変な子よねえ」
蝶湖様でさえ言葉を選ぶのを放棄したようです。
ええ、全く同意します。本当に、本当に。