元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
対決のお嬢様
あっ! ……という間に対決の日となりました。
四月最終の金曜日、放課後の音楽室です。
まるで貴族の音楽サロンのような空間なのは、流石は良家子女のための聖デリア学園の音楽室といったところでしょうか。豪華な布張りの椅子が並ぶその正面には、大きく真っ白なグランドピアノが鎮座しています。
学校の音楽室で白のグランドピアノというのは初めてみました。しかし、先日の授業でこの場所を使用した折は、普通の黒いグランドピアノだったような気がするのですが……
きっと気のせいですね。聖デリア学園の理事長は望月家の家長様だと記憶していますが、まさかこの対決のためだけにピアノを替えるだなんて……そこまでは、しないと思います。多分。
「ああ、間に合ったか」
王子こと望月さんが白いピアノの天板を触り、なんともきな臭い言葉を口にしました。よく見ればさり気なく蝶の模様の装飾がしてあります。
もしかして、二週間でこの特注グランドピアノをあつらえたのでしょうか。
「少しは無駄遣いを慎みなさい。満は」
眼鏡の十六夜さんが苦々しい顔をしてそう言えば、望月さんはその端正な口元を尖らせながら臆面もなく言いきります。
「ふんっ。月詠が受け入れた勝負ごとなら、望月が支援するのが当たり前だろう。例え意に沿わないことであってもな」
えーと、……凄いですね。わりと斜め上の支援ですけれど。
それよりもやっぱりこの対決は望月さんのお気に召してはいらっしゃらないようです。
蝶湖様は今の言葉を聞いて、若干呆れたような目で見ています。
「昔から満は本当に残念な人ね。近くに寄ってはダメよ、うらら。うつるから」
私に向かってそうおっしゃいました。若干どころではなかったようです。
有朋さんといえば、先攻のくじを引いたためか随分と緊張しているようで、ピアノが替わっているのも、望月さんの偏屈な言葉に気がついていません。大丈夫かと、先程から下弦さんが大変気にかけています。
「大丈夫。大丈夫、うん。……え、なんか言った?」
全く大丈夫ではありませんね。
このまま有朋さんが自分を持ち直せなければ、折角の練習も生かすことができません。勝ち負け以前の問題です。
乙女ゲームのためだと広言する彼女に完全に同意するわけではありませんが、その乙女ゲームのために八年間いろいろと頑張ってきた努力を無にしていい訳ではないのです。有朋さんなりに頑張って、頑張って、ようやく手に入れたチャンスなら、やっぱり応援してあげたくもなります。
なんとか発奮させなければと、下弦さんと顔を見合わせました。コクン、と頷く下弦さんに願いを託します。
どうぞっ、言ってくださいませ!お願いします。
「ねえ、有朋さん。僕は君が今日まで頑張ってきたことはよくわかってるよ」
「……はあ」
「最初は少し変な子だなって思ったけど、蝶湖相手にがむしゃらに食らいつく姿は見ていて面白いと思ったんだ」
「……」
変な子とか、食らいつくとか、面白いとかは、もう少し言い方を選んで欲しいものですが、いい感じですよ。
「勝負とか、そんなのはいったん忘れて、君らしく弾くといい。そして、出来れば、」
――――今日は僕のために弾いてくれないか?
素晴らしいです。ブラボー!その甘い御尊顔に、蕩けるような台詞。これこそきららちゃんに借りて読んだ乙女ゲームの小説のようなシチュエーションですね。
さあ、有朋さん。お返事を。
「……も、」
も?
「もち、……」
もちろん?
「望月満くんの次でよければ」
残念っ! 違いますっ!!
渾身の口説き文句を袖にされたショックで顔面蒼白の下弦さんを横に押しのけ、私は有朋さんと相対しました。
「有朋さーん……っ」
「え、いや。……だって、やっぱり王子が一番の推しだし、朧くんもそりゃ二番手推しだけど、さあ……」
そう口ごもる彼女をじいっと見つめていたら、ふっと気が付いたことがありました。私は有朋さんに向かい、はあ、と軽くため息をつきます。
「わかりました」
「ん?」
「有朋さんは自信がなさそうなので、私が先に弾かせていただきます」
「……へ?」
「おまけみたいなものですからと、最後に弾く予定でしたけれど大丈夫ですよ。私はピアノを習ってはいませんが、緊張で指の動かない方よりは上手に弾けますわ」
私の引き立て役、ありがとうございます。有朋さん。そう、口元に指を置き、ほほほ、と笑って差し上げます。
「ふ、ふ、ふー……」
有朋さんの顔色が、青から段々と赤みを帯びてきました。
「ほーほっほっほ」
ええい、追い高笑いですわ。
「ふ…………っ、ふざけんなーっ!!!」
ドガーンっ!とまるで噴火のように雄たけびが響きました。
「あんたなんかに任せられる訳ないでしょ!大事な一戦目なのよ!ピアノも習ったことないのに?バカじゃないの!?ああ、もうこんなこと言ってる場合じゃないわ」
そう言いながら、慌てて楽譜を手に取り、確認するかのように指を動かし始めました。よかったですね、それでこそ有朋さんです。
先日、下弦さんが有朋さんを煽った方式を使わせていただきました。やっぱり彼女にはこれが一番効くようです。
ちなみに、きららちゃんに借りた本の中の、悪役令嬢になりきってみたのですがそれっぽかったでしょうかしら?
なんとかやる気を取り戻した有朋さんを見ながら、下弦さんに声をかけます。
「有朋さん、自信を取り戻してよかったですね」
「ソウダネー。……僕の自信は粉々に壊れたままだけど、さあー」
うーん、一回上がった下弦さんからの好感度がダダ下がっているようですよ、有朋さん。
四月最終の金曜日、放課後の音楽室です。
まるで貴族の音楽サロンのような空間なのは、流石は良家子女のための聖デリア学園の音楽室といったところでしょうか。豪華な布張りの椅子が並ぶその正面には、大きく真っ白なグランドピアノが鎮座しています。
学校の音楽室で白のグランドピアノというのは初めてみました。しかし、先日の授業でこの場所を使用した折は、普通の黒いグランドピアノだったような気がするのですが……
きっと気のせいですね。聖デリア学園の理事長は望月家の家長様だと記憶していますが、まさかこの対決のためだけにピアノを替えるだなんて……そこまでは、しないと思います。多分。
「ああ、間に合ったか」
王子こと望月さんが白いピアノの天板を触り、なんともきな臭い言葉を口にしました。よく見ればさり気なく蝶の模様の装飾がしてあります。
もしかして、二週間でこの特注グランドピアノをあつらえたのでしょうか。
「少しは無駄遣いを慎みなさい。満は」
眼鏡の十六夜さんが苦々しい顔をしてそう言えば、望月さんはその端正な口元を尖らせながら臆面もなく言いきります。
「ふんっ。月詠が受け入れた勝負ごとなら、望月が支援するのが当たり前だろう。例え意に沿わないことであってもな」
えーと、……凄いですね。わりと斜め上の支援ですけれど。
それよりもやっぱりこの対決は望月さんのお気に召してはいらっしゃらないようです。
蝶湖様は今の言葉を聞いて、若干呆れたような目で見ています。
「昔から満は本当に残念な人ね。近くに寄ってはダメよ、うらら。うつるから」
私に向かってそうおっしゃいました。若干どころではなかったようです。
有朋さんといえば、先攻のくじを引いたためか随分と緊張しているようで、ピアノが替わっているのも、望月さんの偏屈な言葉に気がついていません。大丈夫かと、先程から下弦さんが大変気にかけています。
「大丈夫。大丈夫、うん。……え、なんか言った?」
全く大丈夫ではありませんね。
このまま有朋さんが自分を持ち直せなければ、折角の練習も生かすことができません。勝ち負け以前の問題です。
乙女ゲームのためだと広言する彼女に完全に同意するわけではありませんが、その乙女ゲームのために八年間いろいろと頑張ってきた努力を無にしていい訳ではないのです。有朋さんなりに頑張って、頑張って、ようやく手に入れたチャンスなら、やっぱり応援してあげたくもなります。
なんとか発奮させなければと、下弦さんと顔を見合わせました。コクン、と頷く下弦さんに願いを託します。
どうぞっ、言ってくださいませ!お願いします。
「ねえ、有朋さん。僕は君が今日まで頑張ってきたことはよくわかってるよ」
「……はあ」
「最初は少し変な子だなって思ったけど、蝶湖相手にがむしゃらに食らいつく姿は見ていて面白いと思ったんだ」
「……」
変な子とか、食らいつくとか、面白いとかは、もう少し言い方を選んで欲しいものですが、いい感じですよ。
「勝負とか、そんなのはいったん忘れて、君らしく弾くといい。そして、出来れば、」
――――今日は僕のために弾いてくれないか?
素晴らしいです。ブラボー!その甘い御尊顔に、蕩けるような台詞。これこそきららちゃんに借りて読んだ乙女ゲームの小説のようなシチュエーションですね。
さあ、有朋さん。お返事を。
「……も、」
も?
「もち、……」
もちろん?
「望月満くんの次でよければ」
残念っ! 違いますっ!!
渾身の口説き文句を袖にされたショックで顔面蒼白の下弦さんを横に押しのけ、私は有朋さんと相対しました。
「有朋さーん……っ」
「え、いや。……だって、やっぱり王子が一番の推しだし、朧くんもそりゃ二番手推しだけど、さあ……」
そう口ごもる彼女をじいっと見つめていたら、ふっと気が付いたことがありました。私は有朋さんに向かい、はあ、と軽くため息をつきます。
「わかりました」
「ん?」
「有朋さんは自信がなさそうなので、私が先に弾かせていただきます」
「……へ?」
「おまけみたいなものですからと、最後に弾く予定でしたけれど大丈夫ですよ。私はピアノを習ってはいませんが、緊張で指の動かない方よりは上手に弾けますわ」
私の引き立て役、ありがとうございます。有朋さん。そう、口元に指を置き、ほほほ、と笑って差し上げます。
「ふ、ふ、ふー……」
有朋さんの顔色が、青から段々と赤みを帯びてきました。
「ほーほっほっほ」
ええい、追い高笑いですわ。
「ふ…………っ、ふざけんなーっ!!!」
ドガーンっ!とまるで噴火のように雄たけびが響きました。
「あんたなんかに任せられる訳ないでしょ!大事な一戦目なのよ!ピアノも習ったことないのに?バカじゃないの!?ああ、もうこんなこと言ってる場合じゃないわ」
そう言いながら、慌てて楽譜を手に取り、確認するかのように指を動かし始めました。よかったですね、それでこそ有朋さんです。
先日、下弦さんが有朋さんを煽った方式を使わせていただきました。やっぱり彼女にはこれが一番効くようです。
ちなみに、きららちゃんに借りた本の中の、悪役令嬢になりきってみたのですがそれっぽかったでしょうかしら?
なんとかやる気を取り戻した有朋さんを見ながら、下弦さんに声をかけます。
「有朋さん、自信を取り戻してよかったですね」
「ソウダネー。……僕の自信は粉々に壊れたままだけど、さあー」
うーん、一回上がった下弦さんからの好感度がダダ下がっているようですよ、有朋さん。