元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「えーと、あの、それは一体どういった意味にとればいいんですか?」
「意味もなにも、そのままだ。次の勝負は捨てることだな」

 以上だ。と言い渡し「帰る」と、一言だけ蝶湖様と下弦さんに向かい告げると、望月さんはあっという間に立ち去ってしまいました。

 私と有朋さんは全くその意図がとれず、狐につままれたように動けません。呆然とする私たちの耳に、さらに追い打ちをかけるように驚愕の言葉が響きます。

「いやー……まさか満がちゃんとアドバイスするとは思わなかった。すごいものみちゃったわ」
「あれで、少しはものを考えられるようになったみたいね」

 もしかして、蝶湖様と下弦さんのお二人には、あれがアドバイスに聞こえたのでしょうか?
 私のアドバイスという概念が根底から崩れていきます。
 私たちの納得いかないという表情を顧みて、下弦さんが慌てて声をかけてきました。

「僕はアドバイザーじゃないから言ってあげられることはないけど、満としては最大限の譲歩をしたと思ってるよ。あとは君たちで考えてみて」

 あのアドバイスをどう生かすか?たいへんな至難の業を課せられた気がします。

 その後、有朋さんと二人でまだ営業中の学園内のカフェへと場所を移して、作戦会議を始めました。
 蝶湖様が心なしか曇り顔でこちらを見ていられましたが、これ以上お手をわずらわせては申し訳ないと、後ろ髪をひかれつつも教室で別れたのです。
 とりあえずと、テラス席で頼んだ紅茶をまず一口いただきます。相変わらずの美味しさに幾分か落ち着きを取り戻しまた。

「さーて。どうしよっかなー」
「そうですね。どうしましょう」

 両手を伸ばしながら軽く首を回す有朋さんを見ながら、私は思いついたことを話します。

「まずは確認しますが、有朋さんは、望月さんのあの言葉は本当にアドバイスだと思っていますか?」

 うーん。そう一拍おいてからあごに手を置き、何かを噛みしめるように頷きました。

「いくら私が月詠蝶湖のライバルだからって、わざわざ妨害するような人じゃないとは思う……多分。全然意味わかんないけどねー」

 なんとなく望月さんを語る口調が鼻白んでいるような気がします。……気のせいですよね? あなたのメイン攻略対象者じゃありませんでしたか?
 そんな私の心配をよそに、有朋さんは一度目を瞑りました。少し長いそれは、彼女の葛藤のあらわれなのでしょう。
 それでも、やはり望月さんは有朋さんにとっては王子様であるようで、きっぱりと決断します。

「そうね。私は王子のアドバイスを信じるわ」

 はっきりと、そう言い切りました。

「次の勝負は捨てる。正直勿体ないけどさ、一つの勝ち星よりも、私は王子を取る!」

 なんとまあ、有朋さんらしい結論をつけたものです。あまりにも有朋さんらしい答えに、なんだか嬉しくなってしまった私は、だいぶ彼女に毒されているようですね。

「それでは、どういったようにしましょうか。ただ今回だけ棄権するというのも何か違うという気もしますし」
「だよねー。ってことは、彼女が絶対に勝てる勝負にすればいいってこと?」
「正直に言わせていただければ、ほとんどの勝負がそうなのですよね」
「……なんかムカつく。まあ、そうだけどさー」

 うーん。勝負をせずに、勝ち負けをつける方法ですか。これはまた難儀な問題です。そうして二人、カフェで頭を悩ませていると、参考書片手に勉強をしている人たちがちらほらと見えることに気が付きました。

「有朋さん、テストですよ」
「へ? ああ、知ってるわよ。もうすぐよね」
「いえ、そうではなくて、中間テストです。次は中間テストの結果にしましょう」

 これならば、直接勝負をせずとも、勝ち負けが決まります。

「え? 月詠蝶湖に勝たせるんでしょ? あんた、特待生じゃん。わざと負けるとか、いいの? そんなことして」

 一応私のことを心配して下さっての言葉ですので、何故私だけが相手になるのを前提としているかはとりあえず置いておきます。あ、特待生適用は三位まで入れば大丈夫なのですよ、念のために。

「あの、有朋さんは先日廊下に張り出された、学力テストの順位結果は見ていませんか?」
「見てないわよ、あんなの。個人配布の紙だって、破って捨てちゃったわ」

 私は過去を振り返らないのよ。と、なんだか男前なことを言っていますが、あの評定用紙は保護者確認印必須で要返却ですからね。後で教えてさしあげましょう。

「先日の学力テストの一位は蝶湖さんでした。ちなみに五教科全て満点です」
「はぁあ?」
「私も二位ではありましたが、とても追いつけるレベルではありませんね。完敗でした」
「うわっ……、マジ激やばっ」

 確かにあの過酷なテストで満点とは驚きましたが、蝶湖様ならそれも当然のように思えてしまいます。
 いえ、決して諦めるわけではありませんし、今まで以上に努力もしますが、これなら望月さんのアドバイス通りにはなるのではないでしょうか?
 お嬢様対決かと言われれば微妙かもしれませんが、深い知識力は必須条件だと言えないこともありませんので大丈夫です。

「あー、うん。それなら、まあいっか。どっちにしろ捨てる勝負なら、手がかからないほうがいいし」

 これならば、準備もいりませんし、ジャッジの必要もありません。ただ結果がでるのを待てばいいだけなので、生徒会で忙しい新明さんの手を煩わせることもないと思います。
 そう結論を出した後、有朋さんは学生課へと評定用紙の再発行をお願いに走り、私は先ほどの決定を新明さんへ伝えるために生徒会室へと向かうことになりました。
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