元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
どこをとっても豪華なこの聖デリア学園の生徒会室ともなれば、それはゴージャスなのだろうと思っていましたが、意外とそうでもありませんでした。
たくさんのキャビネットにぎっしりと揃えられた資料、割とよくある折り畳み式の長テーブルと椅子が、コの字を縦にした形で並んでいます。うーん、ごく普通の生徒会室ですね。
「あんまりにも地味でびっくりした?」
一番奥まった場所で資料に囲まれている新明さんが、少しはにかんだように私へと向かい声を掛けました。
「いえ、どちらかといえば、見慣れた光景でホッとします」
「そういえば、君は外部生だったね。内部生は初めてここへ来るとまず驚いて、用件も言わずに帰ることも多いよ。そこの朝比奈もそうだった」
親指で指さしたのは、確か二年生の副会長さんでした。そうですか、そこまでですか?
ああ、でも望月さんとかは、ありそうですね。
「満はその場で外商呼びつけようとしたから慌てて止めたっけ」
流石は斜め上王子です。
「でも、止められたということは、このスタイルに信条があるわけなのですね」
「そうだね。それが伝統だというなら、守るべきは後進の務めだよ」
おや? これでは、信念があるから守るのではなく、伝統があるから守るともとれそうな言い方です。聖デリア学園の生徒会長ともなると、色々とその古式ゆかしき伝習などあるのでしょうか。大変ですね。
「さて、それはさておき、満と話し合いはできたのかな?」
「ええ。その上でこちらに報告させていただきに来ました」
新明さんは、副会長さんの方へ顔を向け軽く笑いながら声をかけました。
「朝比奈、少し席を離れてくれ。大事な話がある」
副会長さんはその新明さんの言葉を聞くと、黙ってうなずいた後、すくっと立ち上がりました。その姿を見るに中々に背が高くがっしりとした体形の男性です。生徒会というよりも、どこか運動部の部長さんのように見えました。
私の不躾な視線が気になったのでしょうか、目元を少し赤くした副会長さんがこちらを見つめたままその足を止めてしまいました。慌てて私は副会長さんへ向かい挨拶をします。
「お忙しい中、お手をとらせて申し訳ありません。一年の天道うららと申します」
「っ、いえ……私は、二年の朝比奈昇一です。それでは失礼します」
副会長の朝比奈さんはそれだけ話すと、あっという間に生徒会室から出て行ってしまいました。あまりの素早さに少々驚いていると、新明さんがクックッと喉を鳴らすように笑っています。
「お仕事のお邪魔をしてしまったようですね」
お二人には申し訳なく思っていると、そんなことは全く気にしていないというように肩を竦めて新明さんが続けます。
「いいよ。で、何に決まったのかな?」
「はい。中間テストの結果で勝負したいと思いますので、よろしくお願いします」
そう答えると、瞬間目をぱしぱしとさせてから、新明さんは少し毒気のある笑顔を私に向けて問いかけました。
「もしかして朧? それとも蝶湖から何か言われた? だとしたら、ルール違反になるかもしれないけど、大丈夫かな」
続けられた言葉には、こちらを随分と心配しているような口調ですが、チクチクと刺すような棘が心なしか隠されているように感じます。
「それは……大丈夫です。蝶湖さんも、下弦さんも、今回のことは一切口にされていません」
なんとなく息の詰まる雰囲気になってきたので、早々にお暇しようと口早に答えると、いつの間にか新明さんが目の前にまで接近しているではないですか。
「本当に? そうでなきゃ、あの有朋君が、負け確実な勝負をOKしたとは思えないな」
「え、あの……」
「それとも、君の意見? だとしたら、蝶湖相手にテスト勝負とか、よほど自信があるんだね」
新明さんがずいっと距離を詰め、キャビネットで私を挟むようにして動きを止めました。そうして私の髪を一房つまみ、くるりとその指に絡めます。
う、う、う。すごくフェロモン垂れ流していそうな、甘い笑顔で語りかけてきていますが、目の奥が全然笑っていません。逆に怖いです。
「ねえ、本当のこと教えて?」
そんな囁きが耳にかかり、背筋に悪寒が走ります。
「もっ、望月さんにアドバイスをいただきました! そのうえで決めてきたのです」
せまりくる新明さんから逃げ出したくて、正直に申告します。けれども、それを聞いた途端、先程までのこちらを軽く見るような新明さんの態度が一変しました。
「満が? まさか?」
鼻で笑うような声をだしていますが、真顔です。今まで見たこともないような新明さんの表情に体が固くなります。
怖い、怖い怖い。誰か、助けて。誰か。誰か?
蝶湖様、助けて!
「朔太朗くん。この間の、湖……うわっ!」
「不知、ノックをしろ。あと、わかるな?」
がちゃり。生徒会室のドアが音を立てて開いた瞬間、新明さんは何事もなかったかのように私からスッと離れ、入室してきた十六夜さんに強く注意をしました。
「ああ、済まない。朝比奈とさっきそこで会ったものだから、まさか他に人が居るとは思わなかった。あの……蝶湖からの頼まれた用事なのだけど、出直そうか?」
言い訳をするかのように新明さんに謝る十六夜さん。
「いえ、用件はもう済みましたので、私こそもう帰ります」
もうこれ以上ここに居るのは怖くて仕方がありません。これ幸いと十六夜さんの横を抜けて去ろうとしたその時、後ろで、フッと鼻で笑うような音が聞こえました。
「勝負内容は、こちらから蝶湖にも伝えておくよ。頑張ってね」
いつも通りの大人な新明さんを取り戻したようです。けれども、あの血の気が失せたような真顔はしばらく忘れようにもできません。
あー。本当に、本当に怖かったです。
たくさんのキャビネットにぎっしりと揃えられた資料、割とよくある折り畳み式の長テーブルと椅子が、コの字を縦にした形で並んでいます。うーん、ごく普通の生徒会室ですね。
「あんまりにも地味でびっくりした?」
一番奥まった場所で資料に囲まれている新明さんが、少しはにかんだように私へと向かい声を掛けました。
「いえ、どちらかといえば、見慣れた光景でホッとします」
「そういえば、君は外部生だったね。内部生は初めてここへ来るとまず驚いて、用件も言わずに帰ることも多いよ。そこの朝比奈もそうだった」
親指で指さしたのは、確か二年生の副会長さんでした。そうですか、そこまでですか?
ああ、でも望月さんとかは、ありそうですね。
「満はその場で外商呼びつけようとしたから慌てて止めたっけ」
流石は斜め上王子です。
「でも、止められたということは、このスタイルに信条があるわけなのですね」
「そうだね。それが伝統だというなら、守るべきは後進の務めだよ」
おや? これでは、信念があるから守るのではなく、伝統があるから守るともとれそうな言い方です。聖デリア学園の生徒会長ともなると、色々とその古式ゆかしき伝習などあるのでしょうか。大変ですね。
「さて、それはさておき、満と話し合いはできたのかな?」
「ええ。その上でこちらに報告させていただきに来ました」
新明さんは、副会長さんの方へ顔を向け軽く笑いながら声をかけました。
「朝比奈、少し席を離れてくれ。大事な話がある」
副会長さんはその新明さんの言葉を聞くと、黙ってうなずいた後、すくっと立ち上がりました。その姿を見るに中々に背が高くがっしりとした体形の男性です。生徒会というよりも、どこか運動部の部長さんのように見えました。
私の不躾な視線が気になったのでしょうか、目元を少し赤くした副会長さんがこちらを見つめたままその足を止めてしまいました。慌てて私は副会長さんへ向かい挨拶をします。
「お忙しい中、お手をとらせて申し訳ありません。一年の天道うららと申します」
「っ、いえ……私は、二年の朝比奈昇一です。それでは失礼します」
副会長の朝比奈さんはそれだけ話すと、あっという間に生徒会室から出て行ってしまいました。あまりの素早さに少々驚いていると、新明さんがクックッと喉を鳴らすように笑っています。
「お仕事のお邪魔をしてしまったようですね」
お二人には申し訳なく思っていると、そんなことは全く気にしていないというように肩を竦めて新明さんが続けます。
「いいよ。で、何に決まったのかな?」
「はい。中間テストの結果で勝負したいと思いますので、よろしくお願いします」
そう答えると、瞬間目をぱしぱしとさせてから、新明さんは少し毒気のある笑顔を私に向けて問いかけました。
「もしかして朧? それとも蝶湖から何か言われた? だとしたら、ルール違反になるかもしれないけど、大丈夫かな」
続けられた言葉には、こちらを随分と心配しているような口調ですが、チクチクと刺すような棘が心なしか隠されているように感じます。
「それは……大丈夫です。蝶湖さんも、下弦さんも、今回のことは一切口にされていません」
なんとなく息の詰まる雰囲気になってきたので、早々にお暇しようと口早に答えると、いつの間にか新明さんが目の前にまで接近しているではないですか。
「本当に? そうでなきゃ、あの有朋君が、負け確実な勝負をOKしたとは思えないな」
「え、あの……」
「それとも、君の意見? だとしたら、蝶湖相手にテスト勝負とか、よほど自信があるんだね」
新明さんがずいっと距離を詰め、キャビネットで私を挟むようにして動きを止めました。そうして私の髪を一房つまみ、くるりとその指に絡めます。
う、う、う。すごくフェロモン垂れ流していそうな、甘い笑顔で語りかけてきていますが、目の奥が全然笑っていません。逆に怖いです。
「ねえ、本当のこと教えて?」
そんな囁きが耳にかかり、背筋に悪寒が走ります。
「もっ、望月さんにアドバイスをいただきました! そのうえで決めてきたのです」
せまりくる新明さんから逃げ出したくて、正直に申告します。けれども、それを聞いた途端、先程までのこちらを軽く見るような新明さんの態度が一変しました。
「満が? まさか?」
鼻で笑うような声をだしていますが、真顔です。今まで見たこともないような新明さんの表情に体が固くなります。
怖い、怖い怖い。誰か、助けて。誰か。誰か?
蝶湖様、助けて!
「朔太朗くん。この間の、湖……うわっ!」
「不知、ノックをしろ。あと、わかるな?」
がちゃり。生徒会室のドアが音を立てて開いた瞬間、新明さんは何事もなかったかのように私からスッと離れ、入室してきた十六夜さんに強く注意をしました。
「ああ、済まない。朝比奈とさっきそこで会ったものだから、まさか他に人が居るとは思わなかった。あの……蝶湖からの頼まれた用事なのだけど、出直そうか?」
言い訳をするかのように新明さんに謝る十六夜さん。
「いえ、用件はもう済みましたので、私こそもう帰ります」
もうこれ以上ここに居るのは怖くて仕方がありません。これ幸いと十六夜さんの横を抜けて去ろうとしたその時、後ろで、フッと鼻で笑うような音が聞こえました。
「勝負内容は、こちらから蝶湖にも伝えておくよ。頑張ってね」
いつも通りの大人な新明さんを取り戻したようです。けれども、あの血の気が失せたような真顔はしばらく忘れようにもできません。
あー。本当に、本当に怖かったです。