元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 結果の再確認というのも中々に身に沁みますが、中間テスト勝負は蝶湖様の完全勝利に終わりました。
 またもや五教科満点という驚異的実績の前ではなんとも勝負になりません。
 勿論妥当な結果だとは思っていましたが、やはりそれは勝負なので悔しいと思う気持ちが滲み出てしまいますね。そんな私に向かい、「残念だったねと」ジャッジの新明さんが労いの言葉を口にされましたが、若干見下すような目で見られていると感じるのは、私が彼に対して苦手意識を持っているからでしょうか。

 とにかく、第二回目の対決も終わり、一勝一敗の結果にとりあえず満足したまま学園祭を向かえることが出来ました。
 学園祭当日にはちょっとしたハプニングもありましたが、特に大事になることもなく、とても楽しい思い出となりました。
 そのハプニングの余波といえば、少しばかり有朋さんの評判が上がり、野太い声のファンがついたことくらいですかね。あまり対決には関係のない出来事でしたので、ここでは割愛しましょう。


「さあ、それじゃ第三回対決に向けての作戦会議を始めるわよー」

 本日も空き教室にて張り切って仕切る有朋さんに、「はーい」と元気よく返事をする集まりになっています。
 けれども、あの、次のアドバイザーである十六夜さんがこの中に参加されるのはわかるのですが……。
 ……何故、下弦さんと蝶湖様までが当たり前のようにここにいらっしゃるのでしょうか。

「だって僕、次のジャッジだから」
「私も、対決相手ですから」

 いいのですか!?

「いいわよ。どうせ後で伝えるんだから、少しくらい先に知ったところで関係ないじゃん」

 有朋さん……ここ最近、お嬢様らしさよりも男前度が急上昇していますね。あ、若干、十六夜さんがひいています。

「でー、今回は勝ちにいくとしてー。なんかアドバイスあります?」

 この中で一人年上だというのに、一番静かに大人しく座っていた十六夜さんが急に話を振られて少し挙動不審です。

「あー……いや、すみません。どうにも僕はこういったノリ……いえ、話し合いが得意ではなくて」

 ノリって言っちゃいましたね。こちらこそすみません、こんなノリで。

「んー、でもここに居るってことは、一応アドバイスしてくれるつもりあるんでしょ?」

 有朋さんが、そんなふうにすっかり本性のまま尋ねれば、十六夜さんはいったん蝶湖様の方へ顔を向けて頷いてから、答えてくれました。

「そうですね。蝶湖がそれを望んでいるようですから、僕もできる範囲でお手伝いしましょう」

 最初は全く相手にされていなかったお嬢様対決ですが、なんだか段々と認められてきているようで何よりです。ねえ、有朋さん、とこの気持ちを共有しようと振り向けば、彼女は口元をすぼめながら、さっくりと切り捨てるように言い放ちました。

「ま、不知くんにはあんまり期待してないから大丈夫。不得意そうだもんね、こーいう腹芸っぽいの」

 あなたはそういうことをはっきり言いすぎるから、好感度が上がらないのですよ、と思いましたが今更なので黙っていることにしました。攻略対象者とは? ……もういいです。
 十六夜さんは眼鏡を上げて平静を保っているようですが、吹き出す笑いを隠すつもりのない下弦さんが容赦なく尋ねます。

「ぶっ、や、じゃあ何にするの? 不知くんのアドバイスは、アレみたいだけど……ぷっ」
「んー……あ、何かやりたいのある? 月詠さん」

 そこ、本人に聞いてしまうのですか? 有朋さんっ!?

 突然の問いかけに驚いたような蝶湖様でしたが、すぐにいつもの上品な顔に戻り、少し悪戯そうな表情をのせて仰いました。

「じゃあ、料理対決ではどうかしら?」

「料理対決ですか。そういえば、以前もそんなことを仰っていましたね」

 ええ。とても美味しかったから。と感想をいただきました。確か卵焼きをあーん、した時でした。あ、思い出すとなんだか恥ずかしいです。

「料理ねえ。学校の調理実習くらいしか、したことないからなあ」
「あら、学校の授業で調理を習いますの?すごいですわね」

 あまり乗り気でなさそうな有朋さんへ、蝶湖様が追い打ちをかけます。

「へ? 料理やったことないの? 家庭科の時間とか、何やってんの? ここ」
「栄養素の勉強とか。あとテーブルマナーで食事なんかはやったかなあ」

 下弦さんがそう言うと、うんうん。と、内部生三人が頷きます。なるほど、良家の子女は自分たちで料理をすることはないのですね。確かに私も前世(ラクロフィーネ)では、いくら貧乏貴族とはいえ、自分の手自ら料理をしたことはありませんでした。どこの世界でもそんなものなのでしょう。

「でも、いいの? やったことない料理で。まあ私も人のこと言えるほど上手くないけどさあ」

 その有朋さんの正直なところは結構好きなところですよ。
 蝶湖様は、いいのよ、一度料理をしてみたかったから。と好奇心全開で答えます。

「そうね、その代わりという訳ではないけれど、うららをお借りできるかしら? 料理を教えてもらいたいの」

 そう言って、私の手のひらをぎゅっと握りしめました。

「ん? いいわよ。私はプロに教わるから」

 あっさりと承諾されます。
 あれ、私が蝶湖様の先生になるのでしょうか? 責任重大ですよ。
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