元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 私、天道うららは、庶民生まれの庶民育ち、まさしく生粋の庶民の中の庶民です。
 お父様は中堅企業の資材課課長。お母様は特売が売りの激安スーパータチカワのパート店員で、たまにおかずが総菜になることもあります。そしてちょっと不愛想な弟とだいぶ生意気盛りの妹が一人ずつの、全くよくある五人家族なのです。
 むしろ年頃の子供が三人いるおかげで生活費も若干切り詰め生活をしているといってもいいのですが、それでもなんだかんだと仲良くつつましく暮らしている、普通の、ごく普通の生活です。何せ庶民ですから。
 けれども実は私は、庶民という名の範疇からは少しばかり外れていたのでした。

「ふぅ……」

 入学式へ向かうバスの中で、ふいに声をもらしてしまいました。周囲に聞こえてしまわなかっただろうかと、軽く見回すと同世代の少年が慌ててそっぽをむいたのが見えます。
 いけない、恥ずかしいわ。気をつけなければ。
 そう、何もありませんでしたとごまかすようにバスの窓から外を見ることにしました。
 久しぶりに夢をみて思い出した、前世(ラクロフィーネ)での私。
 あの頃は本当に若かったわね。つくづくそう思います。
 お金がないからといって、お金をかけないということは貴族としてありえない。そんなこともわからなかった、いえわかっていたのにわかりたくないと目を背けてしまっていたのです。
 そして馬車の中から垣間見た、爵位とは関係のないところで生活をする人たちに憧れました。生き生きと話し、笑う、そんな生活がしたかったのです。
 だからこそ思います。夢の叶った今の生活を。

 庶民って、最高です!

 もちろん前に生きていた世界と今の世界は全く別物でしょう。以前と違うと気が付いてからというもの、歴史も地理もそれなりに詳しく勉強しましたが、ラクロフィーネなんて国は存在しませんでした。
 今でいう中世ヨーロッパのような世界観でしたけれども、道具や動物、ありとあらゆるものがここより一回りほど大きいものでしたから、多分世界が違うのだと思います。
 そして素晴らしいことに、こちらの世界ではあの世界よりも色々なものが素晴らしく進化しているようです。
 蛇口をひねれば水は出るし、火を焚かなくても明かりが点くのです。夏に氷が、冬には温風が、いとも簡単に手に入ります。
 ああ、なんという夢のような生活。
 王族だってこんな生活できなかったでしょう。
 淑女たれと細かく厳しいマナーもない。失敗したからと、扇で叩かれない。口を開けて笑うなと、蔑まれない。

 何度でも言いましょう、庶民最高です!

 ふふ。思わずにやけてしまいます。前世なら社交界デビューをして、より高位の伴侶を得るべき努力を余儀なくされたこの歳に、学校へ進めることができるなんて。
 嬉しすぎて昨夜はよく寝られなかったのだけれど、大丈夫。ああ、楽しみだわ。
 バスが停車の知らせを告げました。

  今世の期待に満ちた15歳の私が、いざバスのタラップを踏み降ります。
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