元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
白薔薇のお嬢様
「ええと……うらら、それは、何かしら?」
「はい。お弁当の包みを選んできたのですが、どれがよろしいでしょうか」
「……その、中から選ぶの……?」
お弁当対決のための料理の練習も進み、蝶湖様の腕前もグンと上がりました。それでは次の段階にと献立も決め、いよいよ一度本番と同じ様にお弁当箱に詰めてみましょうといったところで蝶湖様から待ったが掛かったのです。
「可愛くないですか?」
とっておきのランチクロスを持ってきたのですが、と言えば、渋いとも酸っぱいともいえるようななんとも妙な顔をされました。
……ミツユビナマケモノのブショウくん、人気があまりないようです。こんなに可愛いのに。
「あー……、そうだわ!うらら。今から詰めたお弁当を持って、少し出かけましょう」
勿論、その包みを使ってね。少し気落ちした私を気遣ってか、蝶湖様がそう提案してくださいました。
けれども、いくつか習い事をしているはずの蝶湖様にそんな時間があるのでしょうか?
「今日は蝶湖さん、ご用事はありませんの?」
「大丈夫。丁度うららに見せたいものもあったから。ね、行きましょう」
私の手をぎゅっと握ってそうおっしゃいました。そんな風に言われてしまえば、私に断れる訳もなく、急ぎ準備をし始めると後の方から有朋さんの声がかかります。
「ひゅーひゅー。今からデート? 余裕あるわねえ」
からかうように笑っています。
「あら、そうよ。デートなの。有朋さんも早くその愛情たっぷりの手料理で、誰かさんの胃袋をつかめるといいわね」
素早く返す蝶湖様の声に、うっ、と軽く唸られた後、真っ赤になって、「うるさーい!」と有朋さんが声を張り上げました。
蝶湖様、さらっとデートとおっしゃりましたね。……私の顔も赤くなりそうです。
蝶湖様のお宅の車に乗せていただき連れていかれた先は、とても素敵な洋館に併設された薔薇園でした。こんな住宅街の中に薔薇園? と思われるように、植物園としてはそれほど広いものではないのですが、その分とても手入れが行き届いているのが一目でわかります。
素晴らしく綺麗な薔薇が色とりどりと咲いていて、まるで絵画のような庭園に思わず見惚れてしまいました。
「とても素敵です」
私が薔薇に見とれ、うっとりと呟くと、嬉しそうに蝶湖様が答えてくれました。
「最近少し雨が続いて肌寒かったでしょう。花に間に合ってよかったわ」
ブショウくんのお弁当の包みを持ちながら、蝶湖様は私の手を引いて、薔薇のアーチに覆われたベンチのところまで案内してくださいました。
純白の薔薇に覆われたアーチと真っ白いベンチのそこは、別世界のように美しい場所です。光沢のある緑濃い葉に、真白の大きな薔薇が幾重にも重なりあって咲き誇っている姿は、何かの絵画の様にも見えました。
ここはきっと、『結婚する二人のためにある場所』でしょう。
「ちょ、蝶湖さん……ここは、やめておきませんか?」
こんなに特別な場所は、ちょっとお弁当を食べていきましょうという様な場所ではありませんよ。
「どうして? お弁当を食べるなら座れた方がいいでしょう。さ、うらら。どうぞ」
ポケットからハンカチを出し、サッとベンチに敷いて私を促します。
いえいえいえい、困ります。ただでさえこの場所に座るということが恐れ多いのに、そんな綺麗なハンカチを敷いてもらっては、とても腰を下ろすことなど出来ません。
私ではなく、蝶湖様がそこに座って下さい。私はブショウくんを敷きますので。そう言おうとしましたが、あっという間もなくベンチに座らせられてしまいした。マジックでしょうか?
「美味しく出来ているといいのだけど」
長く白い指でランチクロスをほどいてお弁当箱を開きます。えーと、こうやってみるとやはりランチクロスは変えた方がよさそうです。蝶湖様とブショウくんが全く似合いませんでした。
漆塗りの落ち着いたお弁当箱からは、とても美味しそうなおかずが綺麗に詰められているのが見て取れました。大丈夫そうですね。
蝶湖様と二人、お箸を手に取り「いただきます」をしてから味を見ます。いくつかをつまみ、いただいてみると、どれもすごく美味しく出来ていました。
「美味しい!これなら大丈夫ですよ、蝶湖さん」
料理を習い始めてすぐの頃とは違い、とても上達した腕前に感嘆し蝶湖様を見上げれば、綺麗な目をすっと細めて嬉しいわと、微笑まれました。
その笑みがとても麗しくて、不意に胸が高鳴ります。そしてバクバクと、胸が早鐘を打つように、勢いを増していきました。
アーチを覆う純白の薔薇が、傾きかける夕陽に染まってきます。きっとそれと同じように、私の頬も赤く染まっているに違いありません。
「うらら……どうかした?」
突然うつむいた私を心配して、蝶湖様が声を掛けてくださいます。大丈夫です。大丈夫なのですが、胸がいっぱいで……
「……すみません。そろそろ時間もありますので、出ませんか?」
そう答えるのがやっとでした。
じゃあ、残りは後でいただくわねと、蝶湖様がお弁当を包みなおします。
そうして、帰ろうと立ち上がった私を手で制し、アーチに手をかけます。蝶湖様が、持ってきていた小さなナイフで上手にその白薔薇を切り出しました。
「どうぞ、うらら」
「え……」
「ここは月詠家の薔薇園だから大丈夫。安心して貰ってちょうだい」
白い薔薇を一輪、そうおっしゃって手渡してくださいました。
「あ、ありがとうございます……」
凛とした美しさのその薔薇の香りに、ほうっ、と惹き込まれていると、蝶湖様が何かを小さく呟いたのが聞こえたような気がしました。
「え、蝶湖様、何でしょうか?」
「いいえ。うららは白い薔薇の花言葉は知っていて?」
「確か、純潔……でしたような」
「ええ、そうよ」
にっこりと笑い、それだけをおっしゃって、車まで送ってくださいました。
蝶湖様の微かな呟き。
I am worthy of you
風にのってきたその言葉は、白い薔薇の香りに惑わされた幻聴だったのでしょうか。
「はい。お弁当の包みを選んできたのですが、どれがよろしいでしょうか」
「……その、中から選ぶの……?」
お弁当対決のための料理の練習も進み、蝶湖様の腕前もグンと上がりました。それでは次の段階にと献立も決め、いよいよ一度本番と同じ様にお弁当箱に詰めてみましょうといったところで蝶湖様から待ったが掛かったのです。
「可愛くないですか?」
とっておきのランチクロスを持ってきたのですが、と言えば、渋いとも酸っぱいともいえるようななんとも妙な顔をされました。
……ミツユビナマケモノのブショウくん、人気があまりないようです。こんなに可愛いのに。
「あー……、そうだわ!うらら。今から詰めたお弁当を持って、少し出かけましょう」
勿論、その包みを使ってね。少し気落ちした私を気遣ってか、蝶湖様がそう提案してくださいました。
けれども、いくつか習い事をしているはずの蝶湖様にそんな時間があるのでしょうか?
「今日は蝶湖さん、ご用事はありませんの?」
「大丈夫。丁度うららに見せたいものもあったから。ね、行きましょう」
私の手をぎゅっと握ってそうおっしゃいました。そんな風に言われてしまえば、私に断れる訳もなく、急ぎ準備をし始めると後の方から有朋さんの声がかかります。
「ひゅーひゅー。今からデート? 余裕あるわねえ」
からかうように笑っています。
「あら、そうよ。デートなの。有朋さんも早くその愛情たっぷりの手料理で、誰かさんの胃袋をつかめるといいわね」
素早く返す蝶湖様の声に、うっ、と軽く唸られた後、真っ赤になって、「うるさーい!」と有朋さんが声を張り上げました。
蝶湖様、さらっとデートとおっしゃりましたね。……私の顔も赤くなりそうです。
蝶湖様のお宅の車に乗せていただき連れていかれた先は、とても素敵な洋館に併設された薔薇園でした。こんな住宅街の中に薔薇園? と思われるように、植物園としてはそれほど広いものではないのですが、その分とても手入れが行き届いているのが一目でわかります。
素晴らしく綺麗な薔薇が色とりどりと咲いていて、まるで絵画のような庭園に思わず見惚れてしまいました。
「とても素敵です」
私が薔薇に見とれ、うっとりと呟くと、嬉しそうに蝶湖様が答えてくれました。
「最近少し雨が続いて肌寒かったでしょう。花に間に合ってよかったわ」
ブショウくんのお弁当の包みを持ちながら、蝶湖様は私の手を引いて、薔薇のアーチに覆われたベンチのところまで案内してくださいました。
純白の薔薇に覆われたアーチと真っ白いベンチのそこは、別世界のように美しい場所です。光沢のある緑濃い葉に、真白の大きな薔薇が幾重にも重なりあって咲き誇っている姿は、何かの絵画の様にも見えました。
ここはきっと、『結婚する二人のためにある場所』でしょう。
「ちょ、蝶湖さん……ここは、やめておきませんか?」
こんなに特別な場所は、ちょっとお弁当を食べていきましょうという様な場所ではありませんよ。
「どうして? お弁当を食べるなら座れた方がいいでしょう。さ、うらら。どうぞ」
ポケットからハンカチを出し、サッとベンチに敷いて私を促します。
いえいえいえい、困ります。ただでさえこの場所に座るということが恐れ多いのに、そんな綺麗なハンカチを敷いてもらっては、とても腰を下ろすことなど出来ません。
私ではなく、蝶湖様がそこに座って下さい。私はブショウくんを敷きますので。そう言おうとしましたが、あっという間もなくベンチに座らせられてしまいした。マジックでしょうか?
「美味しく出来ているといいのだけど」
長く白い指でランチクロスをほどいてお弁当箱を開きます。えーと、こうやってみるとやはりランチクロスは変えた方がよさそうです。蝶湖様とブショウくんが全く似合いませんでした。
漆塗りの落ち着いたお弁当箱からは、とても美味しそうなおかずが綺麗に詰められているのが見て取れました。大丈夫そうですね。
蝶湖様と二人、お箸を手に取り「いただきます」をしてから味を見ます。いくつかをつまみ、いただいてみると、どれもすごく美味しく出来ていました。
「美味しい!これなら大丈夫ですよ、蝶湖さん」
料理を習い始めてすぐの頃とは違い、とても上達した腕前に感嘆し蝶湖様を見上げれば、綺麗な目をすっと細めて嬉しいわと、微笑まれました。
その笑みがとても麗しくて、不意に胸が高鳴ります。そしてバクバクと、胸が早鐘を打つように、勢いを増していきました。
アーチを覆う純白の薔薇が、傾きかける夕陽に染まってきます。きっとそれと同じように、私の頬も赤く染まっているに違いありません。
「うらら……どうかした?」
突然うつむいた私を心配して、蝶湖様が声を掛けてくださいます。大丈夫です。大丈夫なのですが、胸がいっぱいで……
「……すみません。そろそろ時間もありますので、出ませんか?」
そう答えるのがやっとでした。
じゃあ、残りは後でいただくわねと、蝶湖様がお弁当を包みなおします。
そうして、帰ろうと立ち上がった私を手で制し、アーチに手をかけます。蝶湖様が、持ってきていた小さなナイフで上手にその白薔薇を切り出しました。
「どうぞ、うらら」
「え……」
「ここは月詠家の薔薇園だから大丈夫。安心して貰ってちょうだい」
白い薔薇を一輪、そうおっしゃって手渡してくださいました。
「あ、ありがとうございます……」
凛とした美しさのその薔薇の香りに、ほうっ、と惹き込まれていると、蝶湖様が何かを小さく呟いたのが聞こえたような気がしました。
「え、蝶湖様、何でしょうか?」
「いいえ。うららは白い薔薇の花言葉は知っていて?」
「確か、純潔……でしたような」
「ええ、そうよ」
にっこりと笑い、それだけをおっしゃって、車まで送ってくださいました。
蝶湖様の微かな呟き。
I am worthy of you
風にのってきたその言葉は、白い薔薇の香りに惑わされた幻聴だったのでしょうか。