元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「料理対決の勝敗は、」
下弦さんが、一拍置いて有朋さんの方に顔を向けました。ああ、やっぱり。きゅっとスカートを握り締め顔を下に向けます。
「蝶湖の勝ちだよ」
一瞬何を言われたのかわかりませんでした。その上、まさかこんなにちゃんとした料理が出来るようになるとは思わなかった、と感想までいただき、思わず蝶湖様と顔を見合わせます。
「蝶湖さん、おめでとうございます」
素直に、嬉しいという気持ちをのせてお祝いの言葉を口にした私の顔を、蝶湖様は一瞬見つめた後、間髪を入れずに抱きしめられ、気が付いた時にはその胸に収まっていました。
「うららのおかげよ。ありがとう」
とても明るい声でそうおしゃってくださるのは嬉しいのですが、近いです。というか近すぎます、0距離です!少し離れようと腕に力を入れれば、余計にぎゅっと抱き込まれます。
あの、もう少し力を抜いていただけますか?と口に出そうとしたところで、有朋さんの絶叫が響きました。
「嘘でしょーっ!?」
そう言うや否や、下弦さんの所に走り食ってかかります。
「え? だって、私の方が豪華だったし、美味しそうだったでしょ? 絶対に美味しかったはずよ。負けるとか意味わかんない。皆褒めてたじゃない!?」
確かに、見た目では完敗だと思っています。では味は? と考えても、皆さんの食べっぷりをみている限りですが、十分な出来だったとみえました。そうすると、好みの問題でしょうか?
「それにっ、月詠さんのお弁当って、全部うららのとこのおかずと一緒でしょ! 知ってるのよ、うららのお弁当の卵焼きが甘いのだって。朧くん、甘いの嫌いじゃない!」
それは知っていますよね、よくおかずを横から取られましたから。
しかし、下弦さんが甘いものが苦手だったのは初耳です。だからフルーツもグレープフルーツだったのですね。
……あら? 以前、マカダミアナッツチョコレートをいくつも食べられていましたが、一体あれは何でしょう。
「ん? 朧、甘いもん嫌いじゃねえし。逆に、すげえ好物だって」
知らなかった? と三日月さんからの横槍が凄い勢いで入りました。
「え、ええーっ!?」
話題のご本人と、暴露した三日月さん、そして最初から知らなかった私以外の皆さんが、驚いたような声と顔を露わにしています。
下弦さんは、少しばつの悪い顔をして白状しました。
「いやさー、子役始めてから差し入れのお菓子食べすぎで、結構太っちゃって大変だったんだよね。だから、甘いもの嫌いってことにしてたんだけど、なんか変に定着しちゃって、つい引っ込みがつかなくなっちゃった」
「カッコつけかよ」
「よく十年近く我慢してきましたね」
「だから時々俺が食わせてやってたじゃん。見てなかったのかよ、お前ら?」
「あれは食べさせていたとは言いません。よくて、突っ込んでいたと言うべきです」
「あんなの絶対嫌がらせだと思うだろ」
皆さん口々に話しだしました。とても楽しそうで何よりなのですが、あの、隣見てくださいね。ぷるぷると震えて有朋さんがもうすぐ爆発しそうです。
「っ、っ、だけどっ! 甘いものは、もういいわ。置いておいても。けどっ、私のお弁当よりも、月詠さんのお弁当の方が美味しいかって言われても納得いかないわよ!」
よほど自信を持っていたのでしょう、どうしても負を認められないと言い募ります。
そんな有朋さんに向かい、下弦さんが少し困ったように、それでも優しい顔をして答えました。
「有朋さんのお弁当も、とても美味しかったよ。ごちそうさまでした」
「だったらっ……」
「でもね、君のパニーノはパンも具も、全部買ってきたもので、自分で作ったものじゃなかったでしょ? 勿論、色々な具を用意して作るのも大変なのはわかってるけど、今回の対決で求められるのは、それだけじゃないんじゃないかな」
言い当てられてしまったのでしょうか、有朋さんの体が、グッと固くなります。
「だから、少しくらい不格好でもいいから、僕はそんな頑張った蝶湖のほうを勝ちにしたんだ」
格好つけてた僕が言うのもなんなんだけど。そう言い足して軽く頭を掻く姿は、少し恥ずかしそうでしたが、とても真摯に答えていただいたと思います。有朋さんも、そんな下弦さんの思いをきっちりと受け取ったように見えました。けれど、
「でもっ、でも、私の方が絶対に美味しいんだもーん!」
そう、半泣きでカフェから飛び出して行ってしまいました。
呆気に取られる私たちに向かって、僕が行くからと、下弦さんが後を追っていきます。
「ま、朧がなんとかするだろ。あと、お前。いい加減離れてやれ」
望月さんの手の甲でされたシッシと追い払われるようなジェスチャーで気が付きましたが、そういえば私はまだ蝶湖様の腕の中に入り込んだままでしたね。なおも力を抜く気がないのか、全く身動きを取ることが出来ませんので毅然とした態度で蝶湖様に進言しようと、顔を挙げました。
……あれ?なんとなく以前抱きつかれた時とは目線が違うような気がします。
「蝶湖さん、……少し背が伸びられました?」
不意に気になったことを尋ねてみれば、何故か慌てたように蝶湖様の腕が離されました。
「……あら、そう?今頃成長期かしら?」
さあ、折角のお弁当ですから私たちもいただきましょう。そう言って望月さんたちの座るテーブルへと手を引かれました。
なんだかわかりませんが、上手にごまかされたようです。
下弦さんが、一拍置いて有朋さんの方に顔を向けました。ああ、やっぱり。きゅっとスカートを握り締め顔を下に向けます。
「蝶湖の勝ちだよ」
一瞬何を言われたのかわかりませんでした。その上、まさかこんなにちゃんとした料理が出来るようになるとは思わなかった、と感想までいただき、思わず蝶湖様と顔を見合わせます。
「蝶湖さん、おめでとうございます」
素直に、嬉しいという気持ちをのせてお祝いの言葉を口にした私の顔を、蝶湖様は一瞬見つめた後、間髪を入れずに抱きしめられ、気が付いた時にはその胸に収まっていました。
「うららのおかげよ。ありがとう」
とても明るい声でそうおしゃってくださるのは嬉しいのですが、近いです。というか近すぎます、0距離です!少し離れようと腕に力を入れれば、余計にぎゅっと抱き込まれます。
あの、もう少し力を抜いていただけますか?と口に出そうとしたところで、有朋さんの絶叫が響きました。
「嘘でしょーっ!?」
そう言うや否や、下弦さんの所に走り食ってかかります。
「え? だって、私の方が豪華だったし、美味しそうだったでしょ? 絶対に美味しかったはずよ。負けるとか意味わかんない。皆褒めてたじゃない!?」
確かに、見た目では完敗だと思っています。では味は? と考えても、皆さんの食べっぷりをみている限りですが、十分な出来だったとみえました。そうすると、好みの問題でしょうか?
「それにっ、月詠さんのお弁当って、全部うららのとこのおかずと一緒でしょ! 知ってるのよ、うららのお弁当の卵焼きが甘いのだって。朧くん、甘いの嫌いじゃない!」
それは知っていますよね、よくおかずを横から取られましたから。
しかし、下弦さんが甘いものが苦手だったのは初耳です。だからフルーツもグレープフルーツだったのですね。
……あら? 以前、マカダミアナッツチョコレートをいくつも食べられていましたが、一体あれは何でしょう。
「ん? 朧、甘いもん嫌いじゃねえし。逆に、すげえ好物だって」
知らなかった? と三日月さんからの横槍が凄い勢いで入りました。
「え、ええーっ!?」
話題のご本人と、暴露した三日月さん、そして最初から知らなかった私以外の皆さんが、驚いたような声と顔を露わにしています。
下弦さんは、少しばつの悪い顔をして白状しました。
「いやさー、子役始めてから差し入れのお菓子食べすぎで、結構太っちゃって大変だったんだよね。だから、甘いもの嫌いってことにしてたんだけど、なんか変に定着しちゃって、つい引っ込みがつかなくなっちゃった」
「カッコつけかよ」
「よく十年近く我慢してきましたね」
「だから時々俺が食わせてやってたじゃん。見てなかったのかよ、お前ら?」
「あれは食べさせていたとは言いません。よくて、突っ込んでいたと言うべきです」
「あんなの絶対嫌がらせだと思うだろ」
皆さん口々に話しだしました。とても楽しそうで何よりなのですが、あの、隣見てくださいね。ぷるぷると震えて有朋さんがもうすぐ爆発しそうです。
「っ、っ、だけどっ! 甘いものは、もういいわ。置いておいても。けどっ、私のお弁当よりも、月詠さんのお弁当の方が美味しいかって言われても納得いかないわよ!」
よほど自信を持っていたのでしょう、どうしても負を認められないと言い募ります。
そんな有朋さんに向かい、下弦さんが少し困ったように、それでも優しい顔をして答えました。
「有朋さんのお弁当も、とても美味しかったよ。ごちそうさまでした」
「だったらっ……」
「でもね、君のパニーノはパンも具も、全部買ってきたもので、自分で作ったものじゃなかったでしょ? 勿論、色々な具を用意して作るのも大変なのはわかってるけど、今回の対決で求められるのは、それだけじゃないんじゃないかな」
言い当てられてしまったのでしょうか、有朋さんの体が、グッと固くなります。
「だから、少しくらい不格好でもいいから、僕はそんな頑張った蝶湖のほうを勝ちにしたんだ」
格好つけてた僕が言うのもなんなんだけど。そう言い足して軽く頭を掻く姿は、少し恥ずかしそうでしたが、とても真摯に答えていただいたと思います。有朋さんも、そんな下弦さんの思いをきっちりと受け取ったように見えました。けれど、
「でもっ、でも、私の方が絶対に美味しいんだもーん!」
そう、半泣きでカフェから飛び出して行ってしまいました。
呆気に取られる私たちに向かって、僕が行くからと、下弦さんが後を追っていきます。
「ま、朧がなんとかするだろ。あと、お前。いい加減離れてやれ」
望月さんの手の甲でされたシッシと追い払われるようなジェスチャーで気が付きましたが、そういえば私はまだ蝶湖様の腕の中に入り込んだままでしたね。なおも力を抜く気がないのか、全く身動きを取ることが出来ませんので毅然とした態度で蝶湖様に進言しようと、顔を挙げました。
……あれ?なんとなく以前抱きつかれた時とは目線が違うような気がします。
「蝶湖さん、……少し背が伸びられました?」
不意に気になったことを尋ねてみれば、何故か慌てたように蝶湖様の腕が離されました。
「……あら、そう?今頃成長期かしら?」
さあ、折角のお弁当ですから私たちもいただきましょう。そう言って望月さんたちの座るテーブルへと手を引かれました。
なんだかわかりませんが、上手にごまかされたようです。