元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
馬とお嬢様
馬術部の部室を間借りさせていただき、三日月さんに乗馬の特訓をお願いして、もう一週間になりました。
ヘルメットや乗馬靴など馬術部でお借りしていた用具は、なんと有朋さんがご自分と私の分の新しいものを用意してくださったのです。
流石にそこまではと、遠慮もしたのですが、
「私にとっては必要経費よ」
と言われましたので、ありがたく使わせてもらうことにしました。そのうちアルバイトでも始めて、少しずつでも返していきませんと。
そして乗馬のほうですが、元々経験もあり、なんやかんやとスポーツが得意な有朋さんは、随分としっかり手綱が握れるようになってきたようです。
横に並びながら馬を歩かせていても、安心して見ていられます。
「あんたの方は、なんでそんなに上手く乗れるのよ?」
おほほほ。それは、話せません。前世で嗜んでいましたとは、言えませんよね。
……と、口ごもったものの、ふと思いました。
よく考えてみれば、有朋さんもご自身も前世から、この世界へ生まれ変わってきたというお話でした。
ここが有朋さんのなさっていた乙女ゲームの世界だというからには、私の前世とは違いあまり世界観は違わないかもしれません。
けれどもそれならば、私も生まれ変わりなのだという事は信じてもらえるのではないでしょうか?
「あの、有朋さん。その……ですね、あの」
「何? はっきり言いなさいよ」
うーん、どこから話せばよいのか、悩みます。あ……!
「乙女ゲームのお話なのですが……」
「ああ、その話ね。うん、まあ順調って言えば順調よね。一応お嬢様対決も続いてるしさあ」
言葉の選び方を間違えました。
「いえ、そうではなくて……転生のことなのですけれども、記憶があって、ですね」
「ん? 記憶? あー、ゲームの設定とか大体は合ってるけど、ちょこちょこ記憶とは違ってるわ。朧くんの甘党とか、王子の性格とかね」
違いーまーすー。私が言いたいのはそうではなくて、転生が乙女ゲームで、記憶が……あれ? ちょっとなんだか訳が分からなくなりました。一度、馬から降りて頭を整理した方がよろしいようです。
丁度日も傾きはじめ、そろそろ馬たちも厩舎に戻る時間になりました。
ガリレオとロゼリラを従業員の方に託し、馬術部の部室へと足を向けたところで、見かけない人影が三人ほど映ります。
「あれ、二年? うらら、知ってる?」
わりと目ざとい有朋さんが、早速その人影について尋ねてきましたが、私にもわかりません。
タイの色が私たち一年のボルドーではなく、カーキ色ですので二年生なのは確かなのでしょうが、知っている女子生徒では無いようです。けれどもこの学園の校舎から外れたこの馬場へ顔を出しているということは、馬術部の方でしょうか。
女子部員の方々はほぼ幽霊部員だと、三日月さんから聞かされていましたが、もしも馬術部員の方ならば挨拶はするべきですねと思い、彼女たちの前でおじぎをしました。
「はじめま……」
「あなたたち、どちらのお家の方々かしら?」
被せられました。その上、またお家を聞かれましたよ。なんだかデジャヴです。
チラリと有朋さんの方に視線を移せば、苦虫を噛み潰したような表情をされています。
あ、自覚はあったようですね。
「はい、家は池面ちょ……」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るって教わらなかったのかしら?」
有朋さん、被ってます。被ってます!自覚は?と、有朋さんの袖をひきましたが、無視されました。
「私は心が広いから気にはしませんけど」
思い切り気にしていますよね。「まあ、いいわ」と、一言前置きした上で言葉を続けます。
「有朋雫ですわ。こちらにいるのは、天道うららさんです」
そんな有朋さんの自己紹介を聞くと、彼女たちはなにやら顔を見合わせ、クスクスとこちらを見ながら笑いあっています。なんとなくいい気分のしない笑い方でした。
「ええ。そちらの方は存じておりますわ。確か、……ATソリューションとかいう会社のお嬢様でしたかしら?」
「よかったわ。一応知られているようで。けれども、どうせ覚えてくださるなら正しく覚えて欲しいものですわね。ATNソリューションですの」
臨戦態勢に入ったようです。
有朋さんの突っ込みに、ふっと軽んじたような息を吐いて、その二年生の真ん中の、長い髪をきっちりと編み込んだ女子生徒の方がこちらを見据えました。
「失礼しました。新興の方々の社名は聞き馴染みがなくて。私は服部涼子と申しますわ」
家の方は、わざわざ名乗るほどでもありませんでしょうけれども。と、教えられると、有朋さんの顔が、グッとしかめられました。
ははあ、これは相当家格が上の方なのでしょう。そう言われても、私には全くピンと来ませんけどね。知らないと言うことは、結構気楽です。
「それで、一体何のご用事ですか?わざわざこちらまで足を運んでまで、聞きたいことでもありまして?」
流石は有朋さん、気の強さは一品級です。あの蝶湖様にも食ってかかったのですからね。
「まあ!用事など特にあるわけではありませんけれども……」
「でしたら、失礼しても? 着替えたいのですが」
そう言い捨て、私の腕をとり部室へと足を進めようとした有朋さんは、服部さんと名乗られた方の隣に立っている二年生に、待ちなさいと制止させられました。
「用事はなくとも、問題があるのよ。私たちの部室を勝手に使われては困るのだけれど」
やはり幽霊部員の方々でしたか。
私が、ああ、と納得するような表情をしたのに勢いづいたようで、もうお一方の方も話し出します。
「馬術部に入部するのには、本当はしっかりとした資格が必要なの。あなた達には……少し足りていないようですし、出来れば馬場にも近寄って欲しくはないわ」
露骨に拒絶されてしまいました。確かに真剣に部活をされている方々のお邪魔になるのは避けたいところです、が……
「あら、それなら初くんに言ってもらえるかしら?女子の部室は人が来ないから好きに使ってくれて良いと教えてくれたのは、ういういの方だしー」
思い切り挑発しだしてしまいました! 有朋さん、ここでういうい呼びは、少々不味いですよ。
ほらっ! 服部さんのこめかみに、青筋が浮いています。あ、有朋さんの鼻息も、なんだか凄く荒いですね。
そしてなんだか、あちらこちらでガルガルガルと唸り声が聞こえ出しました。多分幻聴だと思うのですが、どうしたらよいのでしょうか。
……無事に帰れるか心配になってきました。
ヘルメットや乗馬靴など馬術部でお借りしていた用具は、なんと有朋さんがご自分と私の分の新しいものを用意してくださったのです。
流石にそこまではと、遠慮もしたのですが、
「私にとっては必要経費よ」
と言われましたので、ありがたく使わせてもらうことにしました。そのうちアルバイトでも始めて、少しずつでも返していきませんと。
そして乗馬のほうですが、元々経験もあり、なんやかんやとスポーツが得意な有朋さんは、随分としっかり手綱が握れるようになってきたようです。
横に並びながら馬を歩かせていても、安心して見ていられます。
「あんたの方は、なんでそんなに上手く乗れるのよ?」
おほほほ。それは、話せません。前世で嗜んでいましたとは、言えませんよね。
……と、口ごもったものの、ふと思いました。
よく考えてみれば、有朋さんもご自身も前世から、この世界へ生まれ変わってきたというお話でした。
ここが有朋さんのなさっていた乙女ゲームの世界だというからには、私の前世とは違いあまり世界観は違わないかもしれません。
けれどもそれならば、私も生まれ変わりなのだという事は信じてもらえるのではないでしょうか?
「あの、有朋さん。その……ですね、あの」
「何? はっきり言いなさいよ」
うーん、どこから話せばよいのか、悩みます。あ……!
「乙女ゲームのお話なのですが……」
「ああ、その話ね。うん、まあ順調って言えば順調よね。一応お嬢様対決も続いてるしさあ」
言葉の選び方を間違えました。
「いえ、そうではなくて……転生のことなのですけれども、記憶があって、ですね」
「ん? 記憶? あー、ゲームの設定とか大体は合ってるけど、ちょこちょこ記憶とは違ってるわ。朧くんの甘党とか、王子の性格とかね」
違いーまーすー。私が言いたいのはそうではなくて、転生が乙女ゲームで、記憶が……あれ? ちょっとなんだか訳が分からなくなりました。一度、馬から降りて頭を整理した方がよろしいようです。
丁度日も傾きはじめ、そろそろ馬たちも厩舎に戻る時間になりました。
ガリレオとロゼリラを従業員の方に託し、馬術部の部室へと足を向けたところで、見かけない人影が三人ほど映ります。
「あれ、二年? うらら、知ってる?」
わりと目ざとい有朋さんが、早速その人影について尋ねてきましたが、私にもわかりません。
タイの色が私たち一年のボルドーではなく、カーキ色ですので二年生なのは確かなのでしょうが、知っている女子生徒では無いようです。けれどもこの学園の校舎から外れたこの馬場へ顔を出しているということは、馬術部の方でしょうか。
女子部員の方々はほぼ幽霊部員だと、三日月さんから聞かされていましたが、もしも馬術部員の方ならば挨拶はするべきですねと思い、彼女たちの前でおじぎをしました。
「はじめま……」
「あなたたち、どちらのお家の方々かしら?」
被せられました。その上、またお家を聞かれましたよ。なんだかデジャヴです。
チラリと有朋さんの方に視線を移せば、苦虫を噛み潰したような表情をされています。
あ、自覚はあったようですね。
「はい、家は池面ちょ……」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るって教わらなかったのかしら?」
有朋さん、被ってます。被ってます!自覚は?と、有朋さんの袖をひきましたが、無視されました。
「私は心が広いから気にはしませんけど」
思い切り気にしていますよね。「まあ、いいわ」と、一言前置きした上で言葉を続けます。
「有朋雫ですわ。こちらにいるのは、天道うららさんです」
そんな有朋さんの自己紹介を聞くと、彼女たちはなにやら顔を見合わせ、クスクスとこちらを見ながら笑いあっています。なんとなくいい気分のしない笑い方でした。
「ええ。そちらの方は存じておりますわ。確か、……ATソリューションとかいう会社のお嬢様でしたかしら?」
「よかったわ。一応知られているようで。けれども、どうせ覚えてくださるなら正しく覚えて欲しいものですわね。ATNソリューションですの」
臨戦態勢に入ったようです。
有朋さんの突っ込みに、ふっと軽んじたような息を吐いて、その二年生の真ん中の、長い髪をきっちりと編み込んだ女子生徒の方がこちらを見据えました。
「失礼しました。新興の方々の社名は聞き馴染みがなくて。私は服部涼子と申しますわ」
家の方は、わざわざ名乗るほどでもありませんでしょうけれども。と、教えられると、有朋さんの顔が、グッとしかめられました。
ははあ、これは相当家格が上の方なのでしょう。そう言われても、私には全くピンと来ませんけどね。知らないと言うことは、結構気楽です。
「それで、一体何のご用事ですか?わざわざこちらまで足を運んでまで、聞きたいことでもありまして?」
流石は有朋さん、気の強さは一品級です。あの蝶湖様にも食ってかかったのですからね。
「まあ!用事など特にあるわけではありませんけれども……」
「でしたら、失礼しても? 着替えたいのですが」
そう言い捨て、私の腕をとり部室へと足を進めようとした有朋さんは、服部さんと名乗られた方の隣に立っている二年生に、待ちなさいと制止させられました。
「用事はなくとも、問題があるのよ。私たちの部室を勝手に使われては困るのだけれど」
やはり幽霊部員の方々でしたか。
私が、ああ、と納得するような表情をしたのに勢いづいたようで、もうお一方の方も話し出します。
「馬術部に入部するのには、本当はしっかりとした資格が必要なの。あなた達には……少し足りていないようですし、出来れば馬場にも近寄って欲しくはないわ」
露骨に拒絶されてしまいました。確かに真剣に部活をされている方々のお邪魔になるのは避けたいところです、が……
「あら、それなら初くんに言ってもらえるかしら?女子の部室は人が来ないから好きに使ってくれて良いと教えてくれたのは、ういういの方だしー」
思い切り挑発しだしてしまいました! 有朋さん、ここでういうい呼びは、少々不味いですよ。
ほらっ! 服部さんのこめかみに、青筋が浮いています。あ、有朋さんの鼻息も、なんだか凄く荒いですね。
そしてなんだか、あちらこちらでガルガルガルと唸り声が聞こえ出しました。多分幻聴だと思うのですが、どうしたらよいのでしょうか。
……無事に帰れるか心配になってきました。