元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
翌日の午後には、本当に蝶湖様がおっしゃられたような小屋が部室隣に並んでいました。見た目は従来の部室と変わりませんが、中身がすごいです。鍵付きの個室が三室完備され、それ以外の共有スペースに立派なテーブルと椅子、お茶のセットがありました。勿論簡易キッチンまで付いています。
これ、蝶湖様筆頭に私たち三人の為だけの部屋ですよね。完全に、職権乱用というか、特権乱用です。
「荷物は個室に入れて、鍵もかけなさいね。この小屋の鍵は、初や私たちも持っているからいいけれど、個室の鍵はスペアも渡すから無くさないようにしてちょうだい」
説明され、渡された鍵はとても細かい凹凸が付いているもので、複製は簡単には出来ないとのことです。
「なんというか……無駄遣いねえ」
私の分の乗馬用具をポンと出された有朋さんでさえ、そう言われるレベルの買い物でしたが「必要経費です」と、結局どちらも同じ事をおっしゃいました。
着替えを済ませて外に出ると、すでに蝶湖様は馬場の中で一頭の馬の様子を見ていられます。
その姿を見る限りでは、三日月さんが言われるほど蝶湖様が馬に嫌われているようには見えません。そう思いながら近くに寄れば、ああ、確かになんとなく緊張しているように見えました。馬のほうが、です。
これは、嫌われているというよりも、怖がられていると言う方が正しいかもしれません。
「モーンタイザー というの。彼しか私の言うことを聞いてくれないから、他に選びようがないわね」
モーンタイザーと呼ばれる彼はパロミノといい、栗毛よりも薄く金色に近い美しい毛並みをしています。普段はキリッとして風格のある落ち着いた馬なのですが、蝶湖様が隣につかれると緊張を増し、目をキョロキョロとしだしました。とても落ち着かない様子を見せています。
「蝶湖さん、命令でなく、お願いしましょう」
「え?」
「触ってもいいか、尋ねてあげてください」
私の言うことに戸惑いながらも、蝶湖様がモーンタイザーへ向かい、触れることの許可を願う言葉を口にだしました。
「さあ、優しく首を撫でてあげてください。そっと、ですよ」
「ええ……」
蝶湖様が手のひらでゆっくりとモーンタイザーを撫でていくと、今し方まで随分と泳いでいるように見えた彼の目が、少しだけ落ち着きを取り戻してきたのです。
「ちゃんとお話の聞ける、頭のいい子ですね」
「そうね。とても、いい馬だわ」
その蝶湖様の言葉を聞いて、モーンタイザーも次第に緊張がほぐれ、いつものような引き締まった顔立ちになってきました。
「こんなに落ち着いて馬に触れたのは初めてだわ」
ゆっくりと、ゆっくりと、その美しい指が首筋を軽く掻き始めます。モーンタイザーが、気持ち良さそうに鼻を伸ばしました。
「馬も人も同じですよ。まずは、声をかけましょう。そこから始まります」
ね。と、笑いかければ、一旦驚いたような表情をした蝶湖様も、素敵な笑顔を返して下さいました。
「うららには、なんでも負けてしまうわね」
教えてもらうことばかりだわ。そんな、ありえない言葉を口にされて、ひどく吃驚しました。
「っ、私、蝶湖さん相手に、勝ったことなどありませんよ!教えたことなんて、そんな?」
ピアノ対決は三日月さんの趣味独断でしたし、テストは私の完敗でしたよね。
そもそも料理対決にいたっては、料理を教えはしましたが、対決してはいません。
けれども、慌てて訂正する私の目をジッと見つめながら、蝶湖様は言葉を続けます。
「いいえ。今もそう。だから、ね」
――――ずっと、側にいてくれる?
私の、足りないところ、教えて。ちゃんと、頑張るから。
胸が、ギュッと音を立てて締まるような気がしました。蝶湖様が、こんなに素直にご自分の感情を告げて下さったのは、初めてです。
いつもなら、私の意見を聞いて下さっていても、強引にことを運ばれるのに……
見つめられている、その表情には、少しの懇願がのっているように思えてしまいます。
そんなに切ない顔を、されなくても……私は、
「ずっと、いますよ。一緒に」
「うらら……」
頬がほんのりと赤らむのがわかります。けれども仕方がありません。
だって、蝶湖様は、私の大事な人ですから。
そう言おうと右手を差し出せば、何故か、びちゃんと、水気のあるものが先に当たりました。
「ガリレオ!?」
「悪いわね、うらら。ガリレオが早く連れてけってうるさいからさあ」
有朋さんに手綱を引かれたガリレオが、私の手のひらを舐めた後、体に擦り付けるように寄ってきます。
「ごめんなさいね、お待たせしました? ありがとうございます」
初めはガリレオへ、後半は有朋さんへの言葉をかければ、彼女は手を振りそそくさとロゼリラの方へ向かって行ってしまいました。
「あ、すみません蝶湖さん。このガリレオが、私を乗せてくださる馬です」
普段よりもぐいぐいと顔を擦り付けてくるガリレオへの挨拶に追われ、つい蝶湖様への意識がおろそかになってしまいました。急いでガリレオの紹介をします。
「……ええ、知っているわ。よ、よろしくね、ガリレオ」
ピクリと頬をひきつらせてですが、蝶湖様が進んでガリレオへ挨拶をされました。
ああ、私の言ったことをちゃんと実践して下さっています。
嬉しい。と、思い喜ぶ私の横でガリレオが、その蝶湖様の顔へ向かい鼻息を思い切り飛ばしたのは、きっと私の興奮が伝わってしまったせいですね。
本当にすみません、蝶湖様。
これ、蝶湖様筆頭に私たち三人の為だけの部屋ですよね。完全に、職権乱用というか、特権乱用です。
「荷物は個室に入れて、鍵もかけなさいね。この小屋の鍵は、初や私たちも持っているからいいけれど、個室の鍵はスペアも渡すから無くさないようにしてちょうだい」
説明され、渡された鍵はとても細かい凹凸が付いているもので、複製は簡単には出来ないとのことです。
「なんというか……無駄遣いねえ」
私の分の乗馬用具をポンと出された有朋さんでさえ、そう言われるレベルの買い物でしたが「必要経費です」と、結局どちらも同じ事をおっしゃいました。
着替えを済ませて外に出ると、すでに蝶湖様は馬場の中で一頭の馬の様子を見ていられます。
その姿を見る限りでは、三日月さんが言われるほど蝶湖様が馬に嫌われているようには見えません。そう思いながら近くに寄れば、ああ、確かになんとなく緊張しているように見えました。馬のほうが、です。
これは、嫌われているというよりも、怖がられていると言う方が正しいかもしれません。
「モーンタイザー というの。彼しか私の言うことを聞いてくれないから、他に選びようがないわね」
モーンタイザーと呼ばれる彼はパロミノといい、栗毛よりも薄く金色に近い美しい毛並みをしています。普段はキリッとして風格のある落ち着いた馬なのですが、蝶湖様が隣につかれると緊張を増し、目をキョロキョロとしだしました。とても落ち着かない様子を見せています。
「蝶湖さん、命令でなく、お願いしましょう」
「え?」
「触ってもいいか、尋ねてあげてください」
私の言うことに戸惑いながらも、蝶湖様がモーンタイザーへ向かい、触れることの許可を願う言葉を口にだしました。
「さあ、優しく首を撫でてあげてください。そっと、ですよ」
「ええ……」
蝶湖様が手のひらでゆっくりとモーンタイザーを撫でていくと、今し方まで随分と泳いでいるように見えた彼の目が、少しだけ落ち着きを取り戻してきたのです。
「ちゃんとお話の聞ける、頭のいい子ですね」
「そうね。とても、いい馬だわ」
その蝶湖様の言葉を聞いて、モーンタイザーも次第に緊張がほぐれ、いつものような引き締まった顔立ちになってきました。
「こんなに落ち着いて馬に触れたのは初めてだわ」
ゆっくりと、ゆっくりと、その美しい指が首筋を軽く掻き始めます。モーンタイザーが、気持ち良さそうに鼻を伸ばしました。
「馬も人も同じですよ。まずは、声をかけましょう。そこから始まります」
ね。と、笑いかければ、一旦驚いたような表情をした蝶湖様も、素敵な笑顔を返して下さいました。
「うららには、なんでも負けてしまうわね」
教えてもらうことばかりだわ。そんな、ありえない言葉を口にされて、ひどく吃驚しました。
「っ、私、蝶湖さん相手に、勝ったことなどありませんよ!教えたことなんて、そんな?」
ピアノ対決は三日月さんの趣味独断でしたし、テストは私の完敗でしたよね。
そもそも料理対決にいたっては、料理を教えはしましたが、対決してはいません。
けれども、慌てて訂正する私の目をジッと見つめながら、蝶湖様は言葉を続けます。
「いいえ。今もそう。だから、ね」
――――ずっと、側にいてくれる?
私の、足りないところ、教えて。ちゃんと、頑張るから。
胸が、ギュッと音を立てて締まるような気がしました。蝶湖様が、こんなに素直にご自分の感情を告げて下さったのは、初めてです。
いつもなら、私の意見を聞いて下さっていても、強引にことを運ばれるのに……
見つめられている、その表情には、少しの懇願がのっているように思えてしまいます。
そんなに切ない顔を、されなくても……私は、
「ずっと、いますよ。一緒に」
「うらら……」
頬がほんのりと赤らむのがわかります。けれども仕方がありません。
だって、蝶湖様は、私の大事な人ですから。
そう言おうと右手を差し出せば、何故か、びちゃんと、水気のあるものが先に当たりました。
「ガリレオ!?」
「悪いわね、うらら。ガリレオが早く連れてけってうるさいからさあ」
有朋さんに手綱を引かれたガリレオが、私の手のひらを舐めた後、体に擦り付けるように寄ってきます。
「ごめんなさいね、お待たせしました? ありがとうございます」
初めはガリレオへ、後半は有朋さんへの言葉をかければ、彼女は手を振りそそくさとロゼリラの方へ向かって行ってしまいました。
「あ、すみません蝶湖さん。このガリレオが、私を乗せてくださる馬です」
普段よりもぐいぐいと顔を擦り付けてくるガリレオへの挨拶に追われ、つい蝶湖様への意識がおろそかになってしまいました。急いでガリレオの紹介をします。
「……ええ、知っているわ。よ、よろしくね、ガリレオ」
ピクリと頬をひきつらせてですが、蝶湖様が進んでガリレオへ挨拶をされました。
ああ、私の言ったことをちゃんと実践して下さっています。
嬉しい。と、思い喜ぶ私の横でガリレオが、その蝶湖様の顔へ向かい鼻息を思い切り飛ばしたのは、きっと私の興奮が伝わってしまったせいですね。
本当にすみません、蝶湖様。