元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「ダメじゃん、うららちゃん」
開口一番、三日月さんが私に向かってそう言いました。
蝶湖様が建てられた個室完備の部室にて、望月さんたちがのんびりとお茶会を開いていたようです。
「まさかあいつが他人の言うことを聞くとは……」
「敵に塩を送るとは正にこの事ですね」
「天道さんらしいといえば、らしいけど」
一体何を言っているのでしょうか?
「うららが一番ダメなのは、自覚がないことなんだから、あんたたちそんなこと言ったって無駄よ」
有朋さんが、擁護するつもりなど全くない言葉でダメ出しをします。
けれども、とうとうあんたたち呼ばわりですか……全く気にしない望月さんたちも大したものですが、実は有朋さんが一番の大物なのではないでしょうか。
「いやいやいや、せっかくのアドバンテージだったのに、蝶湖鍛えてどうすんの? ってこと。わかる?」
ああ、はい。蝶湖様とモーンタイザーの橋渡しをさせていただいたことですね。
「でも、仲が改善されればそれだけパフォーマンスも向上しますし、良いにこしたことはありませんわ」
「だーかーらーっ、勝ちに行こうよ、勝ちに!」
三日月さんが、大きく身振り手振りしながら私に発破をかけました。そうですね、そのために三日月さんにお時間を割いていただいているのですから、頑張りたいと思います。
「もちろんですよ。頑張って練習しますので、勝ちに行きましょう」
私が高らかに決意表明をすると、三日月さん、以下男性の皆さんが力無く、天道さーんと言われ頭を抱え込んでしまいました。
何故でしょう。
「ところであなたたちはどうしてここで優雅にお茶をしているのかしら?」
このところ蝶湖様とモーンタイザーは、目に見えて息があってきたようです。今日も乗馬後に、厩舎の従業員の方に教わりながら、彼の面倒をみていましたので、私たちよりも少し遅くに戻ってきたところでした。
「無理を通してやったんだ。これくらい、いいだろう」
あ、やっぱり無茶ぶりだったんですね、この部室。
「文句言わないで。満のピアノよりも安かったわよ」
あのピアノ、そんなに高かったのですかー!?
一番ダメなのは、私ではなくてこの二人だと思います。
練習も順調に進んでいきましたが、期末テストの為に一旦休止となりました。それでも朝夕と馬場に顔を出し、ガリレオに挨拶は欠かさないようにすれば、蝶湖様も同じようにいらっしゃいます。
そうして期末テスト最終日の科目も終わり、ようやく今日から乗馬の練習再開となりました。
「テストの出来はどうだったかしら? うらら」
「はい。それなりには出来たと思います。蝶湖さんはいかがでしたか?」
「まあ、いつも通りね。特に変わりはないわ」
テスト終了後に先生に呼び出された有朋さんと別れ、蝶湖様と一緒に馬場へと向かいます。
夏の緑濃い木立からきらきらと零れる光の粒の中、会話をたのしみながらゆっくりと歩いていると、ここが学園内だということをつい忘れてしまうほどです。
前世での避暑地を思い出すような光景に懐かしさを感じ大きく深呼吸をすれば、清浄な空気に心が洗われるような気がしました。
そんな私の仕草を静かに見守っていた蝶湖様が、おもむろに口を開きます。
「ねえ、うらら。ずっと聞きたかったことがあるの、いいかしら?」
「はい。なんでしょう、蝶湖さん」
私の返答に、少しだけ躊躇した素振りをみせ、それでも言葉を続けられました。
「乗馬の経験が無いはずなのに、馬に乗れるのは何故?」
無理だと断定された時、何故知っているのかと思いつつ流してしまったツケが回ってきてしまいました。私のことを調べたとかはこの際どうでもいいです。大事なのは、出来ないことが出来ることへの説明なのです。
どう言おうか、どこまで言ったらいいのか、言いあぐね悩む私に、蝶湖様は優しく声をかけてくださいました。
「責めている訳じゃないの。ただ私が知りたいだけ。乗馬のことだけじゃなく、うららのその身のこなしとかも含めて」
……これは、どうすればいいでしょうか?
以前、私も前世の記憶があることを、有朋さんに話そうとしたことがありました。生憎と上手に伝えることが出来なかった為、いまだ告白にはいたっていませんが、有朋さんにはご自身が前世持ちという前提がありますので伝えても大丈夫だと思っていたのです。
けれども、蝶湖様は?
正直に話しても、まともに取り合ってもらえなかったら? バカにしていると思われたら? そんなことはどちらも絶対に、嫌です。
じっと黙って待たれる蝶湖様の顔を見上げました。きっと、このまま私が何も話さないでいても、蝶湖様は言葉通り私を何も責められないでしょう。
でも、それは────
「蝶湖、さん……?」
「はい。うらら」
「もう少し、待ってもらえますか? 今はまだ、上手に説明出来る気がしません」
だから、もう少しだけ……
「ちゃんと。どうやったら蝶湖さんにわかってもらえるか、ちゃんと考えますから、それまで待っていてもらってもいいですか?」
蝶湖様の目を見て伝えれば、私の目をしっかりと見返して、「ありがとう」と言ってくださいました。
「ありがとう、待っているわ」
そう、微笑んでくださいました。
大事な、大事なこの話は、ダメな私ではないように、ちゃんと伝えられるように頑張ります。
開口一番、三日月さんが私に向かってそう言いました。
蝶湖様が建てられた個室完備の部室にて、望月さんたちがのんびりとお茶会を開いていたようです。
「まさかあいつが他人の言うことを聞くとは……」
「敵に塩を送るとは正にこの事ですね」
「天道さんらしいといえば、らしいけど」
一体何を言っているのでしょうか?
「うららが一番ダメなのは、自覚がないことなんだから、あんたたちそんなこと言ったって無駄よ」
有朋さんが、擁護するつもりなど全くない言葉でダメ出しをします。
けれども、とうとうあんたたち呼ばわりですか……全く気にしない望月さんたちも大したものですが、実は有朋さんが一番の大物なのではないでしょうか。
「いやいやいや、せっかくのアドバンテージだったのに、蝶湖鍛えてどうすんの? ってこと。わかる?」
ああ、はい。蝶湖様とモーンタイザーの橋渡しをさせていただいたことですね。
「でも、仲が改善されればそれだけパフォーマンスも向上しますし、良いにこしたことはありませんわ」
「だーかーらーっ、勝ちに行こうよ、勝ちに!」
三日月さんが、大きく身振り手振りしながら私に発破をかけました。そうですね、そのために三日月さんにお時間を割いていただいているのですから、頑張りたいと思います。
「もちろんですよ。頑張って練習しますので、勝ちに行きましょう」
私が高らかに決意表明をすると、三日月さん、以下男性の皆さんが力無く、天道さーんと言われ頭を抱え込んでしまいました。
何故でしょう。
「ところであなたたちはどうしてここで優雅にお茶をしているのかしら?」
このところ蝶湖様とモーンタイザーは、目に見えて息があってきたようです。今日も乗馬後に、厩舎の従業員の方に教わりながら、彼の面倒をみていましたので、私たちよりも少し遅くに戻ってきたところでした。
「無理を通してやったんだ。これくらい、いいだろう」
あ、やっぱり無茶ぶりだったんですね、この部室。
「文句言わないで。満のピアノよりも安かったわよ」
あのピアノ、そんなに高かったのですかー!?
一番ダメなのは、私ではなくてこの二人だと思います。
練習も順調に進んでいきましたが、期末テストの為に一旦休止となりました。それでも朝夕と馬場に顔を出し、ガリレオに挨拶は欠かさないようにすれば、蝶湖様も同じようにいらっしゃいます。
そうして期末テスト最終日の科目も終わり、ようやく今日から乗馬の練習再開となりました。
「テストの出来はどうだったかしら? うらら」
「はい。それなりには出来たと思います。蝶湖さんはいかがでしたか?」
「まあ、いつも通りね。特に変わりはないわ」
テスト終了後に先生に呼び出された有朋さんと別れ、蝶湖様と一緒に馬場へと向かいます。
夏の緑濃い木立からきらきらと零れる光の粒の中、会話をたのしみながらゆっくりと歩いていると、ここが学園内だということをつい忘れてしまうほどです。
前世での避暑地を思い出すような光景に懐かしさを感じ大きく深呼吸をすれば、清浄な空気に心が洗われるような気がしました。
そんな私の仕草を静かに見守っていた蝶湖様が、おもむろに口を開きます。
「ねえ、うらら。ずっと聞きたかったことがあるの、いいかしら?」
「はい。なんでしょう、蝶湖さん」
私の返答に、少しだけ躊躇した素振りをみせ、それでも言葉を続けられました。
「乗馬の経験が無いはずなのに、馬に乗れるのは何故?」
無理だと断定された時、何故知っているのかと思いつつ流してしまったツケが回ってきてしまいました。私のことを調べたとかはこの際どうでもいいです。大事なのは、出来ないことが出来ることへの説明なのです。
どう言おうか、どこまで言ったらいいのか、言いあぐね悩む私に、蝶湖様は優しく声をかけてくださいました。
「責めている訳じゃないの。ただ私が知りたいだけ。乗馬のことだけじゃなく、うららのその身のこなしとかも含めて」
……これは、どうすればいいでしょうか?
以前、私も前世の記憶があることを、有朋さんに話そうとしたことがありました。生憎と上手に伝えることが出来なかった為、いまだ告白にはいたっていませんが、有朋さんにはご自身が前世持ちという前提がありますので伝えても大丈夫だと思っていたのです。
けれども、蝶湖様は?
正直に話しても、まともに取り合ってもらえなかったら? バカにしていると思われたら? そんなことはどちらも絶対に、嫌です。
じっと黙って待たれる蝶湖様の顔を見上げました。きっと、このまま私が何も話さないでいても、蝶湖様は言葉通り私を何も責められないでしょう。
でも、それは────
「蝶湖、さん……?」
「はい。うらら」
「もう少し、待ってもらえますか? 今はまだ、上手に説明出来る気がしません」
だから、もう少しだけ……
「ちゃんと。どうやったら蝶湖さんにわかってもらえるか、ちゃんと考えますから、それまで待っていてもらってもいいですか?」
蝶湖様の目を見て伝えれば、私の目をしっかりと見返して、「ありがとう」と言ってくださいました。
「ありがとう、待っているわ」
そう、微笑んでくださいました。
大事な、大事なこの話は、ダメな私ではないように、ちゃんと伝えられるように頑張ります。