元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
一息、ふうっと、吐き出し、スタートの合図に合わせるため一度息を止めました。
今世は学校での体育でしか運動というものをほとんどしてこなかった私ですが、前世でのダンスや乗馬での経験上、知っていることが一つだけあります。
それは、呼吸を合わせるということ。
ダンスならパートナーと、乗馬なら馬と、それはとても当たり前のことですが、やはり無意識ではなかなか上手くは合わせられません。ですから私は、必ず一度息を止めてから、スタートすることにしているのです。
そして、ぽんぽんとガリレオの首を軽く叩きました。
さあ、行きますよ。
号令がかかり、ガリレオと一緒に飛び出します。
一つ、また一つとバーを飛び越え、スピードにのっていくうちに、段々と周りの風景が見えなくなってきました。
ただ、コースの先とガリレオを感じながら進んで行きます。
早く、早く、どこまでも、高く。
そうして、最後のバーを全て飛び越えて、ゴールへと滑り込んだ瞬間、周りがぱあっと明るくなり、とても爽快な気分でいっぱいになりました。
「ふぅーっ……」
やれることは全てやりきりました。そんな清々しい気持ちで大きく息を吐き出すと、有朋さんが大きく手を振りながら近づいてきます。
「すごい、すごい! うらら、ノーミスよ! しかも、めちゃくちゃ速かったわー」
そしてとても興奮した口調で褒めてくれました。
「うん、速かったね。こんなに凄いとは思わなかったよ。大会に出ても、結構いいところにいくんじゃない?」
有朋さんについて来た下弦さんも、随分大袈裟に言って下さいます。
「ありがとうございます。それで、タイムの方はどうでしたか?」
「それは、蝶湖の競技が終わった後で発表することにした」
その方が面白いだろう? そう、薄い笑いをのせて、新明さんが、私たちに近づいてきたのです。
「お疲れ様。話には聞いていたけれども、あのガリレオをよくあそこまで扱えたね。お見事」
「あ、ありがとうございます。私の方こそガリレオに乗せて貰えて光栄です」
「謙遜しなくてもいいよ。自分たちなんかより、よっぽど馬に上手く乗れるんだから」
「そんなことはありません……」
心からではないでしょうが、微笑みながら新明さんが話しかけて下さいましたので、あの第三校舎の離れでのことも忘れようと、私も笑顔で言葉を返しました。
しかし彼はそう甘い方では無かったようです。
「で、君は何を隠しているの?」
いきなりズバリと核心をつかれました。
「朔! 君、失礼だよっ!」
「は? 朧、君だって気になっているだろう? 彼女が何故、経験したことのない乗馬が出来るのか、何より……この学園で、どこの誰よりも令嬢らしいのか、とかね」
そう、新明さんが言われると、下弦さんがグッと息を飲んで動きを止めてしまいました。
「満だって、他の皆だって思っているさ。ただ、口に出さないだけでね。蝶湖がうるさいから。そうだろう?」
「……わかっているなら」
下弦さんが、チラリとスタートを伺い、蝶湖様がまだ位置についていないことを確認します。
「余計なことはしないほうがいい。蝶湖をこれ以上怒らせるな」
蝶湖様が望月さんと同じくらい大きなお家だとは聞いていますが、皆さんの蝶湖様への気の使い方は、望月さんに対するそれとは全く違います。
私は自分への強いあたりよりも、そちらの方が何となく気になるのですが……
有朋さんへ顔を向ければ、疑問が私の顔にでていたのか、そりゃそうでしょうよと言葉に出しました。
「月詠さんは、あの月詠家の跡取りなんだからさー」
はっきりと響くそれを聞いた瞬間、下弦さんと新明さんが、目に見えて驚愕し振り返りました。
「……有朋さん、なんで知ってるの?!」
「え? あ? っと……」
しまったと、口に手を置いて無かったことにしたいようですが、多分無理です。皆さんしっかりと聞いてしまいました。
この分だと、蝶湖様が跡取りだという話は公然になっておらず、有朋さんが知っていたのは、おそらく乙女ゲームの設定なのでしょう。
これも、私の前世の話同様、おおっぴらにしていいものではありません。だとしたら、なんとかごまかさなくては、と手を挙げます。
「あのっ、私が有朋さんへ教えました。えーと、その、以前……離れで、新明さんが、そのように言っていましたので……」
あの時、確かに新明さんは、蝶湖様が月詠の跡取りだと断言しましたからと、彼の方を見据えると、まるで大失態をおかしたとばかりに眉をひそめられました。
「ああ、そう言えば伝えたね。あの時は少し……すまない」
珍しく言いよどまれるところを見ると、やはり人前では話してはいけない内容のようです。
下弦さんも、慌てて私たちに向かい手を合わせます。
「ゴメン。悪いけど、聞かなかったことにしてくれる? 色々面倒なことがあるから」
こちらとしても、どうしても話せないことはありますので、二人して黙って頷きます。
「わかりました。この話はもうここまでにしませんか。蝶湖さんがスタート位置に来られましたし」
少し落ち着きがなく、蹄をカツカツと叩くように歩くモーンタイザーを、蝶湖様がなだめながらスタートに立ちました。最近はとてもいい感じでいたはずでしたのに、一体何があったのでしょうか?
とても、心配です。
今世は学校での体育でしか運動というものをほとんどしてこなかった私ですが、前世でのダンスや乗馬での経験上、知っていることが一つだけあります。
それは、呼吸を合わせるということ。
ダンスならパートナーと、乗馬なら馬と、それはとても当たり前のことですが、やはり無意識ではなかなか上手くは合わせられません。ですから私は、必ず一度息を止めてから、スタートすることにしているのです。
そして、ぽんぽんとガリレオの首を軽く叩きました。
さあ、行きますよ。
号令がかかり、ガリレオと一緒に飛び出します。
一つ、また一つとバーを飛び越え、スピードにのっていくうちに、段々と周りの風景が見えなくなってきました。
ただ、コースの先とガリレオを感じながら進んで行きます。
早く、早く、どこまでも、高く。
そうして、最後のバーを全て飛び越えて、ゴールへと滑り込んだ瞬間、周りがぱあっと明るくなり、とても爽快な気分でいっぱいになりました。
「ふぅーっ……」
やれることは全てやりきりました。そんな清々しい気持ちで大きく息を吐き出すと、有朋さんが大きく手を振りながら近づいてきます。
「すごい、すごい! うらら、ノーミスよ! しかも、めちゃくちゃ速かったわー」
そしてとても興奮した口調で褒めてくれました。
「うん、速かったね。こんなに凄いとは思わなかったよ。大会に出ても、結構いいところにいくんじゃない?」
有朋さんについて来た下弦さんも、随分大袈裟に言って下さいます。
「ありがとうございます。それで、タイムの方はどうでしたか?」
「それは、蝶湖の競技が終わった後で発表することにした」
その方が面白いだろう? そう、薄い笑いをのせて、新明さんが、私たちに近づいてきたのです。
「お疲れ様。話には聞いていたけれども、あのガリレオをよくあそこまで扱えたね。お見事」
「あ、ありがとうございます。私の方こそガリレオに乗せて貰えて光栄です」
「謙遜しなくてもいいよ。自分たちなんかより、よっぽど馬に上手く乗れるんだから」
「そんなことはありません……」
心からではないでしょうが、微笑みながら新明さんが話しかけて下さいましたので、あの第三校舎の離れでのことも忘れようと、私も笑顔で言葉を返しました。
しかし彼はそう甘い方では無かったようです。
「で、君は何を隠しているの?」
いきなりズバリと核心をつかれました。
「朔! 君、失礼だよっ!」
「は? 朧、君だって気になっているだろう? 彼女が何故、経験したことのない乗馬が出来るのか、何より……この学園で、どこの誰よりも令嬢らしいのか、とかね」
そう、新明さんが言われると、下弦さんがグッと息を飲んで動きを止めてしまいました。
「満だって、他の皆だって思っているさ。ただ、口に出さないだけでね。蝶湖がうるさいから。そうだろう?」
「……わかっているなら」
下弦さんが、チラリとスタートを伺い、蝶湖様がまだ位置についていないことを確認します。
「余計なことはしないほうがいい。蝶湖をこれ以上怒らせるな」
蝶湖様が望月さんと同じくらい大きなお家だとは聞いていますが、皆さんの蝶湖様への気の使い方は、望月さんに対するそれとは全く違います。
私は自分への強いあたりよりも、そちらの方が何となく気になるのですが……
有朋さんへ顔を向ければ、疑問が私の顔にでていたのか、そりゃそうでしょうよと言葉に出しました。
「月詠さんは、あの月詠家の跡取りなんだからさー」
はっきりと響くそれを聞いた瞬間、下弦さんと新明さんが、目に見えて驚愕し振り返りました。
「……有朋さん、なんで知ってるの?!」
「え? あ? っと……」
しまったと、口に手を置いて無かったことにしたいようですが、多分無理です。皆さんしっかりと聞いてしまいました。
この分だと、蝶湖様が跡取りだという話は公然になっておらず、有朋さんが知っていたのは、おそらく乙女ゲームの設定なのでしょう。
これも、私の前世の話同様、おおっぴらにしていいものではありません。だとしたら、なんとかごまかさなくては、と手を挙げます。
「あのっ、私が有朋さんへ教えました。えーと、その、以前……離れで、新明さんが、そのように言っていましたので……」
あの時、確かに新明さんは、蝶湖様が月詠の跡取りだと断言しましたからと、彼の方を見据えると、まるで大失態をおかしたとばかりに眉をひそめられました。
「ああ、そう言えば伝えたね。あの時は少し……すまない」
珍しく言いよどまれるところを見ると、やはり人前では話してはいけない内容のようです。
下弦さんも、慌てて私たちに向かい手を合わせます。
「ゴメン。悪いけど、聞かなかったことにしてくれる? 色々面倒なことがあるから」
こちらとしても、どうしても話せないことはありますので、二人して黙って頷きます。
「わかりました。この話はもうここまでにしませんか。蝶湖さんがスタート位置に来られましたし」
少し落ち着きがなく、蹄をカツカツと叩くように歩くモーンタイザーを、蝶湖様がなだめながらスタートに立ちました。最近はとてもいい感じでいたはずでしたのに、一体何があったのでしょうか?
とても、心配です。