元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
どうやって穏便にこの場から離れましょうか。伯爵令嬢時代の社交術でなんとかならないかと遅まきながら考えますが、その間にもなんだか言葉にならない唸り声が聞こえます。
あ、無理ですね。
その時、門の向こう側からどよめきが湧きたちました。
驚き振り返ると、そこには素晴らしく煌びやかな御一行の姿が見てとれたのです。
先頭に立つ、茶色がかった髪の男子生徒のきりりとした目元、すっきりとした高い鼻、意志の強そうなその唇。自信に満ち溢れた歩き姿は誰が見てもハッとさせられます。これだけの注目を浴びながらも平然としたその態度には、ある種の風格さえ感じられるのです。
その隣には、細身の銀縁眼鏡がよく似合う、非常に知的な雰囲気の男子です。全てが計算されつくされたようなきっちりとしたその佇まいは、まるで完璧な紳士そのものです。その眼鏡の奥にひっそりと隠れる黒い瞳は、奥深い静謐な森の中の水面を連想させるものでした。
そんな彼とは対照的に、少し着崩した制服が妙に似合う茶髪の男子生徒は、しなやかなバネを持っているチーターのように見えました。けれどもそんな外見とは裏腹に周りの黄色い声に唯一笑顔で応え、とても親しみやすい温かな空気を醸しだしています。
そこから一歩引いて歩いている方は、ネイビーのネクタイをしていますので三年生なのでしょう。上げた前髪から落ちる一筋の髪といい、切れ長の目元から覗く少し色素の薄い瞳、それら全てが大人っぽく、遠巻きに見ている方々もその色濃い空気にため息を隠せません。
そこにふわふわとした髪を揺らしながら、まるでアイドルのような甘い顔立ちをした少年が何やら隣に話しかけていました。くりくりとした瞳に薄い唇の、まだあどけなさが残る彼は、ボルドーのネクタイをしていますので、きっと私と同じ一年生なのですね。
あまりのキラキラさに、ついじっと観察をしてしまいましたが、どちらの方々も随分と整った顔立ちに洗練された歩き姿をしています。一見して、この良家の子息子女が集まる学園の中でも頂点に立つ方々だとわかりました。
彼らを見ていると、ふと前世を思い出します。まるで王太子殿下と取り巻きの高位貴族の子息の方々みたいでとても眩しいのです。下手に近くに寄ると目が痛むというか、まともに開けることもできませんので、一庶民としては当然のように道を開けることとしましょう。
そして、すっと一歩足を引いたつもりが……
摩訶不思議嬢に肩掴まれたままでした。
「きゃあーっ」
「え、あ、ちょっと!?」
どうして突然、この煌びやかなキラキラ様御一行に向かい飛び込むのですか!? あなたいくらなんでも、わざとらしすぎますよ。それよりも巻き添えにしないでください!
倒れる。目をぎゅっとつむって衝撃に耐えようとしたところ、ざばーっ、というダイナミックな音と、ふわん、というやわらかい感覚にびっくりしました。
あれ、倒れていません。おそるおそる目を開けると、私の肩に美しい指がかかり、支えられていました。そして横を向けばこれはまたびっくりするほどの美しい女生徒の顔が目に入ったのです。
「大丈夫?」
「あ……はい。ありがとうございます」
キラキラ様御一行の中に守られるようにいらっしゃったその美少女は、何故か私の肩を抱きとめ、倒れ込んでしまうところを助けて下さったのです。
じっとそのお顔を覗いてみますと、大きな漆黒の瞳に長いまつげがとても綺麗に飾られていました。白磁のようななめらかな肌に長く真っ直ぐな黒髪が掛かっているのが、また彼女にとてもよくお似合いだと思います。
艶々しいその髪に光が映え、まるで天使の輪がのっているかのようでした。どこをどう切り取っても美少女としかいいようがありません。周りの空気までがきらきらとしているようです。
美しい人の登場は自然とスモークが焚かれるのでしょうか。いえ、なんとなく土臭いような気もしますが、と見回せば、ガッと足首を掴まれました。
「ちょっとぉおお!」
「ーーーーっ!!」
ダイブしていました、摩訶不思議嬢が砂まみれです。
「なんで誰も助けてくれないのよお!?」
いえ、無理でしょう。
キラキラ様御一行からしたら当たり屋かテロです、それ。どうして助けてもらえると思ったのでしょうか?
ほら、真ん中の王子殿下みたいな方、引いていますよ。綺麗なお顔がひくひくと歪んでいます。そして眼鏡さんは眼鏡クイクイ動かして平静装っていますが、明らかに非常事態に動揺されているようです。
他のお三方なんて笑いをこらえているじゃないですか。いえ、その内のお一方は大笑いしていますね。
どうしましょうか、本当に。もう入学式も始まってしまいそうですし、このまま何もなかったかのように行ってしまいたいです。足首は捕まっていますけど。
そんな現実逃避をしていたら、先生らしき方が慌てて走って来られました。
「先生、こちらです」
「うわっ、ひどいな。新入生?大丈夫か?」
「はいー……」
砂だらけになった彼女を立たせ、様子をのぞき込み追い打ちをかけます。
「カラコンに茶髪かー。いきなり校則違反で減点もあるし、まず保健室と指導室のハシゴだな」
入学式にも出られず、先生に引きずられるように連れていかれる姿はなんとなく可哀そうな気もしましたが、イベントがー! 好感度がー! と訳の分からないことを叫んでいましたので、まあいいかと思うことにしました。
さて、今度こそ入学式会場へ急いで行かなければいけません。
その場を離れる前に、再度助けていただいたお礼をしましょうと顔を向ければ、その美しい人は柔らかい笑顔を見せて下さいました。
「本当にありがとうございました」
「いえ、災難でしたね」
「……ええ、正直何がなんだかわかりませんでした」
お互い、クスっと笑みがもれてしまいます。
「私は、月詠蝶湖と申します。お名前よろしいかしら」
「天道うららです」
「うららさん、よろしくね」
軽い会釈のあと、待っていたキラキラ様御一行の中にするりと入っていく姿を見送り、私は会場へと足を速めました。
あ、無理ですね。
その時、門の向こう側からどよめきが湧きたちました。
驚き振り返ると、そこには素晴らしく煌びやかな御一行の姿が見てとれたのです。
先頭に立つ、茶色がかった髪の男子生徒のきりりとした目元、すっきりとした高い鼻、意志の強そうなその唇。自信に満ち溢れた歩き姿は誰が見てもハッとさせられます。これだけの注目を浴びながらも平然としたその態度には、ある種の風格さえ感じられるのです。
その隣には、細身の銀縁眼鏡がよく似合う、非常に知的な雰囲気の男子です。全てが計算されつくされたようなきっちりとしたその佇まいは、まるで完璧な紳士そのものです。その眼鏡の奥にひっそりと隠れる黒い瞳は、奥深い静謐な森の中の水面を連想させるものでした。
そんな彼とは対照的に、少し着崩した制服が妙に似合う茶髪の男子生徒は、しなやかなバネを持っているチーターのように見えました。けれどもそんな外見とは裏腹に周りの黄色い声に唯一笑顔で応え、とても親しみやすい温かな空気を醸しだしています。
そこから一歩引いて歩いている方は、ネイビーのネクタイをしていますので三年生なのでしょう。上げた前髪から落ちる一筋の髪といい、切れ長の目元から覗く少し色素の薄い瞳、それら全てが大人っぽく、遠巻きに見ている方々もその色濃い空気にため息を隠せません。
そこにふわふわとした髪を揺らしながら、まるでアイドルのような甘い顔立ちをした少年が何やら隣に話しかけていました。くりくりとした瞳に薄い唇の、まだあどけなさが残る彼は、ボルドーのネクタイをしていますので、きっと私と同じ一年生なのですね。
あまりのキラキラさに、ついじっと観察をしてしまいましたが、どちらの方々も随分と整った顔立ちに洗練された歩き姿をしています。一見して、この良家の子息子女が集まる学園の中でも頂点に立つ方々だとわかりました。
彼らを見ていると、ふと前世を思い出します。まるで王太子殿下と取り巻きの高位貴族の子息の方々みたいでとても眩しいのです。下手に近くに寄ると目が痛むというか、まともに開けることもできませんので、一庶民としては当然のように道を開けることとしましょう。
そして、すっと一歩足を引いたつもりが……
摩訶不思議嬢に肩掴まれたままでした。
「きゃあーっ」
「え、あ、ちょっと!?」
どうして突然、この煌びやかなキラキラ様御一行に向かい飛び込むのですか!? あなたいくらなんでも、わざとらしすぎますよ。それよりも巻き添えにしないでください!
倒れる。目をぎゅっとつむって衝撃に耐えようとしたところ、ざばーっ、というダイナミックな音と、ふわん、というやわらかい感覚にびっくりしました。
あれ、倒れていません。おそるおそる目を開けると、私の肩に美しい指がかかり、支えられていました。そして横を向けばこれはまたびっくりするほどの美しい女生徒の顔が目に入ったのです。
「大丈夫?」
「あ……はい。ありがとうございます」
キラキラ様御一行の中に守られるようにいらっしゃったその美少女は、何故か私の肩を抱きとめ、倒れ込んでしまうところを助けて下さったのです。
じっとそのお顔を覗いてみますと、大きな漆黒の瞳に長いまつげがとても綺麗に飾られていました。白磁のようななめらかな肌に長く真っ直ぐな黒髪が掛かっているのが、また彼女にとてもよくお似合いだと思います。
艶々しいその髪に光が映え、まるで天使の輪がのっているかのようでした。どこをどう切り取っても美少女としかいいようがありません。周りの空気までがきらきらとしているようです。
美しい人の登場は自然とスモークが焚かれるのでしょうか。いえ、なんとなく土臭いような気もしますが、と見回せば、ガッと足首を掴まれました。
「ちょっとぉおお!」
「ーーーーっ!!」
ダイブしていました、摩訶不思議嬢が砂まみれです。
「なんで誰も助けてくれないのよお!?」
いえ、無理でしょう。
キラキラ様御一行からしたら当たり屋かテロです、それ。どうして助けてもらえると思ったのでしょうか?
ほら、真ん中の王子殿下みたいな方、引いていますよ。綺麗なお顔がひくひくと歪んでいます。そして眼鏡さんは眼鏡クイクイ動かして平静装っていますが、明らかに非常事態に動揺されているようです。
他のお三方なんて笑いをこらえているじゃないですか。いえ、その内のお一方は大笑いしていますね。
どうしましょうか、本当に。もう入学式も始まってしまいそうですし、このまま何もなかったかのように行ってしまいたいです。足首は捕まっていますけど。
そんな現実逃避をしていたら、先生らしき方が慌てて走って来られました。
「先生、こちらです」
「うわっ、ひどいな。新入生?大丈夫か?」
「はいー……」
砂だらけになった彼女を立たせ、様子をのぞき込み追い打ちをかけます。
「カラコンに茶髪かー。いきなり校則違反で減点もあるし、まず保健室と指導室のハシゴだな」
入学式にも出られず、先生に引きずられるように連れていかれる姿はなんとなく可哀そうな気もしましたが、イベントがー! 好感度がー! と訳の分からないことを叫んでいましたので、まあいいかと思うことにしました。
さて、今度こそ入学式会場へ急いで行かなければいけません。
その場を離れる前に、再度助けていただいたお礼をしましょうと顔を向ければ、その美しい人は柔らかい笑顔を見せて下さいました。
「本当にありがとうございました」
「いえ、災難でしたね」
「……ええ、正直何がなんだかわかりませんでした」
お互い、クスっと笑みがもれてしまいます。
「私は、月詠蝶湖と申します。お名前よろしいかしら」
「天道うららです」
「うららさん、よろしくね」
軽い会釈のあと、待っていたキラキラ様御一行の中にするりと入っていく姿を見送り、私は会場へと足を速めました。