元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
踊れないお嬢様
ダンス……え、ダンスですか?
それは、完璧令嬢の蝶湖様にとって、大変有利な対決種目なのではないのでしょうか?
本当にいいのでしょうかと、有朋さんと顔を合わせていると、蝶湖様の苦々しい声が聞こえました。
「本当に人の弱みを突くのがお上手ね、朔」
「蝶湖、君ほどではないよ」
嫌みの応酬を繰り返す二人の笑顔が大変恐ろしく感じます。
そんなブリザード吹き荒ぶ中、有朋さんが大きな声でその空気を一掃しました。
「え、何? まさか、月詠さん、ダンス出来ないの?」
直球過ぎます。
「こいつはダンスを踊ったことはない」
今まで一度もな。望月さんが私たちに、そう教えてくれたのですが、こちらも大層不快感を露わになさっています。
「それをわかっていて、提案したんだな?」
「勿論だよ。蝶湖こそ、自分が何を提案するか、わかっていて受けたのだろう?満は先にそっちを聞くべきだね」
新明さんが望月さんへ話す態度も、ざっくばらんなのは普段通りですが、以前より若干投げやりになっているような気がします。
あの、私への暴言以来、やはり皆さんと少しギクシャクしているのでしょうか。なんとなく責任を感じてしまい、何かを言おうと口を開こうとするのですが、なんとも言葉になりません。
そんな私を見かねたのか、蝶湖様が優しく私へ言葉をかけてくださいました。
「大丈夫、うらら。これは私たちの問題だから、気にしないでいいわ」
「そうだ。こいつがそう決めたなら、好きにさせればいい。どうせ止めたところで止まらんさ」
望月さんの言葉は、それ自体は突き放したような言い方ですが、心なしか蝶湖様への優しさがこもっているように聞こえます。
「後は日程か。二週間でと言いたいところだが、三週間で手を打つとしよう。いいよね」
三週間でっ?! 指を三本立て、有朋さんが、おののいています。
「有朋さんは、ダンスの経験はありませんの?」
「いや、少しは習ったんだけど……サボり気味で、あんまり……」
こっそりと確認すれば、まあ想定内の返事が返ってきます。
うーん、見てみなければわかりませんが、彼女のこの様子では確かにキツイのかもしれません。日程の引き延ばしが可能かどうか、新明さんの方を伺いますが、ニコリと笑顔を向けられ、
「完全バックアップの名に恥じないよう、レッスンの場も教師も全て提供しよう。八月、第三土曜の対決を楽しみにしているよ」
そう、清々しいほど無情に言い渡されました。
これは、仕方がないですね。諦めましょう、有朋さん。
「っ、なんで、よりにもよって、ダンスなのよっ!」
苦手なのにー! そう叫ばれる有朋さんですが、それをあの場でしなかっただけでも成長しましたねえ。四月の時ならば……ごほっ、んっ、んっ。
「だけど、本当に月詠さんは、ダンスしたことないのかしらね」
とても真っ当な疑問です。当然ですが、私もあの新明さんが提案された時そう思いました。
「けれども、皆さん否定されませんでしたし、第一、あの望月さんがそうおっしゃいましたから」
「うん。それはそうなんだけどなー」
皆さん方が帰られて、有朋さんと私だけがそのまま専用部室へ留まり、作戦会議をはじめました。
冷めてしまった紅茶を淹れ直し、一口いただけば豊かな香りが広がりホッとします。そうして一息つき、有朋さんへ向かいます。
「苦手と言いましたが、一応習いはしたのですよね?」
この乙女ゲームの為に、小さい時から色々と習い事をしてきたとの自己申告でしたが、どうも額面通りに受け取れない感じがしていましたので、ズバリお聞きします。
「……た、」
「た?」
「…………体験教室には、参加した?かなー……」
習っていませんでした。
「あの……薄々感じてはいたのですが」
「……うん」
「ピアノ以外、ほとんど習っていませんよね。料理も乗馬も全然やっていませんでしたね。マナー教室は? 英会話は? お茶やお花は? テニス? 日舞はどうでしょう。何か他に今習っています? 正直に話しましょう、有朋さん!」
一気にまくし立て、少々息がきれてしまいました。ハアハアと吐く息を整えながら有朋さんの答えを待ちます。
「って……さー……」
「はい?」
「だって、ヒロインなんだもん! 絶対、ぜぇーったい!ヒロイン補正が利くと思ったんだもん!」
開き直られた有朋さんが、大きな声で主張します。はい、確かに対決前の根拠無き自信に満ち溢れていた時は、そう思っているふしはありました。
ヒロインだから、なんだかんだといっても勝てるのだろうと。
けれども、と改めてお聞きします。
「それで、対決を始めてから、どう思われました?」
「それは……そんなことは全く無かった。それどころか、うららにだって負けるし。我ながら無茶な勝負仕掛けたなーって思ったわ」
その通りですね。
「でも……」
「でも?」
「月嫁美人の乙女ゲームのヒロインのつもりで始めた対決だったけど……途中からなんか攻略対象者とかどうでもよくなってきたかなー、って」
「は?」
まさかの乙女ゲーム全否定でした。
「いやいや、話は全部聞いて!」
私の開いた口を見て、有朋さんが手を出しストップ表示をします。はい、聞きましょう。
「だからー、あんたや月詠さんたちと一緒になって色んな事頑張ったり、対決して喜んだり悔しがってるのが楽しくて、ここが乙女ゲームの世界だとか、すっかり忘れてたってことよ!」
もうね、攻略の為にこの対決やってんじゃないの。そう、顔を真っ赤にして言い切りました。
攻略の為にしていない? だとしたら、何故続けられているのでしょうか?私の疑問は口から漏れだしていて、しっかりと有朋さんの耳に届いていたようです。
すると、有朋さんはぷいっと横を向いて、小さく呟きます。
「友達と、一緒になってなんかやるのって、それだけで楽しいなって」
なんとまあ、随分と変わられました。
初めてお会いした時、あれだけ乙女ゲームに固執していらしたというのに、どういった心境の変化でしょうか。そう言えばと思い返せば、乗馬でもロゼリラに信頼を寄せる言葉もありました。
「あ、でもだからこそ、勝ちにいきたいのよ。五番勝負の最後の対決だし。ガチンコでやりたいから悩んでるんだからね!」
そうでしたか!
まさか、有朋さんがそんなふうに考えていられるとは思ってもいませんでしたが、それなら私も持てるテクニックを全てお教えしましょう!
「あれ?なんか寒気がするんだけど……ちょっと、うらら……目がマジ……え?」
それは、完璧令嬢の蝶湖様にとって、大変有利な対決種目なのではないのでしょうか?
本当にいいのでしょうかと、有朋さんと顔を合わせていると、蝶湖様の苦々しい声が聞こえました。
「本当に人の弱みを突くのがお上手ね、朔」
「蝶湖、君ほどではないよ」
嫌みの応酬を繰り返す二人の笑顔が大変恐ろしく感じます。
そんなブリザード吹き荒ぶ中、有朋さんが大きな声でその空気を一掃しました。
「え、何? まさか、月詠さん、ダンス出来ないの?」
直球過ぎます。
「こいつはダンスを踊ったことはない」
今まで一度もな。望月さんが私たちに、そう教えてくれたのですが、こちらも大層不快感を露わになさっています。
「それをわかっていて、提案したんだな?」
「勿論だよ。蝶湖こそ、自分が何を提案するか、わかっていて受けたのだろう?満は先にそっちを聞くべきだね」
新明さんが望月さんへ話す態度も、ざっくばらんなのは普段通りですが、以前より若干投げやりになっているような気がします。
あの、私への暴言以来、やはり皆さんと少しギクシャクしているのでしょうか。なんとなく責任を感じてしまい、何かを言おうと口を開こうとするのですが、なんとも言葉になりません。
そんな私を見かねたのか、蝶湖様が優しく私へ言葉をかけてくださいました。
「大丈夫、うらら。これは私たちの問題だから、気にしないでいいわ」
「そうだ。こいつがそう決めたなら、好きにさせればいい。どうせ止めたところで止まらんさ」
望月さんの言葉は、それ自体は突き放したような言い方ですが、心なしか蝶湖様への優しさがこもっているように聞こえます。
「後は日程か。二週間でと言いたいところだが、三週間で手を打つとしよう。いいよね」
三週間でっ?! 指を三本立て、有朋さんが、おののいています。
「有朋さんは、ダンスの経験はありませんの?」
「いや、少しは習ったんだけど……サボり気味で、あんまり……」
こっそりと確認すれば、まあ想定内の返事が返ってきます。
うーん、見てみなければわかりませんが、彼女のこの様子では確かにキツイのかもしれません。日程の引き延ばしが可能かどうか、新明さんの方を伺いますが、ニコリと笑顔を向けられ、
「完全バックアップの名に恥じないよう、レッスンの場も教師も全て提供しよう。八月、第三土曜の対決を楽しみにしているよ」
そう、清々しいほど無情に言い渡されました。
これは、仕方がないですね。諦めましょう、有朋さん。
「っ、なんで、よりにもよって、ダンスなのよっ!」
苦手なのにー! そう叫ばれる有朋さんですが、それをあの場でしなかっただけでも成長しましたねえ。四月の時ならば……ごほっ、んっ、んっ。
「だけど、本当に月詠さんは、ダンスしたことないのかしらね」
とても真っ当な疑問です。当然ですが、私もあの新明さんが提案された時そう思いました。
「けれども、皆さん否定されませんでしたし、第一、あの望月さんがそうおっしゃいましたから」
「うん。それはそうなんだけどなー」
皆さん方が帰られて、有朋さんと私だけがそのまま専用部室へ留まり、作戦会議をはじめました。
冷めてしまった紅茶を淹れ直し、一口いただけば豊かな香りが広がりホッとします。そうして一息つき、有朋さんへ向かいます。
「苦手と言いましたが、一応習いはしたのですよね?」
この乙女ゲームの為に、小さい時から色々と習い事をしてきたとの自己申告でしたが、どうも額面通りに受け取れない感じがしていましたので、ズバリお聞きします。
「……た、」
「た?」
「…………体験教室には、参加した?かなー……」
習っていませんでした。
「あの……薄々感じてはいたのですが」
「……うん」
「ピアノ以外、ほとんど習っていませんよね。料理も乗馬も全然やっていませんでしたね。マナー教室は? 英会話は? お茶やお花は? テニス? 日舞はどうでしょう。何か他に今習っています? 正直に話しましょう、有朋さん!」
一気にまくし立て、少々息がきれてしまいました。ハアハアと吐く息を整えながら有朋さんの答えを待ちます。
「って……さー……」
「はい?」
「だって、ヒロインなんだもん! 絶対、ぜぇーったい!ヒロイン補正が利くと思ったんだもん!」
開き直られた有朋さんが、大きな声で主張します。はい、確かに対決前の根拠無き自信に満ち溢れていた時は、そう思っているふしはありました。
ヒロインだから、なんだかんだといっても勝てるのだろうと。
けれども、と改めてお聞きします。
「それで、対決を始めてから、どう思われました?」
「それは……そんなことは全く無かった。それどころか、うららにだって負けるし。我ながら無茶な勝負仕掛けたなーって思ったわ」
その通りですね。
「でも……」
「でも?」
「月嫁美人の乙女ゲームのヒロインのつもりで始めた対決だったけど……途中からなんか攻略対象者とかどうでもよくなってきたかなー、って」
「は?」
まさかの乙女ゲーム全否定でした。
「いやいや、話は全部聞いて!」
私の開いた口を見て、有朋さんが手を出しストップ表示をします。はい、聞きましょう。
「だからー、あんたや月詠さんたちと一緒になって色んな事頑張ったり、対決して喜んだり悔しがってるのが楽しくて、ここが乙女ゲームの世界だとか、すっかり忘れてたってことよ!」
もうね、攻略の為にこの対決やってんじゃないの。そう、顔を真っ赤にして言い切りました。
攻略の為にしていない? だとしたら、何故続けられているのでしょうか?私の疑問は口から漏れだしていて、しっかりと有朋さんの耳に届いていたようです。
すると、有朋さんはぷいっと横を向いて、小さく呟きます。
「友達と、一緒になってなんかやるのって、それだけで楽しいなって」
なんとまあ、随分と変わられました。
初めてお会いした時、あれだけ乙女ゲームに固執していらしたというのに、どういった心境の変化でしょうか。そう言えばと思い返せば、乗馬でもロゼリラに信頼を寄せる言葉もありました。
「あ、でもだからこそ、勝ちにいきたいのよ。五番勝負の最後の対決だし。ガチンコでやりたいから悩んでるんだからね!」
そうでしたか!
まさか、有朋さんがそんなふうに考えていられるとは思ってもいませんでしたが、それなら私も持てるテクニックを全てお教えしましょう!
「あれ?なんか寒気がするんだけど……ちょっと、うらら……目がマジ……え?」