元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
そうして仲直りした有朋さんと私は、早速練習方法についてもう一度しっかりと話し合うことに決めました。
「姿勢は普段から気をつけるし、レッスン始めや途中、きっちりチェックはしてもらうわ」
「その分ステップの練習に時間を使いましょう」
そんな、互いに出し合う提案を、蝶湖様と下弦さんがにこにこと微笑まれながら見守って下さっています。
有朋さんが飛び出して行ってしまったあの後、下弦さんがそれはとても心配して、話をして下さったそうです。私の教え方は多少厳しいものの、間違ったことは言っていないこと、それも意地悪なんかではなく全ては有朋さんの為にしていること、と。
教えることが出来ることに浮かれて、彼女に説明不足でいたところを、全部カバーして下さった下弦さんには感謝の念しかありません。
そう気持ちを伝えると、蝶湖様が感謝しかないのよね、と変な念を押されます。
そんなことないですよ、ちゃんと好意もありますと言えば、ムスッとした表情で、それはいらないからと言われました。
なんだか最近、蝶湖様の表情がコロコロと変わられます。それを可愛らしいと思ってしまう私はちょっとおかしいでしょうか?
「けどさあ、月詠さんこんな所に来て大丈夫? 朔くんに文句言われないの?」
ごもっともな質問です。
「あら、大丈夫よ。ここは、ダンスの練習用に提供されたのでしょう? だったら私が居ても悪くないのでは?」
質問に質問で返されましたが、多分その理屈は通らないと思います。他の方ならいざ知らず、新明さんが納得されるとは思えません。また蝶湖様と険悪な雰囲気にならなければよいですが。
「まあまあ。そこは僕も口を利くから」
「貸しの一部ですか?」
私がそう確認しますと苦笑いしながら、「そうだよ」と答えられました。
「あの失言はそれくらい大きいから」
貸しとは、やっぱりあの馬場での話でした。
そんなにトップシークレットだったのですね。乙女ゲームの設定として、有朋さんが普通に知っていられたので周知の事実だと思っていました。
「え、月詠さんが跡継ぎだって、そんなに言っちゃダメなことだったの?」
何故、今それを言うのですか。聞かなかったことにして下さいといわれましたよね、有朋さん。
蝶湖様と下弦さんが顔を見合わせてほくそ笑みます。
「そこまでじゃないわよ。私にとっては、ね」
「はあ?! じゃ、何で朔くんはそんなに大事にしてんのよ」
下弦さんは肩をすくめた後、なんてことないというように話します。
「朔くんにとっては大地が揺るがされるほど大事でも、蝶湖には大事じゃないってことだけさ」
「意味がわからないわ」
「ははは、そうだね。でも対外的にバレると面倒だってのは本当だから、黙っておいて。……特に、今は」
そう言って、下弦さんは口元にそっと人差し指を置きました。その仕草をみた有朋さんの頬が、ほんの少し赤く染まったのは見なかった事にしましょう。
一度片付けたティーセットをもう一度出し直し、お茶を淹れました。蝶湖様の持ってきて下さったお土産のお菓子を添えれば、立派な午後のお茶会ですね。
先ほどまでのごたごたが嘘のようなのんびりした時間です。そのはずです。
……でしたが、何故かだんだんと下弦さんの様子がおかしくなってきました。
「大体ねえ、僕らはみんな欠陥だらけなんだよ。頭がいいのに融通が利かないやつに、頭が悪い癖に要領だけいいやつ、勉強ができる割に空気の読めないやつ」
そんなのばっかの集まりだよ。
友人を評するには少々辛口な気がしますが、誰がだれとは言われなくてもなんとなくわかってしまうところが、流石は友人だと言うべきですね。
「ぶはっ! なにそれ、おかしぃーいっ!」
合いの手を打つ有朋さんも、いつもの三倍増して陽気になっているのですが、一体どうしたことでしょうか。慌てて蝶湖様を見ても、軽く首を傾げてじっと私を見るだけです。
「えー、じゃあさ、じゃあ、朧くんとー、ちょーこさんは? 後、王子! どんなのなののよお??」
クエスチョンマークの乱舞に加えて、呂律まで怪しくなりました。大体、蝶湖様を名前呼びまでしています。
「僕? 僕はそりゃあ、要領がいい分なあなあで済ます、つまんないやつだよ……こげふぁ、ふがっ、ぐっ!」
ご自分のことを自嘲気味に話された後、蝶湖様に口を顔ごと塞がれました。
「何を言おうとしているのかしらね、朧?」
顔は笑っていますが、目は全く笑っていません。その蝶湖様が、下弦さんから目を離し、お土産に持ってきたチョコレートを確認されながら言葉を続けます。
「度数が高かったかしら?」
「ウィスキーボンボンですよね。美味しかったですよ」
前世でも強めのお酒が入った、チョコレート菓子とよく似た様なものがありましたが、今いただいたものはとてもコクがあり、前世で食べたものよりも断然美味しいものでした。
その味を思い出し、うっとりとする私に向かい、
「うららはアルコールに強いのね」
そう、少し残念そうに言われましたが、お強いのは蝶湖様も一緒ですよね。ケロッとされているじゃないですか。
「さて、どうしましょう」
あれからしばらく、ぐだぐだと何かを喋っていられた下弦さんと有朋さんですが、いつの間にかテーブルへ突っ伏していて、今は夢の中のようです。
「これでは今日の練習はもう無理ですね。私は有朋さんのお家へ連絡しますので、蝶湖さんは下弦さんをお願いしてもよろしいですか?」
連絡の前に少しテーブルの上を片付けようとしたところ、突然蝶湖様が私の手をギュッと捕まえ握りしめました。
「もう、帰るの?」
上目遣いでそんなふうに尋ねられ、胸がどきんと跳ね上がります。制服とは違う、今日のパンツスタイルは本当に蝶湖様に似合い過ぎです。
「帰りますよ。こうしていても仕方がありませんし……」
私がドアをちらりと見てからそう答えると、蝶湖様は私に向かい、躊躇いがちにこうおっしゃりました。
「……ね、少しだけ、一緒に踊らない?」
「姿勢は普段から気をつけるし、レッスン始めや途中、きっちりチェックはしてもらうわ」
「その分ステップの練習に時間を使いましょう」
そんな、互いに出し合う提案を、蝶湖様と下弦さんがにこにこと微笑まれながら見守って下さっています。
有朋さんが飛び出して行ってしまったあの後、下弦さんがそれはとても心配して、話をして下さったそうです。私の教え方は多少厳しいものの、間違ったことは言っていないこと、それも意地悪なんかではなく全ては有朋さんの為にしていること、と。
教えることが出来ることに浮かれて、彼女に説明不足でいたところを、全部カバーして下さった下弦さんには感謝の念しかありません。
そう気持ちを伝えると、蝶湖様が感謝しかないのよね、と変な念を押されます。
そんなことないですよ、ちゃんと好意もありますと言えば、ムスッとした表情で、それはいらないからと言われました。
なんだか最近、蝶湖様の表情がコロコロと変わられます。それを可愛らしいと思ってしまう私はちょっとおかしいでしょうか?
「けどさあ、月詠さんこんな所に来て大丈夫? 朔くんに文句言われないの?」
ごもっともな質問です。
「あら、大丈夫よ。ここは、ダンスの練習用に提供されたのでしょう? だったら私が居ても悪くないのでは?」
質問に質問で返されましたが、多分その理屈は通らないと思います。他の方ならいざ知らず、新明さんが納得されるとは思えません。また蝶湖様と険悪な雰囲気にならなければよいですが。
「まあまあ。そこは僕も口を利くから」
「貸しの一部ですか?」
私がそう確認しますと苦笑いしながら、「そうだよ」と答えられました。
「あの失言はそれくらい大きいから」
貸しとは、やっぱりあの馬場での話でした。
そんなにトップシークレットだったのですね。乙女ゲームの設定として、有朋さんが普通に知っていられたので周知の事実だと思っていました。
「え、月詠さんが跡継ぎだって、そんなに言っちゃダメなことだったの?」
何故、今それを言うのですか。聞かなかったことにして下さいといわれましたよね、有朋さん。
蝶湖様と下弦さんが顔を見合わせてほくそ笑みます。
「そこまでじゃないわよ。私にとっては、ね」
「はあ?! じゃ、何で朔くんはそんなに大事にしてんのよ」
下弦さんは肩をすくめた後、なんてことないというように話します。
「朔くんにとっては大地が揺るがされるほど大事でも、蝶湖には大事じゃないってことだけさ」
「意味がわからないわ」
「ははは、そうだね。でも対外的にバレると面倒だってのは本当だから、黙っておいて。……特に、今は」
そう言って、下弦さんは口元にそっと人差し指を置きました。その仕草をみた有朋さんの頬が、ほんの少し赤く染まったのは見なかった事にしましょう。
一度片付けたティーセットをもう一度出し直し、お茶を淹れました。蝶湖様の持ってきて下さったお土産のお菓子を添えれば、立派な午後のお茶会ですね。
先ほどまでのごたごたが嘘のようなのんびりした時間です。そのはずです。
……でしたが、何故かだんだんと下弦さんの様子がおかしくなってきました。
「大体ねえ、僕らはみんな欠陥だらけなんだよ。頭がいいのに融通が利かないやつに、頭が悪い癖に要領だけいいやつ、勉強ができる割に空気の読めないやつ」
そんなのばっかの集まりだよ。
友人を評するには少々辛口な気がしますが、誰がだれとは言われなくてもなんとなくわかってしまうところが、流石は友人だと言うべきですね。
「ぶはっ! なにそれ、おかしぃーいっ!」
合いの手を打つ有朋さんも、いつもの三倍増して陽気になっているのですが、一体どうしたことでしょうか。慌てて蝶湖様を見ても、軽く首を傾げてじっと私を見るだけです。
「えー、じゃあさ、じゃあ、朧くんとー、ちょーこさんは? 後、王子! どんなのなののよお??」
クエスチョンマークの乱舞に加えて、呂律まで怪しくなりました。大体、蝶湖様を名前呼びまでしています。
「僕? 僕はそりゃあ、要領がいい分なあなあで済ます、つまんないやつだよ……こげふぁ、ふがっ、ぐっ!」
ご自分のことを自嘲気味に話された後、蝶湖様に口を顔ごと塞がれました。
「何を言おうとしているのかしらね、朧?」
顔は笑っていますが、目は全く笑っていません。その蝶湖様が、下弦さんから目を離し、お土産に持ってきたチョコレートを確認されながら言葉を続けます。
「度数が高かったかしら?」
「ウィスキーボンボンですよね。美味しかったですよ」
前世でも強めのお酒が入った、チョコレート菓子とよく似た様なものがありましたが、今いただいたものはとてもコクがあり、前世で食べたものよりも断然美味しいものでした。
その味を思い出し、うっとりとする私に向かい、
「うららはアルコールに強いのね」
そう、少し残念そうに言われましたが、お強いのは蝶湖様も一緒ですよね。ケロッとされているじゃないですか。
「さて、どうしましょう」
あれからしばらく、ぐだぐだと何かを喋っていられた下弦さんと有朋さんですが、いつの間にかテーブルへ突っ伏していて、今は夢の中のようです。
「これでは今日の練習はもう無理ですね。私は有朋さんのお家へ連絡しますので、蝶湖さんは下弦さんをお願いしてもよろしいですか?」
連絡の前に少しテーブルの上を片付けようとしたところ、突然蝶湖様が私の手をギュッと捕まえ握りしめました。
「もう、帰るの?」
上目遣いでそんなふうに尋ねられ、胸がどきんと跳ね上がります。制服とは違う、今日のパンツスタイルは本当に蝶湖様に似合い過ぎです。
「帰りますよ。こうしていても仕方がありませんし……」
私がドアをちらりと見てからそう答えると、蝶湖様は私に向かい、躊躇いがちにこうおっしゃりました。
「……ね、少しだけ、一緒に踊らない?」