元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「……蝶湖さんは……ダンスを踊れますの?」
あまりにも唐突な申し出に、驚き妙な返答をしてしまいました。
以前望月さんは、蝶湖様はダンスを踊ったことはないと言われましたが、踊れないとは一言も言ってはいないのです。
動物に嫌われ易いからと、あまり嗜んでこられなかった乗馬も、少し練習した程度であれほど乗りこなせたのですから、運動が苦手なわけがありません。
事実三日月さんも、私と有朋さんが蝶湖様に勝てるスポーツは、乗馬以外には絶対にないと断言されていました。
だとしたら、今までは蝶湖様自身の意志で踊らなかったのでしょう。
それなのに、何故今ここで、私を誘われるのですか?
そんな疑問がぐるぐる回る頭の中とはうらはらに、胸の中、たった一つの気持ちが自然と言葉になって出てきてしまいます。
「私と踊ってくださるのですか?」
再度、蝶湖様へと尋ねます。すると、握られた手に力が込められました。
「うららと踊りたいの」
真っ直ぐに見つめられて、顔に熱がこもります。
見つめ返すと、蝶湖様の目元もほんのりと赤くなっていました。そんな蝶湖様の表情に、恥ずかしく思いながらも頷こうとした瞬間、あることに気がつき声を上げました。
「あ! ダメですよ、蝶湖さん」
「え?」
私の声に即座に反応された蝶湖様は、一瞬で眉が下がり、「どうして?」と返されます。
いえ、決して嫌なのではありません。ただ、
「私、男性パートのステップはうろ覚えですから……」
実はダンスを踊れるのだとしても、まさか蝶湖様が男性パートまで踊れるということはないですよね?
そうなると、当然私がそちらの立ち位置になるわけですが、お遊び程度にはしたことがあるだけで、生憎とそこまできちんと練習したことはありません。
「練習しておきますので、日を改めて踊りませんか?」
そう私の意図を伝えると、蝶湖様は額に手を当てたまま、何かぶつぶつと呟いています。一体、どうしたのでしょうか?
下から見上げるように覗き込むと、ご自分の世界へ入っていらした蝶湖様が慌てて声を荒げました。
「っ、うらら!」
「は、」
「おい!迎えに来てやったぞ」
また被せられましたが、今日は全く趣が違いますね。
声のしたドアの方を向くと、何故かそこには腕組みをした望月さんがドア横の壁に寄りかかっていたのです。
「満、何でここに?!」
「人の話を聞け。迎えに来てやったと言っただろうが」
「頼んでない」
ぶすっとむくれて蝶湖様が返事をしますが、望月さんは全く意に介しません。すたすたとテーブルまで寄ってきたかと思うと、下弦さんの頬をぺしぺしと二、三発軽く叩き、起こそうとします。
「どうせお前がこっちに来ているから連れ帰ってこいと、朔に頼まれたんだよ」
今夜のパーティー忘れてないだろうな。そう言いながら、半分寝ているように唸る下弦さんに肩を貸して立たせました。
「覚えている……わよ」
心底どうでもいいとでも言うように返事をされる蝶湖様ですが、約束は守って下さいね。
「蝶湖さん、私も練習しますので、また今度にしましょう」
「うらら……」
頑張りますね、と拳を握った姿を見せると、諦めたようなため息を吐かれます。
「わかったわ……でも、練習はしなくても大丈夫よ」
「え?」
何故でしょうか? と尋ねる前に、望月さんから、車を別に用意してあるから乗って行くようにと勧められました。ありがたくご厚意をお受けすると伝えますと、蝶湖様と同じ様にむくれながら呟きます。
「本当に、俺は貧乏くじばかり引かされる」
なるほど、望月さんは、貧乏くじポジションなのですね。
……普段の言動からは逆のような気もしますが、蝶湖様絡みですと、なんとなくそんな気もします。
「ねえ、きららちゃん。ずっと前に遊んだダンスってまだ踊れるかしら?」
「ふぇっ? あー……ダンスね、はいはい。どうかなー。うーん?」
晩ご飯あとのデザートだと、塩大福をもぐもぐと食べながら、きららちゃんがいささか自信なさげに首を捻ります。
きららちゃんがお姫様に憧れていた小さな頃、簡単にですがダンスを教えたことがありました。遊びがてらでしたが、それは楽しそうにしていたと思います。それを考えるとやはり有朋さんには相当きつく練習させてしまいましたね。反省しましょう。
あ、そうそう。もし覚えているようなら、私の男性パート練習に付き合って貰おうかと思いましたが、少し無理そうです。
残念。と首を傾けると、どういうことか横からトントンと肩を叩かれました。
「はると君、なあに?」
「俺、覚えてんだけど?」
これにはビックリしました。
確かに、きららちゃんと一緒に教えたことがありましたが、それは本当に遊びみたいなノリでした。それなのにまだ覚えていてくれていたのだと思うと、嬉しいものですね。
ホールドの形を取ってみせてくれました。なかなか様になっています。
「けれども、私が練習したいのは男性パートなのよねえ」
「む?」
「えー、何それ? 何でー?」
興味津々といった様子で二人とも食いついてきましたけれど、それほど大したことはありませんよ。
「お友達と一緒に踊ろうと思っているだけなの」
そう答えると、きららちゃんは、なーんだと言って、もう興味はテレビのアイドルに移っています。
はると君だけが、首を傾げながら不機嫌そうな声を出しました。
「あの……月詠って人と踊るの?」
またまた、ビックリです。
そういえば、はると君は一度蝶湖様と会ったことがありましたね。けれども、そんなに気になるようなことでしょうか?
「そうよ。それがどうかしたかしら?」
不思議に思い尋ねると、「うん……何でもない」と、なんとも歯切れの悪いもの言いで返されてしまいました。
あまりにも唐突な申し出に、驚き妙な返答をしてしまいました。
以前望月さんは、蝶湖様はダンスを踊ったことはないと言われましたが、踊れないとは一言も言ってはいないのです。
動物に嫌われ易いからと、あまり嗜んでこられなかった乗馬も、少し練習した程度であれほど乗りこなせたのですから、運動が苦手なわけがありません。
事実三日月さんも、私と有朋さんが蝶湖様に勝てるスポーツは、乗馬以外には絶対にないと断言されていました。
だとしたら、今までは蝶湖様自身の意志で踊らなかったのでしょう。
それなのに、何故今ここで、私を誘われるのですか?
そんな疑問がぐるぐる回る頭の中とはうらはらに、胸の中、たった一つの気持ちが自然と言葉になって出てきてしまいます。
「私と踊ってくださるのですか?」
再度、蝶湖様へと尋ねます。すると、握られた手に力が込められました。
「うららと踊りたいの」
真っ直ぐに見つめられて、顔に熱がこもります。
見つめ返すと、蝶湖様の目元もほんのりと赤くなっていました。そんな蝶湖様の表情に、恥ずかしく思いながらも頷こうとした瞬間、あることに気がつき声を上げました。
「あ! ダメですよ、蝶湖さん」
「え?」
私の声に即座に反応された蝶湖様は、一瞬で眉が下がり、「どうして?」と返されます。
いえ、決して嫌なのではありません。ただ、
「私、男性パートのステップはうろ覚えですから……」
実はダンスを踊れるのだとしても、まさか蝶湖様が男性パートまで踊れるということはないですよね?
そうなると、当然私がそちらの立ち位置になるわけですが、お遊び程度にはしたことがあるだけで、生憎とそこまできちんと練習したことはありません。
「練習しておきますので、日を改めて踊りませんか?」
そう私の意図を伝えると、蝶湖様は額に手を当てたまま、何かぶつぶつと呟いています。一体、どうしたのでしょうか?
下から見上げるように覗き込むと、ご自分の世界へ入っていらした蝶湖様が慌てて声を荒げました。
「っ、うらら!」
「は、」
「おい!迎えに来てやったぞ」
また被せられましたが、今日は全く趣が違いますね。
声のしたドアの方を向くと、何故かそこには腕組みをした望月さんがドア横の壁に寄りかかっていたのです。
「満、何でここに?!」
「人の話を聞け。迎えに来てやったと言っただろうが」
「頼んでない」
ぶすっとむくれて蝶湖様が返事をしますが、望月さんは全く意に介しません。すたすたとテーブルまで寄ってきたかと思うと、下弦さんの頬をぺしぺしと二、三発軽く叩き、起こそうとします。
「どうせお前がこっちに来ているから連れ帰ってこいと、朔に頼まれたんだよ」
今夜のパーティー忘れてないだろうな。そう言いながら、半分寝ているように唸る下弦さんに肩を貸して立たせました。
「覚えている……わよ」
心底どうでもいいとでも言うように返事をされる蝶湖様ですが、約束は守って下さいね。
「蝶湖さん、私も練習しますので、また今度にしましょう」
「うらら……」
頑張りますね、と拳を握った姿を見せると、諦めたようなため息を吐かれます。
「わかったわ……でも、練習はしなくても大丈夫よ」
「え?」
何故でしょうか? と尋ねる前に、望月さんから、車を別に用意してあるから乗って行くようにと勧められました。ありがたくご厚意をお受けすると伝えますと、蝶湖様と同じ様にむくれながら呟きます。
「本当に、俺は貧乏くじばかり引かされる」
なるほど、望月さんは、貧乏くじポジションなのですね。
……普段の言動からは逆のような気もしますが、蝶湖様絡みですと、なんとなくそんな気もします。
「ねえ、きららちゃん。ずっと前に遊んだダンスってまだ踊れるかしら?」
「ふぇっ? あー……ダンスね、はいはい。どうかなー。うーん?」
晩ご飯あとのデザートだと、塩大福をもぐもぐと食べながら、きららちゃんがいささか自信なさげに首を捻ります。
きららちゃんがお姫様に憧れていた小さな頃、簡単にですがダンスを教えたことがありました。遊びがてらでしたが、それは楽しそうにしていたと思います。それを考えるとやはり有朋さんには相当きつく練習させてしまいましたね。反省しましょう。
あ、そうそう。もし覚えているようなら、私の男性パート練習に付き合って貰おうかと思いましたが、少し無理そうです。
残念。と首を傾けると、どういうことか横からトントンと肩を叩かれました。
「はると君、なあに?」
「俺、覚えてんだけど?」
これにはビックリしました。
確かに、きららちゃんと一緒に教えたことがありましたが、それは本当に遊びみたいなノリでした。それなのにまだ覚えていてくれていたのだと思うと、嬉しいものですね。
ホールドの形を取ってみせてくれました。なかなか様になっています。
「けれども、私が練習したいのは男性パートなのよねえ」
「む?」
「えー、何それ? 何でー?」
興味津々といった様子で二人とも食いついてきましたけれど、それほど大したことはありませんよ。
「お友達と一緒に踊ろうと思っているだけなの」
そう答えると、きららちゃんは、なーんだと言って、もう興味はテレビのアイドルに移っています。
はると君だけが、首を傾げながら不機嫌そうな声を出しました。
「あの……月詠って人と踊るの?」
またまた、ビックリです。
そういえば、はると君は一度蝶湖様と会ったことがありましたね。けれども、そんなに気になるようなことでしょうか?
「そうよ。それがどうかしたかしら?」
不思議に思い尋ねると、「うん……何でもない」と、なんとも歯切れの悪いもの言いで返されてしまいました。