元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「あれ、君が今年の新入生代表だったの?」

 入学式が始まるまであとほんの少し、壇上に一番近い椅子に座っていたところで聞こえた声に顔を向ければ、先程のキラキラ様御一行の内のお一方がにこやかに微笑んでいました。御一行の中でも一番大人っぽく、前髪を上げている姿からはなんだかあやしいフェロモンが漂ってきそうです。

「はい。代表で挨拶をさせていただきます。天道うららです」
「そう、天道君が特待生なんだね。入学おめでとう」
「ありがとうございます」

「自分は新明(しんみょう)朔太朗(さくたろう)。三年で、一応今年の生徒会長を任せられているから、何かあったら遠慮なく言ってきてくれ」

 そう言ったあとで、ふっと喉から何かを留めるような音が聞こえたので、きっと先程のアレを思い出したのでしょう。
 すでに『何かあった』のですが、遠慮なく言ってもよろしいのでしょうか?
 などと思い巡らせていたところ、いつの間にか式が挙行されていました。集中しなければいけません。
 司会の新入生代表を紹介する声で壇上に上がります。少し高いところから大勢の方々を見るというのはなんとも落ち着きません。お母様ならばここで『ごらんなさい人がゴミのようよ 』と言い出しそうですが、ゴミどころか宝石のように皆さんキラキラしていますよ。流石は皆さん良家の出です。庶民の私とは違いますね。 
 その中でも一段とキラキラしく輝く光に目を向ければ、そこにはやはり生まれついてのお嬢様であろう、月詠蝶湖様がいらっしゃるのが見てとれました。
 先ほども感じたのですが、本当に美しい方なのだと思います。その姿もですが、とにかく仕草や立ち振る舞いが素晴らしいのです。艶やかなのに決してでしゃばることのない、まるで月の女神のようなその佇まいにうっとりとしていましたら、目が合い、ニコリと笑いながら小さく手を振っていただきました。
 その姿にまたドキリとさせられて、思わず壇上にいることを忘れてしまいそうになったのです。本当に目を引く素敵な方ですね。

 そうして入学式も滞りなく終わり、いよいよクラス毎のオリエンテーションとなりました。
 廊下にいても聞こえるざわざわと楽しそうな声。幼稚舎から通っていられる生徒が多いということですから、きっと皆さんお知り合いなのですね。私も早くお友達が欲しいです、と教室のドアを開け入室すると先程までのさざめきが段々と消えていきます。

 あら。これはなんとしたことでしょう。
 もしやこれは、見るからに庶民の私が何故ここに。場違いだわ。という、皆さんの意思表示なのでしょうか?

 だとしたら困りますわ。このあたりで完全特待生制度を設けている高校は他にはありません。無料で通えるところはないのです。なんとしても認めてもらわなければ。
 こういうときは笑顔で挨拶ですよ。淑やかに、丁寧に。頑張れ前世のマナー。

「ごきげんよう」

 一瞬の沈黙、そしてどよめきが湧きました。失敗でしょうか。
 うーん、それではどうしたらいいのかと次の手を考えていたところ、肩に手が置かれました。

「ねえ、入り口でどうしたの? あれ、さっきの?」
「あ……」

 キラキラ様御一行のお一方です。同じクラスですか、なんだか縁がありますような。

「同じクラスなんだ。縁があるのかな?」

 まあ、考えを読まれましたか?

「こんなところで会話もなんだから、中へどうぞ」

 さりげなく窓際の席までエスコートしてくれます。様になっていますね。茶色のふわふわした髪にくりっとした瞳がとても可愛らしく、なんだかテレビで見かけるアイドルのような男の子です。
 彼が姿を現した途端にざわめきが復活しました。特に女生徒の黄色い声が大きく聴こえます。

「ありがとうございます」
「天道……うららさんだったよね。新入生代表の」
「はい、そうです。あの、よろしかったらお名前を教えていただけますか?」
「うん。下弦(しもづる)(おぼろ) 、幼稚舎からこの学園だから何でも聞いて。よろしくね」

 人懐こそうな笑顔で名前を教えてくださいました。よし、クラスメイトでまずは一人とお知り合いです。

「それで、ドアの前でどうかしたの?」
「あ、いえ。私が教室に入ったら急に静かになってしまったので、場違いなのかなって心配になってしまって……」
「……いや、逆でしょ」
「え?」

 どういうことか尋ねようと口を開きかけた瞬間、ドガンっ! と大きな音が響きました。そして沈黙。まるで本当にシーン、という擬音が聞こえたような気がするくらいでした。
 もの凄く嫌な予感がします。振り返らなくてもわかりましたよ。あの、フー、フー、という息遣いは聞き覚えがあります。
 ……勘弁してください。

「なんでっ、私のっ、イベントっ、横取りすんのよぉおおおお!!!」

 縁なくてよかったのにー。少し神様を恨みたくなりました。
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