元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
手直しされたドレスの試着と最終チェックが済んだところで、今日はちゃんと予約しておいたからと、昨日のカフェへと案内されました。
雫さんもこのカフェのことを知っていたようで、きららちゃんと一緒になり、きゃあきゃあと喜んでメニューを眺めつつの一言です。
「けどさ、マジでビックリしたわ。何あれ? ヒゲがないだけであんなに変わるの?」
雫さん、ご本人を目の前にして、あれ呼ばわりはどうかと思います。
「色男になったでしょ。こうしたら、朧に似てない?」
流石は大人の余裕で、雫さんの暴言もさらりとかわされます。そうして、アイドル張りの笑顔にウインクといったポーズを取られました。
「似てねーわ! この、くそ清晴っ!」
脊髄反射するかのように、珍しく口の悪い下弦さんが食ってかかります。
きららちゃんはアイドルポーズの上弦さんを見て、きゃーっと喜んでいますが、雫さんは眉根を寄せて、ないわーと呟きました。
「それでもポーズはともかく、お顔は似ていますよね」
私の言葉に、下弦さんと雫さん、お二人が同時にしょっぱい顔をされました。
その顔があまりにもおかしくて、なんだか急に力が抜けたと思うと、ふっと笑いが込み上げて来たのです。
「あ、ようやく笑った」
「え……」
「ん? うらら、気がついてなかったの?あんた、今日ずーっと、しかめっ面だったの」
ねえ。と、下弦さんへと同意を求めます。そして控えめながらも、「そうだね」と返事をされました。
そ、そんな失礼な顔をしていたのでしょうか。
いくら、気持ちが落ち着かないとはいえ、申し訳ありませんと、慌てて上弦さんの方へ顔を向ければ、うんうんと頷かれました。
「わかってるから。でも、ドレスはちゃんと気に入ってくれたんでしょ?」
「はい。それは、勿論です」
あんなに素晴らしいドレスは、前世でも袖を通したことがありませんでした。先ほどの試着で鏡に映った自分を思い出します。
私には勿体ないほどの美しいドレス。あのドレスを着てダンスを踊れたのなら、どんなに素敵なことでしょう。
一昨日までの私なら、きっと浮かれてすぎて、当日まで随分と落ち着かない思いをしていたに違いありません。
でも、どうしてか今の私には、踊る自分の姿が見えて来ないのです。
パートナーの顔が、ステップが、何もかもぼやけてしまっています。こんな気持ちで、本当にあのドレスに相応しいといえるのでしょうか。
再度、上弦さんの表情を伺うと、今度はとても静かな笑みをたたえて、諭すように伝えてくださいました。
「大丈夫。自信を持って、ドレス姿を見せびらかせておいで。きっと、全部上手くいくよ」
きっと、全部上手くいく。
何故かその言葉がすーっと心の中に染みていきます。
そうですよね。とにかく、今はダンス対決に集中しなければいけません。
蝶湖様のことは、今私がぐだぐだと考えていても仕方がないことです。
私にしても、習ってないはずのダンスが出来ること、馬に乗れること、そして前世のことを、全部隠したままではないですか。
そうして私は、自分のことを棚に上げ、勝手に蝶湖様を責めていたのだと気がつきました。何故何故どうしてと、まるで子供のように。
今度の対決が済んだら、全部お話しましょう。例え、信じてもらえなくても、嘘偽りのない私のことを。
だから、蝶湖様も、教えて下さい。
貴方のことを、私も全て知りたいのです。
次の日のダンススタジオで、残りの二日間は、うるさいことを言わずに、楽しく踊りましょうと提案しました。
相変わらずもの言いたげな下弦さんと、眉間に皺を寄せたままの新明さんでしたが、黙って私の意見を取り入れて下さいました。
音楽にあわせて踏むステップは、心のもやもやを少しずつ解してくれるのです。そして、一つ一つ、セットが進むごとに自然と笑みも浮かんでくるのがわかります。
そんな私の様子を見て、だんだんと雫さんや下弦さんの調子もいつも通りになってきました。
「ちょっと! 朧くん、速い、速いっ!」
「いける、いける! ほらっ」
飛び跳ねるようなステップからのターン。優雅さには欠けるダンスですが、とてもとても楽しそうに踊る姿は見ているだけで頬がゆるみます。
「ふふふ。楽しそうですね」
思わずそう、新明さんへ話しかけると、少し驚いたようにビクッと体を揺らしました。
「君は……いや。いいのか、これで?」
何となく言いたいことはわかりましたが、敢えて知らない振りをします。
「いえ、ダメです」
「はっ?!」
「ほら、もっと楽しみましょう。下弦さんや雫さんたちみたいに」
一瞬ですが、新明さんの顔が大変間の抜けたものになったのを見て、してやったりと思いました。
そうして、にっこりと笑顔を向け、お願いします。
せっかくなのですから、楽しまなければ。
「あ、ああ……」
新明さんは、ためらいがちな返事をされたあと、それでも私の要求に少しずつ応えようとしてくれています。
ダンス対決の日まで、あと三日。
その日が来るのが怖い気もしますが、全てを明らかにするその時まで、心を、気持ちを、落ち込ませないように頑張ります。
雫さんもこのカフェのことを知っていたようで、きららちゃんと一緒になり、きゃあきゃあと喜んでメニューを眺めつつの一言です。
「けどさ、マジでビックリしたわ。何あれ? ヒゲがないだけであんなに変わるの?」
雫さん、ご本人を目の前にして、あれ呼ばわりはどうかと思います。
「色男になったでしょ。こうしたら、朧に似てない?」
流石は大人の余裕で、雫さんの暴言もさらりとかわされます。そうして、アイドル張りの笑顔にウインクといったポーズを取られました。
「似てねーわ! この、くそ清晴っ!」
脊髄反射するかのように、珍しく口の悪い下弦さんが食ってかかります。
きららちゃんはアイドルポーズの上弦さんを見て、きゃーっと喜んでいますが、雫さんは眉根を寄せて、ないわーと呟きました。
「それでもポーズはともかく、お顔は似ていますよね」
私の言葉に、下弦さんと雫さん、お二人が同時にしょっぱい顔をされました。
その顔があまりにもおかしくて、なんだか急に力が抜けたと思うと、ふっと笑いが込み上げて来たのです。
「あ、ようやく笑った」
「え……」
「ん? うらら、気がついてなかったの?あんた、今日ずーっと、しかめっ面だったの」
ねえ。と、下弦さんへと同意を求めます。そして控えめながらも、「そうだね」と返事をされました。
そ、そんな失礼な顔をしていたのでしょうか。
いくら、気持ちが落ち着かないとはいえ、申し訳ありませんと、慌てて上弦さんの方へ顔を向ければ、うんうんと頷かれました。
「わかってるから。でも、ドレスはちゃんと気に入ってくれたんでしょ?」
「はい。それは、勿論です」
あんなに素晴らしいドレスは、前世でも袖を通したことがありませんでした。先ほどの試着で鏡に映った自分を思い出します。
私には勿体ないほどの美しいドレス。あのドレスを着てダンスを踊れたのなら、どんなに素敵なことでしょう。
一昨日までの私なら、きっと浮かれてすぎて、当日まで随分と落ち着かない思いをしていたに違いありません。
でも、どうしてか今の私には、踊る自分の姿が見えて来ないのです。
パートナーの顔が、ステップが、何もかもぼやけてしまっています。こんな気持ちで、本当にあのドレスに相応しいといえるのでしょうか。
再度、上弦さんの表情を伺うと、今度はとても静かな笑みをたたえて、諭すように伝えてくださいました。
「大丈夫。自信を持って、ドレス姿を見せびらかせておいで。きっと、全部上手くいくよ」
きっと、全部上手くいく。
何故かその言葉がすーっと心の中に染みていきます。
そうですよね。とにかく、今はダンス対決に集中しなければいけません。
蝶湖様のことは、今私がぐだぐだと考えていても仕方がないことです。
私にしても、習ってないはずのダンスが出来ること、馬に乗れること、そして前世のことを、全部隠したままではないですか。
そうして私は、自分のことを棚に上げ、勝手に蝶湖様を責めていたのだと気がつきました。何故何故どうしてと、まるで子供のように。
今度の対決が済んだら、全部お話しましょう。例え、信じてもらえなくても、嘘偽りのない私のことを。
だから、蝶湖様も、教えて下さい。
貴方のことを、私も全て知りたいのです。
次の日のダンススタジオで、残りの二日間は、うるさいことを言わずに、楽しく踊りましょうと提案しました。
相変わらずもの言いたげな下弦さんと、眉間に皺を寄せたままの新明さんでしたが、黙って私の意見を取り入れて下さいました。
音楽にあわせて踏むステップは、心のもやもやを少しずつ解してくれるのです。そして、一つ一つ、セットが進むごとに自然と笑みも浮かんでくるのがわかります。
そんな私の様子を見て、だんだんと雫さんや下弦さんの調子もいつも通りになってきました。
「ちょっと! 朧くん、速い、速いっ!」
「いける、いける! ほらっ」
飛び跳ねるようなステップからのターン。優雅さには欠けるダンスですが、とてもとても楽しそうに踊る姿は見ているだけで頬がゆるみます。
「ふふふ。楽しそうですね」
思わずそう、新明さんへ話しかけると、少し驚いたようにビクッと体を揺らしました。
「君は……いや。いいのか、これで?」
何となく言いたいことはわかりましたが、敢えて知らない振りをします。
「いえ、ダメです」
「はっ?!」
「ほら、もっと楽しみましょう。下弦さんや雫さんたちみたいに」
一瞬ですが、新明さんの顔が大変間の抜けたものになったのを見て、してやったりと思いました。
そうして、にっこりと笑顔を向け、お願いします。
せっかくなのですから、楽しまなければ。
「あ、ああ……」
新明さんは、ためらいがちな返事をされたあと、それでも私の要求に少しずつ応えようとしてくれています。
ダンス対決の日まで、あと三日。
その日が来るのが怖い気もしますが、全てを明らかにするその時まで、心を、気持ちを、落ち込ませないように頑張ります。