元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
踊るお嬢様
てっきり、お借りしていたダンススタジオで対決をするのかと思っていたのですが、違ったようです。
「ね、ね、一体どこへ連れて行こうってのよ」
雫さんもそう思っていたようで、対決の当日、迎えの車に乗ってから三回ほど質問をしているのですが、未だ納得できる答は返ってきません。
「うん。満に場所の指定をされちゃったからね。もう少し待って」
「いや、場所くらいわかってるなら言いなさいよ」
そう突っ込まれて力無く笑う下弦さんです。どうも朝から普段の元気がないように見えます。
新明さんにいたっては、朝から黙ったまま一言も口を開いていただけません。
「第一、これじゃあ外も見えないわ」
ぺしっと車の窓にかかる厚手のカーテンを叩きました。望月さんから迎えに出していただいた車は、真っ黒な大きいリムジンで、初めて座るゴージャスな車にとても落ち着かない気持ちになりました。
皆さんはごく普通に乗っていますので、こういったこと一つとっても住む世界が違うのだなと実感します。
まあまあと、なだめる下弦さんの声をBGMに、車はすいすいと進んで行きました。車に乗ってから一時間半ほど経ったところで、車が停車したようです。
「着いたみたいだ」
下弦さんが口にされたのと同時に、外側から静かにドアが開かれます。八月の熱い空気が入ってくると思ったのですが、意外とそんなこともありません。不思議に思いながら外へと足を踏み出すとそこは、まるで緑豊かな高原のような場所でした。
そして目の前には、どこかレトロな趣のある、ホテルのような外観の建物が現れたのです。
「うわっ……ここ、もしかして」
「知っていますか? 雫さん」
「うん。ほら、似たようなのを乙女ゲームのスチルで見ただけなんだけど……多分、王子の家の持ち物だと思う」
私にこそっと耳打ちしながらも、目線はこの素晴らしい建物に釘付けの模様です。
そんなふうに見入っている間に、濃いグレーのスーツを着た初老の男性が、いつの間にか私たちを迎えにきてくださっていました。
「いらっしゃいませ、新明様、下弦様。お連れのお嬢様方も、ご案内いたします」
「頼む」
「よろしくね、山梨さん」
慣れた感じの新明さんと下弦さんですが、なにぶん初めての私たちです。とにかく挨拶をして、ついて行くしかありません。
「本日は、よろしくお願いします」
軽く会釈をして挨拶をすると、山梨さんと呼ばれたスーツ姿の方の目が一瞬キラリと光ったように見えました。不思議に思い首を少し傾げると、直ぐに先ほどまでの堅い表情に戻られ、どうぞこちらへ。と案内されます。
丁寧に磨かれた廊下を進むと、控えの間のようなドアがいくつも並んだフロアに通されました。
「お嬢様方はそちらの白薔薇の間へどうぞ。ドレスとヘアメイク、スタイリストの用意がしてあります。新明様と下弦様は蓮の間を用意しましたので、そちらへ」
「白薔薇の間?」
「そう、申し付かっております」
恭しい言葉使いの中にも、有無をいわさない態度で新明さんの質問を答えられました。そうしてその白薔薇の間のドアを開けて、どうぞと勧められたのです。
「なんかこの部屋、すっごい高そうなんだけど、色々と」
「ええ。玄関ホールから全て美しい調度品ばかりでしたが、また一段と素晴らしいですね」
「怖くて動き回れないわよっ、もう」
そんな中で普段着慣れないドレスを着ている雫さんは、どうにも落ち着かない様子です。
ヘアメイクとスタイリストの方に手伝っていただき、随分と素敵な仕上がりになっているだけに、ガチガチになっているのは勿体ない気がしますね。
お手伝いの皆さん方が退出されて、二人きりになりましたので、なんとか気分を変えてもらおうと、雫さんの前の椅子に座り話しかけます。
「今日はとても可愛らしいですよ。きっと、下弦さんも見とれてしまいます」
「っ、は? はぁ!? ……や、そんな、見とれるって」
慌てる雫さんですが、本当ですよ。
トレードマークのツインテールではなく、サイドを編み込みにして後ろ髪を流しているスタイルはとても新鮮で、可愛らしいと思います。
「ね、一緒に楽しみましょう」
そう言って笑いかければ、雫さんは大きく深呼吸をして、うん。と一言言い切りました。
「うららはこういうの慣れてるのね。やっぱり、貴族だったから?」
「そう……ですね」
ふと、昔を思い出します。やはり社交界デビューの時は、雫さんのように固くなっていました。けれども、そんな私の緊張を解すために、ご身分には似つかわしくない道化のような仕草で笑わせようとして下さった方がいらっしゃいました。
あの時は、本当に……
「ふふふ」
「んんん?」
「ああ、すみません。いえ、私の社交界デビューの時は、もっともっと緊張していましたと、思い出しましたので、つい」
私のその言葉に、なるほどねと頷き、じゃあ一つだけ訂正してちょうだいと、立ち上がりました。
「今日は、可愛い。じゃなくて、今日も、可愛い、よ!」
「そうでしたね。すみません」
そう私が謝ったあと、二人で顔を見合わせて笑い合いました。
緊張も解れ、ゆったりとした気分になったその時、ノックの音が聞こえました。はい、どうぞと応えると、失礼いたしますと、先ほどの山梨さんがドアを開け、新明さんと下弦さんが入室なさいます。
お二人とも、髪を撫でつけ、きっちりとした燕尾服を身にまとっています。そうして、こちらをびっくりしたように凝視されました。
「や……凄くいいよ! 可愛い、本当に綺麗だ!」
下弦さんの手放しの賞賛の声に、雫さんも満更でもない様子です。
「うん。朧くんも、格好いいし、いいんじゃない?」
少し上から目線なところが雫さんらしいのですが、伝えられたご本人がにこにこと喜んでいらっしゃるので、まあいいのでしょう。
早速、さし出された腕を取り、準備は万端のようです。
「君も、」
「え、何でしょう?」
「いや、さあ行こうか」
私のパートナーを引き受けて下さった新明さんが、腕を差し出します。その腕を取り、キュッと目を瞑りました。
大きく息を吐き出し、「それではお願いします」と伝え、対決の場へと足を踏み出しました。
「ね、ね、一体どこへ連れて行こうってのよ」
雫さんもそう思っていたようで、対決の当日、迎えの車に乗ってから三回ほど質問をしているのですが、未だ納得できる答は返ってきません。
「うん。満に場所の指定をされちゃったからね。もう少し待って」
「いや、場所くらいわかってるなら言いなさいよ」
そう突っ込まれて力無く笑う下弦さんです。どうも朝から普段の元気がないように見えます。
新明さんにいたっては、朝から黙ったまま一言も口を開いていただけません。
「第一、これじゃあ外も見えないわ」
ぺしっと車の窓にかかる厚手のカーテンを叩きました。望月さんから迎えに出していただいた車は、真っ黒な大きいリムジンで、初めて座るゴージャスな車にとても落ち着かない気持ちになりました。
皆さんはごく普通に乗っていますので、こういったこと一つとっても住む世界が違うのだなと実感します。
まあまあと、なだめる下弦さんの声をBGMに、車はすいすいと進んで行きました。車に乗ってから一時間半ほど経ったところで、車が停車したようです。
「着いたみたいだ」
下弦さんが口にされたのと同時に、外側から静かにドアが開かれます。八月の熱い空気が入ってくると思ったのですが、意外とそんなこともありません。不思議に思いながら外へと足を踏み出すとそこは、まるで緑豊かな高原のような場所でした。
そして目の前には、どこかレトロな趣のある、ホテルのような外観の建物が現れたのです。
「うわっ……ここ、もしかして」
「知っていますか? 雫さん」
「うん。ほら、似たようなのを乙女ゲームのスチルで見ただけなんだけど……多分、王子の家の持ち物だと思う」
私にこそっと耳打ちしながらも、目線はこの素晴らしい建物に釘付けの模様です。
そんなふうに見入っている間に、濃いグレーのスーツを着た初老の男性が、いつの間にか私たちを迎えにきてくださっていました。
「いらっしゃいませ、新明様、下弦様。お連れのお嬢様方も、ご案内いたします」
「頼む」
「よろしくね、山梨さん」
慣れた感じの新明さんと下弦さんですが、なにぶん初めての私たちです。とにかく挨拶をして、ついて行くしかありません。
「本日は、よろしくお願いします」
軽く会釈をして挨拶をすると、山梨さんと呼ばれたスーツ姿の方の目が一瞬キラリと光ったように見えました。不思議に思い首を少し傾げると、直ぐに先ほどまでの堅い表情に戻られ、どうぞこちらへ。と案内されます。
丁寧に磨かれた廊下を進むと、控えの間のようなドアがいくつも並んだフロアに通されました。
「お嬢様方はそちらの白薔薇の間へどうぞ。ドレスとヘアメイク、スタイリストの用意がしてあります。新明様と下弦様は蓮の間を用意しましたので、そちらへ」
「白薔薇の間?」
「そう、申し付かっております」
恭しい言葉使いの中にも、有無をいわさない態度で新明さんの質問を答えられました。そうしてその白薔薇の間のドアを開けて、どうぞと勧められたのです。
「なんかこの部屋、すっごい高そうなんだけど、色々と」
「ええ。玄関ホールから全て美しい調度品ばかりでしたが、また一段と素晴らしいですね」
「怖くて動き回れないわよっ、もう」
そんな中で普段着慣れないドレスを着ている雫さんは、どうにも落ち着かない様子です。
ヘアメイクとスタイリストの方に手伝っていただき、随分と素敵な仕上がりになっているだけに、ガチガチになっているのは勿体ない気がしますね。
お手伝いの皆さん方が退出されて、二人きりになりましたので、なんとか気分を変えてもらおうと、雫さんの前の椅子に座り話しかけます。
「今日はとても可愛らしいですよ。きっと、下弦さんも見とれてしまいます」
「っ、は? はぁ!? ……や、そんな、見とれるって」
慌てる雫さんですが、本当ですよ。
トレードマークのツインテールではなく、サイドを編み込みにして後ろ髪を流しているスタイルはとても新鮮で、可愛らしいと思います。
「ね、一緒に楽しみましょう」
そう言って笑いかければ、雫さんは大きく深呼吸をして、うん。と一言言い切りました。
「うららはこういうの慣れてるのね。やっぱり、貴族だったから?」
「そう……ですね」
ふと、昔を思い出します。やはり社交界デビューの時は、雫さんのように固くなっていました。けれども、そんな私の緊張を解すために、ご身分には似つかわしくない道化のような仕草で笑わせようとして下さった方がいらっしゃいました。
あの時は、本当に……
「ふふふ」
「んんん?」
「ああ、すみません。いえ、私の社交界デビューの時は、もっともっと緊張していましたと、思い出しましたので、つい」
私のその言葉に、なるほどねと頷き、じゃあ一つだけ訂正してちょうだいと、立ち上がりました。
「今日は、可愛い。じゃなくて、今日も、可愛い、よ!」
「そうでしたね。すみません」
そう私が謝ったあと、二人で顔を見合わせて笑い合いました。
緊張も解れ、ゆったりとした気分になったその時、ノックの音が聞こえました。はい、どうぞと応えると、失礼いたしますと、先ほどの山梨さんがドアを開け、新明さんと下弦さんが入室なさいます。
お二人とも、髪を撫でつけ、きっちりとした燕尾服を身にまとっています。そうして、こちらをびっくりしたように凝視されました。
「や……凄くいいよ! 可愛い、本当に綺麗だ!」
下弦さんの手放しの賞賛の声に、雫さんも満更でもない様子です。
「うん。朧くんも、格好いいし、いいんじゃない?」
少し上から目線なところが雫さんらしいのですが、伝えられたご本人がにこにこと喜んでいらっしゃるので、まあいいのでしょう。
早速、さし出された腕を取り、準備は万端のようです。
「君も、」
「え、何でしょう?」
「いや、さあ行こうか」
私のパートナーを引き受けて下さった新明さんが、腕を差し出します。その腕を取り、キュッと目を瞑りました。
大きく息を吐き出し、「それではお願いします」と伝え、対決の場へと足を踏み出しました。