元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
蝶湖様と雫さんが始められ、何故か私が巻き込まれたお嬢様対決は、雫さんの三勝二敗となり、その勝利が決定しました。
けれども結局雫さんは、彼女が言うところの『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』という乙女ゲームの攻略者の方たちと結ばれることはありませんでした。
あんな形で勝敗を決した対決は、乙女ゲームや他の物語のように華々しい大団円ということもなく、淡々と終了の運びとなったのです。
そうしてしばらく鬱々とした日々を過ごしていた私の所へ、雫さんが旅行のお土産を手に遊びに来たのは、あの日からちょうど一週間後のことでした。
「けどさあ、あの月詠さんが男だったなんてねえ。うららが言ったんじゃなきゃ絶対信じてないわ」
雫さん、部屋に入ってからの第一声がそれですか。私の気持ちを逆なでどころか思いっきり捻り上げて下さいますね。
「けど、なんでわかったの? あんなどこからどうみてもお嬢様な月詠さん。自分から告白してきたって普通信じられないじゃん」
ぐっ、と言葉に詰まります。あの状況をどうやって説明したものかと思案しましたが、どうにも上手な言葉が見つからないので、仕方なくありのままを話すことにしました。
「あの、その、見てしまいましたので」
「え、何を?」
「……む、む」
「むむっ?」
「胸を」
「脱いだの!? 月詠さんっ!」
「脱いでませんっ!」
断じて脱いでなどいません。ただ、胸がしっかりと見えてしまう状況に出会ってしまっただけなのです。
ですから、つまりこう言うことですと、一から説明させていただきました。はると君との勝負のこと、そしてその後起こったことを。
「ふーん。剣道勝負だなんて、なんだかまた面倒くさいことをやってたのね、月詠さんと弟くん」
あなたがそれを言いますか? 雫さん。
そこまで言って、流石に過去を振り返られたのか、「まあいっか」と呟き、ご自分で持ってきたお土産を開けて食べ出しました。
オーストラリアでスキーをされて来たと言っていましたが、お土産はまたマカダミアナッツチョコレートなのですね。まあ私も好きなので嬉しいのですけれども。
「それでさ、どうすんの?うららは」
「どう、とは?」
「あー、だから、アレよ。月詠さんが、本当に男の人だってわかったからって、付き合い方を変えるのかってことよ」
そんなつもりは毛頭ありません。例えどんな格好をしていたとしても、蝶湖様は蝶湖様なのです。ただ……
「胸が」
「え、胸ないとダメ?」
「違いますっ!」
だから、その胸は置いておいて下さい。今回は、私の胸の中の話です。
「胸が痛いのです。こう、蝶湖様のことを考えるだけで、ぎゅうっとして。もし私から声をかけても無視されたらどうしようとか……」
ああ、またです。
この間からずっと、考えては打ち消し、また考えては落ち込むの繰り返しでした。
「私は、蝶湖様に嫌われたくない」
ぼそりと零れ落ちた言葉が、本当の私の気持ちです。
またあの笑顔を見せて欲しいのです。優しい言葉をかけて下さい。もっと、ずっと、今までよりも、もっと。
私に、私だけに。
「うらら。あんた、やっぱり……」
雫さんがそう私へ語りかけたその時、ピロリロンと高い電子音が響きました。
勢いよくスマホに飛びつき画面を確認しましたが、その途端眉間に皺をよせて、ぽんっと私のベッドの上に投げ出します。
「いきなりどうしたのですか、雫さん?」
「いいのよ、どうでもいいメールだから」
あの日私を庇いながら、下弦さんを思いっきり罵倒して車に乗り込んだ後、雫さんは少し考えこんでいたように見えました。
もしかして、もしかすると、今のメールは、
「下弦さん、ですか?」
「は? 違うわ。王子よ、王子」
「ええっ?」
「なんかわかんないけど、あれから変なメールばっかり寄越すのよ。ホントにイミフだっていうの」
そうして一旦投げ捨てたスマホの画面を開いて私に向けてきました。うーん、私信ですよね。私が見てしまってもいいのでしょうか。
大丈夫、いいから見てみなさいよ。と言われ、横目で覗いてみると、そこには大変個性的な猫の写真が映っていました。
「猫……ですね」
「猫よ。しかもけっこうぶちゃいくな、ね」
「見ようによっては可愛いらしいと思いますよ」
「王子の飼い猫らしいわ」
あれから毎日、望月さんから『今日のベルガモット嬢』と題された写真が送られてきているそうです。これは一体何がしたいのか、雫さんでなくてもさっぱりわかりませんね。
「本当に、欲しい人は全然連絡寄越さないのに、どうでもいいメールばっかり来るんだから」
「雫さん……待っているのですね。下弦さんからの連絡を」
私の言葉に一瞬戸惑い、視線を上に下にと動かしながら散々迷ったあげく諦めたように、うん。と首を縦に振りました。
「やっぱり雫さん……」
「ストーップ! うらら、待って。まだ待って、言わないで。わかってる、わかってるけど、まだ心の準備が出来てないの!」
わかります。痛いほどその気持ちがわかるのです。
この間下弦さんの手を叩いてしまったことを、罵ってしまったこと気に病んでいるのですよね。やりすぎてしまったことを、謝れないうちにどんどんと足下の溝が深く深くなってしまったのでした。
そうして、いざ会いたくても怖くて足が竦んでしまうのです。
「そんなわかったような顔するってことは、あんたもそうなんでしょ? うらら」
「そう……なのでしょうね。きっと」
一度認めてしまうと、心の中に自分の正直な気持ちがすとんと降りてきます。
蝶湖様がウエディングドレスを着るのではないかと思った時の苛立ちは、間違いなく嫉妬なのでした。
私は、蝶湖様のことを――――
手のひらをぎゅっと握り締め、心を決めました。
「雫さん、聞いて下さいますか? 私の前世の話を」
私の、恋とも呼べなかった想いの話を。
けれども結局雫さんは、彼女が言うところの『月嫁美人~僕のお嫁さんになって~』という乙女ゲームの攻略者の方たちと結ばれることはありませんでした。
あんな形で勝敗を決した対決は、乙女ゲームや他の物語のように華々しい大団円ということもなく、淡々と終了の運びとなったのです。
そうしてしばらく鬱々とした日々を過ごしていた私の所へ、雫さんが旅行のお土産を手に遊びに来たのは、あの日からちょうど一週間後のことでした。
「けどさあ、あの月詠さんが男だったなんてねえ。うららが言ったんじゃなきゃ絶対信じてないわ」
雫さん、部屋に入ってからの第一声がそれですか。私の気持ちを逆なでどころか思いっきり捻り上げて下さいますね。
「けど、なんでわかったの? あんなどこからどうみてもお嬢様な月詠さん。自分から告白してきたって普通信じられないじゃん」
ぐっ、と言葉に詰まります。あの状況をどうやって説明したものかと思案しましたが、どうにも上手な言葉が見つからないので、仕方なくありのままを話すことにしました。
「あの、その、見てしまいましたので」
「え、何を?」
「……む、む」
「むむっ?」
「胸を」
「脱いだの!? 月詠さんっ!」
「脱いでませんっ!」
断じて脱いでなどいません。ただ、胸がしっかりと見えてしまう状況に出会ってしまっただけなのです。
ですから、つまりこう言うことですと、一から説明させていただきました。はると君との勝負のこと、そしてその後起こったことを。
「ふーん。剣道勝負だなんて、なんだかまた面倒くさいことをやってたのね、月詠さんと弟くん」
あなたがそれを言いますか? 雫さん。
そこまで言って、流石に過去を振り返られたのか、「まあいっか」と呟き、ご自分で持ってきたお土産を開けて食べ出しました。
オーストラリアでスキーをされて来たと言っていましたが、お土産はまたマカダミアナッツチョコレートなのですね。まあ私も好きなので嬉しいのですけれども。
「それでさ、どうすんの?うららは」
「どう、とは?」
「あー、だから、アレよ。月詠さんが、本当に男の人だってわかったからって、付き合い方を変えるのかってことよ」
そんなつもりは毛頭ありません。例えどんな格好をしていたとしても、蝶湖様は蝶湖様なのです。ただ……
「胸が」
「え、胸ないとダメ?」
「違いますっ!」
だから、その胸は置いておいて下さい。今回は、私の胸の中の話です。
「胸が痛いのです。こう、蝶湖様のことを考えるだけで、ぎゅうっとして。もし私から声をかけても無視されたらどうしようとか……」
ああ、またです。
この間からずっと、考えては打ち消し、また考えては落ち込むの繰り返しでした。
「私は、蝶湖様に嫌われたくない」
ぼそりと零れ落ちた言葉が、本当の私の気持ちです。
またあの笑顔を見せて欲しいのです。優しい言葉をかけて下さい。もっと、ずっと、今までよりも、もっと。
私に、私だけに。
「うらら。あんた、やっぱり……」
雫さんがそう私へ語りかけたその時、ピロリロンと高い電子音が響きました。
勢いよくスマホに飛びつき画面を確認しましたが、その途端眉間に皺をよせて、ぽんっと私のベッドの上に投げ出します。
「いきなりどうしたのですか、雫さん?」
「いいのよ、どうでもいいメールだから」
あの日私を庇いながら、下弦さんを思いっきり罵倒して車に乗り込んだ後、雫さんは少し考えこんでいたように見えました。
もしかして、もしかすると、今のメールは、
「下弦さん、ですか?」
「は? 違うわ。王子よ、王子」
「ええっ?」
「なんかわかんないけど、あれから変なメールばっかり寄越すのよ。ホントにイミフだっていうの」
そうして一旦投げ捨てたスマホの画面を開いて私に向けてきました。うーん、私信ですよね。私が見てしまってもいいのでしょうか。
大丈夫、いいから見てみなさいよ。と言われ、横目で覗いてみると、そこには大変個性的な猫の写真が映っていました。
「猫……ですね」
「猫よ。しかもけっこうぶちゃいくな、ね」
「見ようによっては可愛いらしいと思いますよ」
「王子の飼い猫らしいわ」
あれから毎日、望月さんから『今日のベルガモット嬢』と題された写真が送られてきているそうです。これは一体何がしたいのか、雫さんでなくてもさっぱりわかりませんね。
「本当に、欲しい人は全然連絡寄越さないのに、どうでもいいメールばっかり来るんだから」
「雫さん……待っているのですね。下弦さんからの連絡を」
私の言葉に一瞬戸惑い、視線を上に下にと動かしながら散々迷ったあげく諦めたように、うん。と首を縦に振りました。
「やっぱり雫さん……」
「ストーップ! うらら、待って。まだ待って、言わないで。わかってる、わかってるけど、まだ心の準備が出来てないの!」
わかります。痛いほどその気持ちがわかるのです。
この間下弦さんの手を叩いてしまったことを、罵ってしまったこと気に病んでいるのですよね。やりすぎてしまったことを、謝れないうちにどんどんと足下の溝が深く深くなってしまったのでした。
そうして、いざ会いたくても怖くて足が竦んでしまうのです。
「そんなわかったような顔するってことは、あんたもそうなんでしょ? うらら」
「そう……なのでしょうね。きっと」
一度認めてしまうと、心の中に自分の正直な気持ちがすとんと降りてきます。
蝶湖様がウエディングドレスを着るのではないかと思った時の苛立ちは、間違いなく嫉妬なのでした。
私は、蝶湖様のことを――――
手のひらをぎゅっと握り締め、心を決めました。
「雫さん、聞いて下さいますか? 私の前世の話を」
私の、恋とも呼べなかった想いの話を。