元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
 お二人の後ろにくっついてアロウズの店内へと入らせてもらいました。途中、見知ったデザイナーのお姉様方と挨拶を交わしながらサロンへと足を運びます。
 お二人が試着室の方へ入っている間、私たちはサロンで紅茶をいただきました。そしてその時に残念ながら上弦さんは、今日は他のお仕事のためこちらにはいらっしゃらないということをお聞きしたのです。

 急に来店してしまったことに申し訳ありませんと謝罪すると、いいからゆっくりしていってねと優しく言っていただき、ついついその言葉に甘えてしましました。
 そこで今日ここへ三日月さんと十六夜さんのお二人が来られたのは、新調される燕尾服の為だと教えていただきました。

「だって俺らのだけ、まだ出来上がってなかったしなー」
「仕方がないですね。満たちは、ダンス……ゴホッ、早めに欲しいと無理矢理お願いしましたから」

 あ、あれもやっぱり新調されたのですね。
 しかも急がせてしまったのですか。アロウズの皆様には大変迷惑をかけているようです。本当に申し訳ありません。
 そういった気持ちで大人しくしていましたが、ふと三日月さんたちの言葉に引っかかりを感じました。

 まだ、作っていない? 早めに? おそらくそれは、何か皆さんが揃って出られるイベントがあるのでしょう。やはり名家の方々は違いますねと考えていると、急にこちらへ話を振られました。

「で、うららちゃんたちは何しに来たの? 今日は」

 うっ、これは正直に話すのはとても恥ずかしいです。といいますか、絶対に無理です。

 蝶湖様の本当のお名前やご様子を知りたいとお願いするのは、友人という立場ならありなのだと思います。
 けれど恋という感情を自覚してしまった今は、冷静に尋ねることができません。
 それがまだ、大分年上の上弦さんにそれとなく聞いてみるというならばまだしも、同年代の、しかも蝶湖様と大変仲のよろしいお二人になど、口が裂けても言えません。
 助けを求めるように雫さんの顔を伺うと、何故か眉間に皺を寄せて、それはそれは渋い顔をしていました。

「どうかされましたか? 雫さん」
「……ぐっ、バカ」
「え?」

 雫さんの視線の先には、遅れて案内されてきた望月さんが優雅に立っていました。流石に王子と称される方です。ダンス対決の時も思いましたが、黙っていらっしゃれば本当に見栄えがしますね。
 そうして望月さんは雫さんの姿を確認されると、とびきりの笑顔で近づいて来られました。

「有朋、久しぶりだな。メールの返事がないが、元気にしていたか?」

 あ、雫さん、返事されてなかったのですか。呼び方も大概ですが、それでは態度も随分失礼ですよ。

「バカ言ってんじゃないわ。猫の写真だけ送ってくる人に、どうやって返事すりゃいいのよ」

 ……すみません。失礼なのは雫さんの方ではありませんでしたね。望月さんの、大変鷹揚な態度に誤魔化されそうでした。

「ベルガモット、だ。優美だとか、高雅だの色々と感想はあるだろう」
「あんな鼻ぺちゃのブサかわに、どうコメントすりゃいいかわかんないっつーの!」

 雫さんの辛辣な返しにも、何故か楽しげに応酬しているところをみると大分望月さんの機嫌も良さそうです。

「な、な、うららちゃん。もしかして、満……雫ちゃんにベルガモットの写真送ってんの?」
「はい。毎日送ってくるそうですよ」

 お二人のやり取りを聞きつけ、今まで完全に蚊帳の外にいた三日月さんが、私にそう尋ねてきました。肯定の返事をすると、手のひらで頭を覆い、あっちゃー、と大きく天を見上げたのです。
 十六夜さんといえば、それとは逆に額に指を置き俯いてしまっています。

「ヤバいよ、ヤバい。不知ぅー、どうするよ、これ?」
「どうすると、僕に言われても困ります。こういった揉め事回避は君の得意分野でしょう、初」
「あんな満なんか抑えられっか! 朧だって引かねえだろうし」

 ええと、一体これはどういったことなのでしょう。ベルガモット嬢の写真にどんな秘密が隠されているのかさっぱりわかりません。
 不思議に思っている表情があらわに出ていたのでしょう。三日月さんがこっそり教えてくださいました。

「ベルガモットはなー、満の一番の愛猫でさ、そりゃあもう猫っ可愛がりのデロデロなんだけど……満が気に入った人間にしか絶対に見せたりしたことないんだよ。ちなみに今まで女の子に見せたことは一度もない。この意味、わかる?」
「はあ。つまりあれですね。望月さんは、雫さんのことを大変お気に召したと……え?」

 ええええっ!?
 雫さん、まさかまさかの望月さんルート攻略ですか?

 お嬢様対決の結末をあんな形で迎えてしまったおかげで、既に終了してしまったと思った乙女ゲームなのですが、未だ顕在化されているのだとは……
 きららちゃんからも話には聞いていましたが、乙女ゲームのヒロイン恐るべしです、はい。

「ってか、何でここに居んの、満のヤツ? お前連絡した?」
「いや、知る訳ないでしょう。天道さんは……」
「いっ、いいえ。私たちも突発的に出てきましたので、特に何も」
「怖ーっ! どうやってわかったのか知りたくねぇー!」

 頭を抱えられた三日月さんがそう小さく叫んだあと、私の方に手を合わせ、懇願するようにそっと囁かれました。

「頼む、うららちゃん。雫ちゃん連れて、さっさとここから離れてくんない?」
「えっ、あ、はい。それは別に構わないのですが」

 元々の訪問目的であった、上弦さんがいらっしゃらないということでしたので、このまま帰るということに問題はありません。先ほどの三日月さんからの質問もうやむやになりますしね。
 いつの間にか雫さんの隣に腰を下ろしていた望月さんには目を向けず、そろそろ帰りましょうかと話しかけようとしたところで、バタン! と豪快にドアを開ける音が響きました。

「有朋さんっ!」
「朧くんっ!」

 ハアハアと息を切らし飛び込んできた下弦さんに、雫さんが驚きながらも応えます。

「なんでここに!?」
「なんでって、っ、初が、連絡くれたから……」

 横目でちらりと三日月さんの方を見ると、完全にやってしまったという表情です。
 そして、下弦さんの方も、雫さんの隣に陣取る望月さんに気が付いた模様でした。
 サロンの中で軽い火花が散っています。

 ええと、これは、まさか……修羅場というのでしょうか。恋愛初心者には大変息苦しい状況に陥ってしまった気がします。
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