元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
夢の中でも、私はスマホを握り締めながら、窓の外の綺麗な半月をじっと見つめていました。何故かその月が、天に昇りながら徐々に満ちていくのを眺めていると、あの日のカフェテラスの台詞が思い出されます。
『でも彼氏とならいつでも繋がっていたいって思わない?』
『月の満ち欠けを待つように、会えない時間も楽しみたいと思いますわ』
三日月さんの言葉に、私はなんと図々しい答えを返したのでしょうか。
恋を知らなかったから言える綺麗ごと。
こんなにも短い満ち欠けの間に、もうすぐにでも電話をかけたいと思ってしまうの。とってもらえない電話でも、少しでも長くかけていたいのにと胸が熱く痛みます。
本当は、切りたくない。ずっとずっとこうして繋がっていたい。今すぐ電話に出てと、大きな声で叫び出しそうなくらいの気持ちをぐっと抑えて、どんどんと形を変えていく月を見ます。
「会いたい、です」
満ち欠けも待てないくらいに会いたいと、一言口にして、意識は夢の中に溶けていきました。
「また、昨日も電話かけたの?」
「はい。まだ拒否されていませんから」
あまりおおっぴらに出来る話ではないため、放課後になってから、馬場の側に建てられたあの専用部室へと場所を移し、雫さんと二人だけでの会話を始めます。
私が蝶湖様の番号へと電話をかけ始めてから、丸一週間が経ちました。
あれから夜になるとはると君からスマホを借りて、毎日蝶湖様宛てに電話をかけています。
相変わらず向こう側で取ってもらうことはないのですが、着信音だけでも繋がっているのだと思うと、その時間ですら愛おしいと感じてしまうのです。
その間、下弦さんは前もって雫さんへ伝えていたように、ずっと学園をお休みしています。そして、望月さんとその他の皆さんも、やはり同じようにお休みを取っているそうです。
「こっちは、ういういと不知くんにかけてみたけど、やっぱりダメだったわ。朧くんとこと一緒」
つまり皆さんスマホの電源を切っているということですね。だとしたら、やはり残り一週間はこのまま黙って待つしかないのでしょうか。
ふう。と、ため息が自然と漏れてしまいました。
「誰かに話が聞ければいいのですが」
「あの青山さんたちも、なーんか様子が変なのよね。ちょっと突っ込んでこようか?」
「いいえ、無理はしないで下さい」
この一週間、初日こそ声高に蝶湖様の留学を言い広めていた服部さんのグループですが、その後はこちらなど歯牙にもかけない様子で、どこか浮き足立ったように仲間うちでばかり固まっているようです。
「待ちましょう。雫さんだって、下弦さんとの連絡を我慢なさっているのですから。私も、待ちます」
自分に言い聞かせるように強く手を握りしめました。
そんな私を見て、雫さんが何か言いたげな表情をしています。
大丈夫ですよ。そんなに気にしないで下さい。
「うらら……」
「あ、お茶も用意していませんでしたね。少し待っていて下さい、今……」
「うらら! あと、一つだけ……連絡とってみる!」
「え?」
一体どこに連絡をとってみようというのでしょうか? 茶器を取ろうとした手を止め、首を傾げます。
「ここだけは連絡したくなかったんだけど……背に腹は代えられないわ」
歯ぎしりをしながら見せてくれたスマホの画面には、猫バカの文字が映っていました。
「あのバカ。この一週間、また猫写メ送り続けてきてるから、絶対電源入れてるはずよ!」
望月さんはまだ諦めてなかったのですかと、私が口にするよりも早く、雫さんは、えいっ! と、勢いよく画面を叩きました。
スピーカーフォンにされたスマホから、トゥルル、トゥルルと呼び出し音が鳴り出します。雫さんと顔を見合わせていると、三回目の途中でその音が途切れ、その代わりに大変堂々とした力強い声が部室内に響きました。
「ようやくベルガモットの可愛らしさに気がついたか? 有朋」
「一生、気がつかなくて結構よ!」
相も変わらない二人のやり取りでしたが、気が急いていた私はそこに無理やり割り込んでしまいます。
「蝶湖さんは? 望月さん、蝶湖さんはどうされていますか!? あのっ、噂で……留学するって聞いて」
マナー違反だとわかっていますが、どうしても我慢出来ませんでした。横入りするように話しかければ、少しも驚いた様子のない望月さんが、落ち着いた声で尋ね返してきたのです。
「天道か。今どこから電話している?」
「あ、はい。馬術部の部室です。新しい方の」
「わかった。ならいいだろう」
そう言われると、何かを指でトントンと叩くような音をさせた後、未だかつてないほど静かな声で答えて下さいました。
「月詠蝶湖は二度と学園に現れる事はない。これは既に決定している事項だ」
薄々わかっていたことですが、こうして望月さんにはっきりと宣告されてしまうと、もしかしたらという淡い期待が一気に霧散していくのがわかります。
「ねえ、それ本当に、本当なの?」
「ここで嘘をついても仕方がないだろう。それとも何か、お前らは、安心したいという理由だけで俺に連絡を取ったのか?」
それでだけでいいのか? と、問われているように聞こえました。
もちろんそんな訳がありません。
「いいえ。いいえ、私は蝶湖さんに会いたい。会って、ちゃんと話がしたいのです」
正直な気持ちを、望月さんへと訴えかけます。
どうか、この気持ちだけでも蝶湖様に届けて下さいませんか? そう続けてお願いしようと椅子から腰を上げかけたその時、少し固い声でこう言い出しました。
「今週末の十五夜に、大事な儀式がある」
「え?」
「その後に行われる披露の宴に出席するのが、月詠蝶湖の最後の果たすべき役目だ」
蝶湖様の最後のお役目ということは、それ以降は会うこともままならなくなってしまうのかもしれません。
だとしたら、チャンスがあるのだというのなら、賭けてみたい。
「望月さん、お願いです。どうか、私をその宴に招待していただけないでしょうか?」
強く、期待を持って、願います。両手を胸の前で組み合わせ、祈るように強く。
「ね、満くん、お願い! 私からも頼むから!」
雫さんが、私への助け船を出すようにたたみかけてくれました。
その言葉を聞き、望月さんが小さなため息をつきます。
「お前らには、あまり気分のいい宴ではないぞ」
「はい」
「ムカつくヤツらも多い。はっきり言って、アウェイだ」
「気にしません。構いません」
もう、待っているだけではいられないのです。
自分から動かなければ届かないというのなら、動きます。動き出します。
そう心に決めて返事をしました。
「わかった。当日、迎えを寄越してやる。せいぜい気合いを入れてこい」
私の決意を聞いた望月さんが、ほんの少し柔らかさを含んだ声で、そう願いを叶えて下さいました。
『でも彼氏とならいつでも繋がっていたいって思わない?』
『月の満ち欠けを待つように、会えない時間も楽しみたいと思いますわ』
三日月さんの言葉に、私はなんと図々しい答えを返したのでしょうか。
恋を知らなかったから言える綺麗ごと。
こんなにも短い満ち欠けの間に、もうすぐにでも電話をかけたいと思ってしまうの。とってもらえない電話でも、少しでも長くかけていたいのにと胸が熱く痛みます。
本当は、切りたくない。ずっとずっとこうして繋がっていたい。今すぐ電話に出てと、大きな声で叫び出しそうなくらいの気持ちをぐっと抑えて、どんどんと形を変えていく月を見ます。
「会いたい、です」
満ち欠けも待てないくらいに会いたいと、一言口にして、意識は夢の中に溶けていきました。
「また、昨日も電話かけたの?」
「はい。まだ拒否されていませんから」
あまりおおっぴらに出来る話ではないため、放課後になってから、馬場の側に建てられたあの専用部室へと場所を移し、雫さんと二人だけでの会話を始めます。
私が蝶湖様の番号へと電話をかけ始めてから、丸一週間が経ちました。
あれから夜になるとはると君からスマホを借りて、毎日蝶湖様宛てに電話をかけています。
相変わらず向こう側で取ってもらうことはないのですが、着信音だけでも繋がっているのだと思うと、その時間ですら愛おしいと感じてしまうのです。
その間、下弦さんは前もって雫さんへ伝えていたように、ずっと学園をお休みしています。そして、望月さんとその他の皆さんも、やはり同じようにお休みを取っているそうです。
「こっちは、ういういと不知くんにかけてみたけど、やっぱりダメだったわ。朧くんとこと一緒」
つまり皆さんスマホの電源を切っているということですね。だとしたら、やはり残り一週間はこのまま黙って待つしかないのでしょうか。
ふう。と、ため息が自然と漏れてしまいました。
「誰かに話が聞ければいいのですが」
「あの青山さんたちも、なーんか様子が変なのよね。ちょっと突っ込んでこようか?」
「いいえ、無理はしないで下さい」
この一週間、初日こそ声高に蝶湖様の留学を言い広めていた服部さんのグループですが、その後はこちらなど歯牙にもかけない様子で、どこか浮き足立ったように仲間うちでばかり固まっているようです。
「待ちましょう。雫さんだって、下弦さんとの連絡を我慢なさっているのですから。私も、待ちます」
自分に言い聞かせるように強く手を握りしめました。
そんな私を見て、雫さんが何か言いたげな表情をしています。
大丈夫ですよ。そんなに気にしないで下さい。
「うらら……」
「あ、お茶も用意していませんでしたね。少し待っていて下さい、今……」
「うらら! あと、一つだけ……連絡とってみる!」
「え?」
一体どこに連絡をとってみようというのでしょうか? 茶器を取ろうとした手を止め、首を傾げます。
「ここだけは連絡したくなかったんだけど……背に腹は代えられないわ」
歯ぎしりをしながら見せてくれたスマホの画面には、猫バカの文字が映っていました。
「あのバカ。この一週間、また猫写メ送り続けてきてるから、絶対電源入れてるはずよ!」
望月さんはまだ諦めてなかったのですかと、私が口にするよりも早く、雫さんは、えいっ! と、勢いよく画面を叩きました。
スピーカーフォンにされたスマホから、トゥルル、トゥルルと呼び出し音が鳴り出します。雫さんと顔を見合わせていると、三回目の途中でその音が途切れ、その代わりに大変堂々とした力強い声が部室内に響きました。
「ようやくベルガモットの可愛らしさに気がついたか? 有朋」
「一生、気がつかなくて結構よ!」
相も変わらない二人のやり取りでしたが、気が急いていた私はそこに無理やり割り込んでしまいます。
「蝶湖さんは? 望月さん、蝶湖さんはどうされていますか!? あのっ、噂で……留学するって聞いて」
マナー違反だとわかっていますが、どうしても我慢出来ませんでした。横入りするように話しかければ、少しも驚いた様子のない望月さんが、落ち着いた声で尋ね返してきたのです。
「天道か。今どこから電話している?」
「あ、はい。馬術部の部室です。新しい方の」
「わかった。ならいいだろう」
そう言われると、何かを指でトントンと叩くような音をさせた後、未だかつてないほど静かな声で答えて下さいました。
「月詠蝶湖は二度と学園に現れる事はない。これは既に決定している事項だ」
薄々わかっていたことですが、こうして望月さんにはっきりと宣告されてしまうと、もしかしたらという淡い期待が一気に霧散していくのがわかります。
「ねえ、それ本当に、本当なの?」
「ここで嘘をついても仕方がないだろう。それとも何か、お前らは、安心したいという理由だけで俺に連絡を取ったのか?」
それでだけでいいのか? と、問われているように聞こえました。
もちろんそんな訳がありません。
「いいえ。いいえ、私は蝶湖さんに会いたい。会って、ちゃんと話がしたいのです」
正直な気持ちを、望月さんへと訴えかけます。
どうか、この気持ちだけでも蝶湖様に届けて下さいませんか? そう続けてお願いしようと椅子から腰を上げかけたその時、少し固い声でこう言い出しました。
「今週末の十五夜に、大事な儀式がある」
「え?」
「その後に行われる披露の宴に出席するのが、月詠蝶湖の最後の果たすべき役目だ」
蝶湖様の最後のお役目ということは、それ以降は会うこともままならなくなってしまうのかもしれません。
だとしたら、チャンスがあるのだというのなら、賭けてみたい。
「望月さん、お願いです。どうか、私をその宴に招待していただけないでしょうか?」
強く、期待を持って、願います。両手を胸の前で組み合わせ、祈るように強く。
「ね、満くん、お願い! 私からも頼むから!」
雫さんが、私への助け船を出すようにたたみかけてくれました。
その言葉を聞き、望月さんが小さなため息をつきます。
「お前らには、あまり気分のいい宴ではないぞ」
「はい」
「ムカつくヤツらも多い。はっきり言って、アウェイだ」
「気にしません。構いません」
もう、待っているだけではいられないのです。
自分から動かなければ届かないというのなら、動きます。動き出します。
そう心に決めて返事をしました。
「わかった。当日、迎えを寄越してやる。せいぜい気合いを入れてこい」
私の決意を聞いた望月さんが、ほんの少し柔らかさを含んだ声で、そう願いを叶えて下さいました。