元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
雫さんに打ち明けた時同様に、静まり返る白百合の間です。
前世持ちである雫さんでさえ、私の告白には大変驚き、しばらくの間は口がきけないほどでした。まして、今この場にいらっしゃるのが前世など全く考えもしたことがない方々だとすれば、私のこの告白にどう応えていいのかなど、わからないのかもしれません。こればかりは仕方がないのでしょうね。
きゅっと重ねる両手に力を入れると、目の前から乾いた笑い声が聞こえました。
「っく、ははっ! なるほどねえ。面白い」
そうして、くっくっく、とバカにしたような笑いを止めることなく、新明さんは言葉を続けます。
「君のそのお嬢様然とした佇まいが、全てその妄想によるものだとは思わなかった。たかが夢見る少女の世迷言でも貫けばたいした結果を出すものだと感心したよ」
「っはあー!? 何言ってんのよ、うららの話が妄想ですって? ふざけないでよ!」
「ふざけているのはどっちだ。こんな話誰が信じられるか。それとも、君も前世を信じている口なのかい?」
嫌味たっぷりのその言葉に、私を庇おうとした雫さんが逆上されました。
「ええそうよ! 私は、私なんか、生まれる前から朧くん達のこと知ってるんだからねっ!」
雫さん……あなたまで勢いでカミングアウトしてどうするのですか。それ以上口を滑らせないようにと、声をかけようとすると、横に立つ下弦さんが感動に身を震わせ、雫さんの両手を包むように握りしめました。
「雫、そんなに僕のこと思ってくれてたの? うん、僕も君のこと生まれる前から知ってる気がするよ」
「えっ、朧くん! そうじゃなくって、ちょっと!」
今日の下弦さんのリミッターが、変な方向に振り切れて外れてしまっているように思えますが、勘違いされているのならそれでいいからと、雫さんへはこれ以上口を出さないように視線を走らせました。
そうして、再び新明さんへと向かい合います。
「新明さん、前世の話をそう簡単に信じていただけないのは百も承知です。けれどもその時の貴族教育こそが、あなたの言われる私の秘密そのものですわ。たかが夢見る少女が、付け焼刃でここまで出来るものだと信じていたいのなら、ご自由にどうぞ」
堂々と胸を張り、そう言い切りました。
切り捨ててしまいたかった貴族としての振る舞いも、ここにきて初めて生かすことができたのかもしれません。
そして、どうせ打ち明けてしまったのならば、遠慮することもないでしょう。もう一押しとばかりに一歩、新明さんへと近づきました。
扇がないので、代わりに手のひらでそっと口元を隠し、目線を少しだけ外します。そうして一言。
「それにしても、女性に向かい詰め寄られるとは、紳士のするべきことではございませんよ」
そう反撃させていただきました。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をされた新明さんに、溜飲を下げていると、今まで黙って話を聞いていた三日月さんが、大きく手をぱんぱんと叩きながら私たちの間に入ってきました。
「こんなん、朔の負けだろ? 認めちゃえよ。いーじゃん、うららちゃんは前世のお姫様ってことで。庶民の女の子が、満たちをたぶらかすための刺客かもってほうが、よっぽど荒唐無稽だよ」
「はっ、刺客だなんて思ったこともない。そんなことは……今さらな」
三日月さんの言葉に、不機嫌そうに返す新明さんです。そうですか、そんなふうに思われていたのですね。
確かに私のようにちぐはぐな人間がいたならば、新明さんのように、伝統を、さらには望月家や月詠家を守ることを信条にしている方からしたら、大層目障りだったに違いありません。
「さ、どうすんの、朔? もうすぐ時間だけど。行くの? 行かねえの?」
サイドボードに置かれた時計を見ながら三日月さんが尋ねられます。新明さんはふっと小さくため息を吐き出すと、何かを深く考えるような仕草をされました。
そうして、「行こう」と言いながら部屋の奥へと向かっていきました。
途中、一度だけ足を止め、振り向きもせずに私たちへこう言ったのです。
「お姫様にはエスコートが必要だろう。後で不知と朧を寄こすから、一緒に宴に出るといい」
まさかの譲歩に驚き、雫さんと顔を見合わせます。満面の笑みを浮かべた下弦さんが、また後でと雫さんへ言い残し、前を行く二人に急ぎついていきました。
けれども、貧乏貴族の娘に向かって、お姫様という言い方はなんとかしていただきたいですね、とても恥ずかしいのですが。
そう思っていると、唐突に雫さんが三人に向かい大きな声を出しました。
「ちょっとー、言っとくけどねえ。うららはただの貴族のお姫様じゃなくって、王子様の婚約者だったんだからね!」
何を言ってくださるのですか!? 婚約者でも、候補者でもありませんよ! その前段階ですらなかったのですから。
頭を抱えたいくらいの気持ちでいると、何故か楽しげな声で、そうか覚えておくと返事が返ってきました。
覚えて下さらなくて結構です! と返す間もなく、バタンとドアの閉まる音が聞こえたのです。
本当に、なんという余計なことを言ってくれるのですか、雫さん。
前世持ちである雫さんでさえ、私の告白には大変驚き、しばらくの間は口がきけないほどでした。まして、今この場にいらっしゃるのが前世など全く考えもしたことがない方々だとすれば、私のこの告白にどう応えていいのかなど、わからないのかもしれません。こればかりは仕方がないのでしょうね。
きゅっと重ねる両手に力を入れると、目の前から乾いた笑い声が聞こえました。
「っく、ははっ! なるほどねえ。面白い」
そうして、くっくっく、とバカにしたような笑いを止めることなく、新明さんは言葉を続けます。
「君のそのお嬢様然とした佇まいが、全てその妄想によるものだとは思わなかった。たかが夢見る少女の世迷言でも貫けばたいした結果を出すものだと感心したよ」
「っはあー!? 何言ってんのよ、うららの話が妄想ですって? ふざけないでよ!」
「ふざけているのはどっちだ。こんな話誰が信じられるか。それとも、君も前世を信じている口なのかい?」
嫌味たっぷりのその言葉に、私を庇おうとした雫さんが逆上されました。
「ええそうよ! 私は、私なんか、生まれる前から朧くん達のこと知ってるんだからねっ!」
雫さん……あなたまで勢いでカミングアウトしてどうするのですか。それ以上口を滑らせないようにと、声をかけようとすると、横に立つ下弦さんが感動に身を震わせ、雫さんの両手を包むように握りしめました。
「雫、そんなに僕のこと思ってくれてたの? うん、僕も君のこと生まれる前から知ってる気がするよ」
「えっ、朧くん! そうじゃなくって、ちょっと!」
今日の下弦さんのリミッターが、変な方向に振り切れて外れてしまっているように思えますが、勘違いされているのならそれでいいからと、雫さんへはこれ以上口を出さないように視線を走らせました。
そうして、再び新明さんへと向かい合います。
「新明さん、前世の話をそう簡単に信じていただけないのは百も承知です。けれどもその時の貴族教育こそが、あなたの言われる私の秘密そのものですわ。たかが夢見る少女が、付け焼刃でここまで出来るものだと信じていたいのなら、ご自由にどうぞ」
堂々と胸を張り、そう言い切りました。
切り捨ててしまいたかった貴族としての振る舞いも、ここにきて初めて生かすことができたのかもしれません。
そして、どうせ打ち明けてしまったのならば、遠慮することもないでしょう。もう一押しとばかりに一歩、新明さんへと近づきました。
扇がないので、代わりに手のひらでそっと口元を隠し、目線を少しだけ外します。そうして一言。
「それにしても、女性に向かい詰め寄られるとは、紳士のするべきことではございませんよ」
そう反撃させていただきました。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をされた新明さんに、溜飲を下げていると、今まで黙って話を聞いていた三日月さんが、大きく手をぱんぱんと叩きながら私たちの間に入ってきました。
「こんなん、朔の負けだろ? 認めちゃえよ。いーじゃん、うららちゃんは前世のお姫様ってことで。庶民の女の子が、満たちをたぶらかすための刺客かもってほうが、よっぽど荒唐無稽だよ」
「はっ、刺客だなんて思ったこともない。そんなことは……今さらな」
三日月さんの言葉に、不機嫌そうに返す新明さんです。そうですか、そんなふうに思われていたのですね。
確かに私のようにちぐはぐな人間がいたならば、新明さんのように、伝統を、さらには望月家や月詠家を守ることを信条にしている方からしたら、大層目障りだったに違いありません。
「さ、どうすんの、朔? もうすぐ時間だけど。行くの? 行かねえの?」
サイドボードに置かれた時計を見ながら三日月さんが尋ねられます。新明さんはふっと小さくため息を吐き出すと、何かを深く考えるような仕草をされました。
そうして、「行こう」と言いながら部屋の奥へと向かっていきました。
途中、一度だけ足を止め、振り向きもせずに私たちへこう言ったのです。
「お姫様にはエスコートが必要だろう。後で不知と朧を寄こすから、一緒に宴に出るといい」
まさかの譲歩に驚き、雫さんと顔を見合わせます。満面の笑みを浮かべた下弦さんが、また後でと雫さんへ言い残し、前を行く二人に急ぎついていきました。
けれども、貧乏貴族の娘に向かって、お姫様という言い方はなんとかしていただきたいですね、とても恥ずかしいのですが。
そう思っていると、唐突に雫さんが三人に向かい大きな声を出しました。
「ちょっとー、言っとくけどねえ。うららはただの貴族のお姫様じゃなくって、王子様の婚約者だったんだからね!」
何を言ってくださるのですか!? 婚約者でも、候補者でもありませんよ! その前段階ですらなかったのですから。
頭を抱えたいくらいの気持ちでいると、何故か楽しげな声で、そうか覚えておくと返事が返ってきました。
覚えて下さらなくて結構です! と返す間もなく、バタンとドアの閉まる音が聞こえたのです。
本当に、なんという余計なことを言ってくれるのですか、雫さん。