元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
【アフターストーリー】花嫁のお嬢様
月詠の薔薇園がその美しい花弁と芳しい香りに彩られる六月、私はウエディングドレスに身を包み、薔薇園の中に建てられた邸の一室でその時を待っています。
何枚ものレースを重ねたプリンセスラインのふわりとしたスカートに、純白の薔薇模様のレースで飾られた、クラシカルなロングスリーブのドレスは、今日の私が一番綺麗に見えるようにと、悩みに悩んで選んだものでした。
そのドレスを身につけて、控え室の大きな窓から外の景色を見て取れば、陽光が薔薇の葉の間からキラキラと光をこぼしながら輝いています。
まるでこれからの私の未来を祝福してくれているかのような光景に思わず見入ってしまいました。
「綺麗……」
「本当ね。こんな素敵な一日になってくれて、とても嬉しいわ」
きららちゃんのうっとりした言葉に相槌を打つと、もうっ! 違うから。と、口を尖らせます。
「綺麗なのは、お姉ちゃんだからね! 本当に凄くすっごく綺麗なの!」
あまりの勢いに、ほんの少し体が引いてしまいましたが、そう褒められて嬉しくないわけがありません。
愛すべき人と、一生を誓い合うこの日に、少しでも綺麗でいたいと思うのは、決してわがままではないでしょう。
「ありがとう、きららちゃん。最高の褒め言葉よ」
素直にそう受け取りました。
「褒めてんじゃなくて、事実だけどね。うららが綺麗なのは」
「雫さん。もう、照れるからやめて下さい」
私がそう言うと、二人して顔を見合わせて、ねー!と言い合います。
若草色の揃いのドレスを着た二人も、相当綺麗だと思うのですが、今日はその言葉を使わせてくれません。
「今日の私ときららは、うららのブライズメイドなんだからね。綺麗も可愛いも、全部うららのものよ!」
「そうだ、そうだー!」
「朧くんにも、全面禁止しといたのよ。あれ、ほっとくと、ずーっと言い続けるから」
ん? 何気に惚気られました。流石は雫さんです。
「でもまあ、私たちに言われなくても、たった一人に言われればいいか。ねえ、うらら?」
笑いながら、控え室のドアに向かい指を差します。何事かと首を向けると、そこには本来ここにいるはずのない湖月さんと下弦さんの姿がありました。
襟に白薔薇のブートニアを付けたネイビーブルーのフロックコートに身を固め、きっちりと撫でつけた髪型の湖月さんは、普段以上に精悍な顔つきをしています。
あまりの格好良さに、思わず顔が火照ってしまいました。
「アッシャー さーん、花婿さんが花嫁さんを襲いにきましたー。ホント、ちゃんと止めなさいよ!」
「止めたんだけどね。無理だろ。基本、こいつを止められるのって世界に一人しかいないし」
雫さんの言葉に、お手上げのポーズを取りながら、薄いグレーのトラウザーズにベスト姿の下弦さんが言われます。
相変わらず友人には我が侭ばかりの湖月さんですね。
ダメですよ迷惑をかけては。そう見つめると、切れ長の目を零れんばかりに大きくみはり、私の姿を凝視しています。
あら、どこかおかしいところでもありますか? と、湖月さんへ声をかけようとすると、急にまなじりを下げて、こちらに駆け寄ってきました。
「うらら」
「はい」
「俺のうらら」
「……はい。そうです」
今日から名実ともに、湖月さんのうららになります。
でも、うららの湖月さんにもなるのですよ。
そんな想いをのせて、にっこりと笑顔を見せると、湖月さんは私の手を取り、その場へ跪きました。
「うらら、どうか俺と結婚してください」
そうして、最後のプロポーズをすると、私の手の甲へとキスを捧げてくれたのです。
最初のプロポーズから七年間、湖月さんは毎日私にその言葉を伝えてくれました。二年前に私がプロポーズを受けてからも、それから結婚の準備している間も、会えない日には電話でも、必ず毎日伝えてくれたのです。
ですから私も、その想いに正直に応えます。
「もちろんです。初めてプロポーズしていただいた時から、ずっとそのつもりでした」
私のその言葉に、控え室に居る全員の動きが固まりました。
「…………え?」
あら、どうしてこんなに静まり返るのでしょうか?
「うらら、あんた今……」
ようやく我に帰った雫さんが、絞り出すように言葉を出したのですが、突然開かれた扉と共に飛び込んできた声にかき消されてしまいました。
「お前らーっ!人 に準備を全部任せて、何を遊んでるんだっ!?」
下弦さんと同じアッシャー役の望月さんが、薄いグレーのベスト姿で、大きな荷物を抱えています。
「遊んでなんかないだろ。花婿の付き添いだよ」
「そうね、私たちは花嫁の付き添いだもの。むしろここに居るべきでしょ」
雫さんと下弦さんが息の合った返しをします。けれども、どうやらやるべきことが随分と溜まっているようで、望月さんも簡単には引きません。下弦さんの耳を引っ張り、いいから手伝えと引きずりながら出て行ってしまいました。
「一応私たちも見てくるわ。うらら、しばらくは大丈夫よね?」
その言葉に頷くと、雫さんときららちゃんは、前を行く二人を追います。
そうして、湖月さんと二人、控え室に残されたのでした。
「えっと、湖月さん?」
「なに?うらら」
「あの……その、この体勢はどうなのでしょうか?」
すでに立ち上がっていた湖月さんですが、二人きりになった途端、私を後ろからぎゅっと抱きしめ、首に顔を埋めています。
「とても恥ずかしいのですが……どいてもらえませんか?」
「ダメだよ。うららが意地悪したから、そのお返し」
意地悪? いつ私がそんなことをしたのでしょうか? 不思議に思っていると、首筋からチュッとリップ音が鳴りました。
っ、こ、これは!? キスですか?
「湖月さんっ!」
「最初のプロポーズから、受けてくれるつもりがあったなら、そう言ってくれればよかったのに」
もう一度、チュッと音が立ちました。うー、恥ずかしいです。
「そうしたら、もっと早く結婚できたのにな」
さらにもう一回リップ音が響きます。これは完全に拗ね……いいえ、甘えモードになってしまいました。
こうなってしまうと、なかなか面倒なのが湖月さんです。
経験上、しばらくの間好きなようにさせておけば落ち着くのは知っていますが、流石に今日だけはそういう訳にもいきません。時間の制限もありますし、意を決して、私に抱きついている湖月さんの腕を取ります。
そうして、ゆっくりと振り向けば、少し不思議そうにした湖月さんの顔がありました。
「毎日のプロポーズは負担でしたか?」
私がそう言うと、先ほどではないものの、目を見開いて私を見つめます。
「私は、とても嬉しかったです。始めはもちろん驚きましたけれど、そうなったら素敵だと、胸がときめきました。それから毎日していただいたプロポーズのおかげで、私はあなたのお嫁さんになるのだなと自然に思うことが出来たのです」
ありがとうございます。そう、感謝の言葉を伝えると、湖月さんは息を一つはき、困ったような笑みを見せました。
「参った。うららには本当に敵わないな」
「そんなこと……」
今まで、正直にお話することが恥ずかしからと黙っていただけなので、そう言われてしまうとかえって恐縮してしまいます。
「いや、俺も楽しんでいたよ。今日はどんな言葉でプロポーズしようか、何時うららが受け入れてくれるか、毎日そんなことを考えてはドキドキしていた」
「湖月さんもですか?」
「ああ、そうだ。ねえ、うらら。今日から君は俺のお嫁さんになるんだから、プロポーズはさっきのが最後だ」
「はい」
「これからは毎日君に愛を伝えるよ。だから、うらら……君も俺に愛を伝えて」
うっとりと囁くその声に、胸が高まりました。もちろん、答えなんて決まっています。
「はい。愛しています、湖月さん」
「愛してる、うらら」
そう誓い合い、見つめ合いました。そうして湖月さんの手のひらが、私の頬にかかろうとした時、
「あのさ、お二人さん。悪いけどそれは宣誓の場でやってくれるかな?」
呆れ顔の下弦さんが、控え室の扉を拳でコンコンと叩きました。その後ろには、ニヤニヤを隠さない雫さんが頷いています。
ああ、いよいよその時なのですね。もう一度、湖月さんへと視線を向ければ、満面の笑みを返してくれます。
それでは行きましょう。
二人、ずっと一緒にいると約束をしに。
あの白薔薇のアーチの下で、永遠の愛を誓いに。
何枚ものレースを重ねたプリンセスラインのふわりとしたスカートに、純白の薔薇模様のレースで飾られた、クラシカルなロングスリーブのドレスは、今日の私が一番綺麗に見えるようにと、悩みに悩んで選んだものでした。
そのドレスを身につけて、控え室の大きな窓から外の景色を見て取れば、陽光が薔薇の葉の間からキラキラと光をこぼしながら輝いています。
まるでこれからの私の未来を祝福してくれているかのような光景に思わず見入ってしまいました。
「綺麗……」
「本当ね。こんな素敵な一日になってくれて、とても嬉しいわ」
きららちゃんのうっとりした言葉に相槌を打つと、もうっ! 違うから。と、口を尖らせます。
「綺麗なのは、お姉ちゃんだからね! 本当に凄くすっごく綺麗なの!」
あまりの勢いに、ほんの少し体が引いてしまいましたが、そう褒められて嬉しくないわけがありません。
愛すべき人と、一生を誓い合うこの日に、少しでも綺麗でいたいと思うのは、決してわがままではないでしょう。
「ありがとう、きららちゃん。最高の褒め言葉よ」
素直にそう受け取りました。
「褒めてんじゃなくて、事実だけどね。うららが綺麗なのは」
「雫さん。もう、照れるからやめて下さい」
私がそう言うと、二人して顔を見合わせて、ねー!と言い合います。
若草色の揃いのドレスを着た二人も、相当綺麗だと思うのですが、今日はその言葉を使わせてくれません。
「今日の私ときららは、うららのブライズメイドなんだからね。綺麗も可愛いも、全部うららのものよ!」
「そうだ、そうだー!」
「朧くんにも、全面禁止しといたのよ。あれ、ほっとくと、ずーっと言い続けるから」
ん? 何気に惚気られました。流石は雫さんです。
「でもまあ、私たちに言われなくても、たった一人に言われればいいか。ねえ、うらら?」
笑いながら、控え室のドアに向かい指を差します。何事かと首を向けると、そこには本来ここにいるはずのない湖月さんと下弦さんの姿がありました。
襟に白薔薇のブートニアを付けたネイビーブルーのフロックコートに身を固め、きっちりと撫でつけた髪型の湖月さんは、普段以上に精悍な顔つきをしています。
あまりの格好良さに、思わず顔が火照ってしまいました。
「アッシャー さーん、花婿さんが花嫁さんを襲いにきましたー。ホント、ちゃんと止めなさいよ!」
「止めたんだけどね。無理だろ。基本、こいつを止められるのって世界に一人しかいないし」
雫さんの言葉に、お手上げのポーズを取りながら、薄いグレーのトラウザーズにベスト姿の下弦さんが言われます。
相変わらず友人には我が侭ばかりの湖月さんですね。
ダメですよ迷惑をかけては。そう見つめると、切れ長の目を零れんばかりに大きくみはり、私の姿を凝視しています。
あら、どこかおかしいところでもありますか? と、湖月さんへ声をかけようとすると、急にまなじりを下げて、こちらに駆け寄ってきました。
「うらら」
「はい」
「俺のうらら」
「……はい。そうです」
今日から名実ともに、湖月さんのうららになります。
でも、うららの湖月さんにもなるのですよ。
そんな想いをのせて、にっこりと笑顔を見せると、湖月さんは私の手を取り、その場へ跪きました。
「うらら、どうか俺と結婚してください」
そうして、最後のプロポーズをすると、私の手の甲へとキスを捧げてくれたのです。
最初のプロポーズから七年間、湖月さんは毎日私にその言葉を伝えてくれました。二年前に私がプロポーズを受けてからも、それから結婚の準備している間も、会えない日には電話でも、必ず毎日伝えてくれたのです。
ですから私も、その想いに正直に応えます。
「もちろんです。初めてプロポーズしていただいた時から、ずっとそのつもりでした」
私のその言葉に、控え室に居る全員の動きが固まりました。
「…………え?」
あら、どうしてこんなに静まり返るのでしょうか?
「うらら、あんた今……」
ようやく我に帰った雫さんが、絞り出すように言葉を出したのですが、突然開かれた扉と共に飛び込んできた声にかき消されてしまいました。
「お前らーっ!人 に準備を全部任せて、何を遊んでるんだっ!?」
下弦さんと同じアッシャー役の望月さんが、薄いグレーのベスト姿で、大きな荷物を抱えています。
「遊んでなんかないだろ。花婿の付き添いだよ」
「そうね、私たちは花嫁の付き添いだもの。むしろここに居るべきでしょ」
雫さんと下弦さんが息の合った返しをします。けれども、どうやらやるべきことが随分と溜まっているようで、望月さんも簡単には引きません。下弦さんの耳を引っ張り、いいから手伝えと引きずりながら出て行ってしまいました。
「一応私たちも見てくるわ。うらら、しばらくは大丈夫よね?」
その言葉に頷くと、雫さんときららちゃんは、前を行く二人を追います。
そうして、湖月さんと二人、控え室に残されたのでした。
「えっと、湖月さん?」
「なに?うらら」
「あの……その、この体勢はどうなのでしょうか?」
すでに立ち上がっていた湖月さんですが、二人きりになった途端、私を後ろからぎゅっと抱きしめ、首に顔を埋めています。
「とても恥ずかしいのですが……どいてもらえませんか?」
「ダメだよ。うららが意地悪したから、そのお返し」
意地悪? いつ私がそんなことをしたのでしょうか? 不思議に思っていると、首筋からチュッとリップ音が鳴りました。
っ、こ、これは!? キスですか?
「湖月さんっ!」
「最初のプロポーズから、受けてくれるつもりがあったなら、そう言ってくれればよかったのに」
もう一度、チュッと音が立ちました。うー、恥ずかしいです。
「そうしたら、もっと早く結婚できたのにな」
さらにもう一回リップ音が響きます。これは完全に拗ね……いいえ、甘えモードになってしまいました。
こうなってしまうと、なかなか面倒なのが湖月さんです。
経験上、しばらくの間好きなようにさせておけば落ち着くのは知っていますが、流石に今日だけはそういう訳にもいきません。時間の制限もありますし、意を決して、私に抱きついている湖月さんの腕を取ります。
そうして、ゆっくりと振り向けば、少し不思議そうにした湖月さんの顔がありました。
「毎日のプロポーズは負担でしたか?」
私がそう言うと、先ほどではないものの、目を見開いて私を見つめます。
「私は、とても嬉しかったです。始めはもちろん驚きましたけれど、そうなったら素敵だと、胸がときめきました。それから毎日していただいたプロポーズのおかげで、私はあなたのお嫁さんになるのだなと自然に思うことが出来たのです」
ありがとうございます。そう、感謝の言葉を伝えると、湖月さんは息を一つはき、困ったような笑みを見せました。
「参った。うららには本当に敵わないな」
「そんなこと……」
今まで、正直にお話することが恥ずかしからと黙っていただけなので、そう言われてしまうとかえって恐縮してしまいます。
「いや、俺も楽しんでいたよ。今日はどんな言葉でプロポーズしようか、何時うららが受け入れてくれるか、毎日そんなことを考えてはドキドキしていた」
「湖月さんもですか?」
「ああ、そうだ。ねえ、うらら。今日から君は俺のお嫁さんになるんだから、プロポーズはさっきのが最後だ」
「はい」
「これからは毎日君に愛を伝えるよ。だから、うらら……君も俺に愛を伝えて」
うっとりと囁くその声に、胸が高まりました。もちろん、答えなんて決まっています。
「はい。愛しています、湖月さん」
「愛してる、うらら」
そう誓い合い、見つめ合いました。そうして湖月さんの手のひらが、私の頬にかかろうとした時、
「あのさ、お二人さん。悪いけどそれは宣誓の場でやってくれるかな?」
呆れ顔の下弦さんが、控え室の扉を拳でコンコンと叩きました。その後ろには、ニヤニヤを隠さない雫さんが頷いています。
ああ、いよいよその時なのですね。もう一度、湖月さんへと視線を向ければ、満面の笑みを返してくれます。
それでは行きましょう。
二人、ずっと一緒にいると約束をしに。
あの白薔薇のアーチの下で、永遠の愛を誓いに。