元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「これは一体どういうことかしら?」
あまり動揺することなどないような蝶湖様が、若干ひいています。まあ、それも仕方がないでしょう。何故かと言えば、有朋さんが目の前に連れてきた方々というのが、筋骨隆々の肉体に、白の鯉口シャツ、半股引に、藍染めの腹掛け地下足袋というスタイルでしたからね。
「ふっふっふ。これよ、これ! じゃじゃーん!」
そう言って、指さした先には、大きな車輪の上に、乗客が座るように出来ている台座と、人が引っ張れるようになっている大きな柄が付いている、いわゆる人力車と呼ばれる乗り物がありました。
「これに乗って、チラシを配って周るのよ。ウケること間違いなし! それから、この人力車を提供してくれるのは」
「押忍! ラグビー部です!」
と、運動部の猛者らしく、ビックリするくらいの大声で挨拶を受けました。
「この間、ボールをぶつけられた詫びの代わりに働いてもらうことにしたの」
そういえば、四月の入学式当日にラグビーボールを頭にぶつけられていましたね。病院で見てもらった結果、何事もなかったはずですが、ちゃっかりしています。
「有朋さんから、人力車の宣伝にもなるからということで快諾しました。よろしくお願いします!」
「いい? ラグビー部の人力車サービスとのタイアップだからね、月詠蝶湖さんは、せいぜいお嬢様らしく、澄ました顔して乗ってて頂戴よ! 多分それだけで、人力車の宣伝になるから。じゃあ、天道うらら、行くわよ」
二台用意されたうちのひとつへと、有朋さんが私を連れて行こうとした時、ぐっと腕を掴まれました。
「うららはダメよ。私と乗るの」
一歩も引かないとばかりに、蝶湖様が有朋さんを見据えます。そうなるとお手伝いをしてもらっている立場の方としては話を聞かない訳にはいきません。うん、と考えた結果、私はエプロンを外し、蝶湖様の侍女のようなポジションで人力車に乗ることとなりました。
そうして一人用の人力車に乗り込んだ有朋さんは、いつの間に用意されたのか、猫耳なるものを頭に着けたかと思うと、「さあ、レッツゴー!」と、意気揚々と出発の合図を発したのです。
「なんというか、バイタリティのある子ねえ」
「本当に。見ているだけでも元気になれます」
あれで、私を無理矢理巻き込んでこなければと、何度も思いましたけれども。
そう、しみじみとしているとガタンと人力車が大きく揺れました。思わず蝶湖様の腕にしがみつくと、「大丈夫?」とその綺麗な顔を近づけて尋ねられます。
「ええ。でも結構揺れるものなのですね。馬車みたいなものかと思いましたが、違いました」
「車輪が二つしかないから仕方がないわね。あら、うららは馬車に乗ったことがあるの?」
あ、つい前世の馬車を思い出して答えてしまいました。えーと、その……
「以前、観光で、乗った……ことが」
「そう。じゃあ、揺れても大丈夫なように、もっと近くへ寄りなさい。ほら、もっと」
蝶湖様の勧めで、ぴったりと隙間ないくらい張り付いてしまいました。
「狭くありませんか?」
「全然。もっとくっついてもいいのよ」
私がそう尋ねると、あっさりと言われましたが、さすがに無理ですよ?どうやってこれ以上くっつくのかと考えていると、突然蝶湖様を呼び止める声が聞こえました。
「なんだ、お前ら。急にいなくなったかと思えば、随分と面白そうなものに乗ってるな」
「あら、満。乗りたければ、ラグビー部へどうぞ。楽しいわよ」
レトロ喫茶から退出された望月さん、三日月さん、十六夜さんが興味津々といった感じでこちらを見ていたので、蝶湖様が美しい笑みをたたえ、そう宣伝されます。
すると、周りの方々もとても興味を示したように、嬉々として学園祭マップを確認される姿が多々見られました。車夫のラグビー部員の方もほくほく顔で、こちらに向かい親指をグッと立てられました。
そんなふうに皆さんが楽しそうにしている姿を見ていると、なんだか私もとても楽しい気分になってきます。
「楽しいですね、蝶湖さん」
思わずそう口にすると、蝶湖様も私の方を見ながら頷かれます。
「ええ、楽しいわ、うらら。学園祭がこんなに楽しいのは初めてよ」
にっこりと笑う蝶湖様が、隣り合う私の手をぎゅっと握りしめます。ああ、やっぱり蝶湖様もお友達が少なくて寂しい思いをしていたのですね。そんなふうに勝手に考えてしましました。
「明日もまだありますよ。また一緒に楽しみましょう」
そう言えば、笑みをさらに深められました。
「明日も一緒に回ってくれる?うらら」
「勿論です。あ、明日はチラシなしですから、もっと身軽ですね」
ふふっと笑いながらそう伝えると、同じように笑い返してくださいました。
「朔くんに、怒られた」
そういえば、生徒会長のお仕事のせいか、今日は望月さんたちと一緒ではありませんでしたね。
というか、何をなさったのですか、有朋さん……
チラシ配りが終わったと、人力車の配車場所についたところでそう告げられました。
「ちょーっと調子に乗ったというか、つい人力車に乗ったまま門から外に出ちゃってね」
それはいけません。怒られて当然です。場合によっては、人力車も中止になってしまいますよ。そういさめようとしたところ、有朋さんは口をぶーっと尖らせながら「わかってるわよ」と言葉を続けます。
「私が明日、作法室で謹慎して反省文書くからってお願いして、ラグビー部はお咎めなしってことにしてもらったわよ。だからもう、それ以上突っ込まないの!」
そうだったのですか。それならば仕方がありませんね。ラグビー部の方々も、少々調子に乗ったのは否めないようですし、有朋さんがご自分から泥を被って事が収まったのならそれでよしとするのが最適なのでしょう。
「それでは有朋さんは、明日の当番はできないということですね」
連絡をしておかなければいけませんと考えていると、それはもうしたとあっけらかんと言われました。
「朧くんに連絡したわ。あとついでにあんたも出来ないって言っておいたから、反省文手伝ってね」
「な、何を勝手に連絡しているのですか!?」
「だってー、一人じゃつまんないじゃん! 反省文も、上手く書ければ半日で終わるからっ! お願い、相棒じゃない。うららぁー!」
ううう。確かにチラシ配りを任せてしまった負い目もありますが、流石に明日半日とは……
そして、背中からびしびしと刺さる蝶湖様からの視線が痛いです。お約束しましたものね。わかっています、ええ。
ああ、もう。お二方、どうかお約束は半日ずつでお願いします……