元伯爵令嬢は乙女ゲームに参戦しました
「あれ、誰だろう?」
「そうね、きららちゃん、雫さんと一緒にちょっと見てきてもらえるかしら?」
ケーキ用のナイフを持った私がそうお願いすると、元気よく「はーい」と返事をして廊下がパタパタと鳴りました。雫さんは、「もー、インターホンカメラくらい付けなさいよ」と文句を言いつつも、きららちゃんの後ろについて行ってくれます。
そうですね、誰か知らない人が来るかわかりませんし、防犯上インターホンカメラをつけた方がいいとは思います。思いますが……まあ今回はそれがなくてよかったかもしれません。
一人、クスリと笑いながら、さあケーキは何個に切り分けましょうかと考えたところ、廊下の向こうで大きな笑い声が弾けるように響き渡りました。バタバタバタっ、と廊下を走る音が聞こえたかと思うと、リビングの扉がバンッと大きく開きました。
「っく、ぷ……。うららぁクリスマス女子会へのお客様よっ! ちょっと、ほら、シャンとして!」
「や、待って、雫……このスカートってのが、歩きにくくって、さあ……」
雫さんに腕を取られて私の前へと引きずり出されたその人は、茶色のふわふわの髪を後ろにながし、長い睫毛に艶のあるピンクのリップを塗った、赤いワンピースドレスの可愛らしい女の子……の格好をした下弦さんでした。
「いらっしゃいませ、下弦さん。お似合いですよ」
ニッコリと笑って歓待すれば、「やだー、違うわよ。うらら」と恥ずかしがる下弦さんの隣でにやにやと笑顔を見せながら雫さんが言いました。
「今日はね、朧ちゃんよ。それか、朧子さん? そう呼ばないと、仲間には入れてあげられないわよ。だって、女子会だもの、ねーっ」
あら、困りましたね。自分から提案したとはいえ、そこまで徹底しなければいけませんか?
雫さんのお怒りをあまり長引かせてはいけないから女装して家にきてください。そうすれば雫さんのことですから、「女子会」への参加は絶対に断りませんよ、と。
顔をヒクつかせた下弦さんですが、実行されたのですからやはりここは皆さんに倣いませんとね。
「では、朧子さん。今日はお一人でいらっしゃったのですか?」
「……いや、えーと……実は、」
雫さんに腕を取られたままの下弦さんは、恥ずかしそうにスカートを気にしながら後ろへ顔を向けました。
そこには、流れるような光沢の黒髪、切れ長の美しい目元をした美しい人が立っています。潤んだ黒い瞳を縁取るように覆う睫毛がゆっくりと私に向けられると、それだけで胸がいっぱいになってしまいました。
「蝶湖さん……いらっしゃいませ」
「うらら、お邪魔するわね」
その一言とともに、すっと手が差し伸べられます。私は躊躇なくその手の中に飛び込みました。
湖月さんはあれから順調に身長が伸びていて、最後に蝶湖様と会ったあの時からするとさらに3センチは高くなっているようです。肩幅もがっしりとし始めていて、こうして蝶湖様の格好をしていても、随分と体つきが変わってきているようでした。
それでも、以前と変わらない蝶湖様の笑顔に、ぽーっと見とれているとさらにその後ろから、何故ここに? と思う人の声がかかります。
「おいおいおい、その格好でラブシーンというのはやめとけよ」
「え?」
蝶湖様の後ろに目をやれば、そこにはスーツにベスト、そして白手袋といった格好をした望月さんがいらっしゃいました。そしてその腕の中には一つの毛玉が――猫?
「女子会だろう? うちのお嬢様を連れてきた。ああ、俺は彼女の執事なので気にするな」
そう言って、そのお嬢様、ベルガモット嬢をこちらへと向けました。
ええと、写真はみせられたことがありましたが、実物はそれをさらに上をいく大変個性的なお顔立ちのお猫様ですね。
ベルガモット嬢を「ブサかわーっ!!」と言って、大変可愛がっているのはきららちゃんです。
きららちゃんの膝の上で撫でられ続けているベルガモット嬢も、そして何故か望月さんも、当然だといってはばからない態度は凄いと思いました。
六つに切り分けたケーキを手渡しながら、雫さんと下弦さんを窺うと、なんだかもうすっかり仲直りしたようです。とはいえ、いつもの姿ではなく可愛らしい女の子の格好をしているため、なんとなく不思議な感じもしないでもありません。私のそんな視線に気がついた下弦さんが、照れたように笑いながら話しかけてきました。
「女装して来いって天道さんに言われた時には、どうしようかと悩んだけどよかったよ」
「雫さんは頑固ですから、そのままでは絶対に女子会の中へは入れてくれませんからね」
「頑固って……まあそうだけどさー」
「それに、下弦……いえ、朧子さんがこういったことをお願いするとなると、誰になるかはほぼ決まっているでしょう?」
ちらりと蝶湖様の方へ視線を向けました。同じ年で、古くからの友人で、そして私たちの事情を全てわかっている人。すると、きららちゃん以外の皆さんがびっくりしたかのように大きく目を見張ります。
「……え?」
「まじか」
「あんたはー……」
「うらら……?」
はい。きっと、下弦さんは湖月さんにお願いすると。そうして、きっと蝶湖様として一緒についてきてくれるものと思ったのです。
「だって、今の一番のお友だちは雫さんですが、私が一番にお友だちになったのは、蝶湖さんですから。どうせなら、一緒にクリスマス会をしたいなって思ったんです」
恋人は湖月さんです。けれども私の最初のお友だちは蝶湖様でした。
アメリカに留学されてしまったということになっていますし、そろそろこの格好も体格的に厳しくなってきているでしょうから、最後に一目でも会いたいと思ってしまったのです。
雫さんに便乗してしまいましたが、そこは許してくださいね。そんな気持ちを込めて、軽く舌を出すと、雫さんは大きく吹き出しました。
「やっだ、うらら。あんためっちゃ強くなったわよねー」
「まさか、僕らのケンカを逆手に取られるとは思わなかったよ。まいりました」
バンッと背中を思い切り叩かれました。少し痛かったですが、これくらいは仕方がありません。望月さんは両手を上に上げて笑っています。
そして蝶湖さんといえば、私の横に座ったままじっとこちらを見つめています。まるで睨んでいるのかと間違えてしまいそうなくらいに、真剣に、強く。それから一つ息を吐き出して、私の頬に手を当ててくれました。
「うらら、好きだよ」
「ええ、私も好きです」
湖月さんも、蝶湖さんも、大好きです。
「ずっと、これからもずっと俺の側にいて」
勿論です。でも……
近づく唇に、ぴとっと手のひらを当てて止めさせていただきます。人前でキスはダメですよ。それに――
「蝶子さん、お友だち同士ですることではありません」
ぐう。と、唸り声を飲み込む音が聞こえてきました。ちょっと着替えてくるという蝶湖様の言葉も、雫さんの「着替えたら入れてやんなーい」の一言に押し切られました。
せっかくですので、このまま女子会を楽しみましょう。恋人の時間は、明日ちゃんとやってきますからね、湖月さん。
「ただいまーって、おいっ、何このカオス……うえぇ、マジか、女装湖月くん……」
「うるさい、はると。それより面接はどうだった?」
「あ? なんかもう即合格内定出たんだけど、いいのこれ?」
ぴらりとはると君が一枚の紙を私たちの目の前に出しました。そこには確かに『合格』の文字が大きくのっています。今日推薦の面接で、合格通知とは確かに早すぎますね。
「よかったな。これでお前も来年から聖デリア学園の生徒だ。全国大会優勝なんだから、学費免除も当然だろ」
「いや、デリアって剣道部ねえじゃん」
「作るんだよ、来年から。だからお前を入れるんだって」
望月さんまで参戦してきましたが、剣道部がないって初めて聞いたのですが、はると君もよく受けようと思ったものです。というか、なんだか作為的なものを感じてしまうのですが……
「ま、ただで剣道できるならいいか」
そんな呑気に答えるはると君です。けれども、ふっと思い付いたように「そういやー」と言い出しました。
「なんかめちゃでかいリムジン?っての?その真っ白い車がさっき家の周りうろついてたんだけど、あれって湖月くん家のヤツ?」
「いや、一旦帰した。どうした?」
「なーんか、すごい高そうな女の子が乗ってて、こっち見てたから気になった」
「知らん。俺にとっての最上は、うらら以外にないしな」
家族に向かって惚気られると何気に恥ずかしいですね。うーん、と顔をそらすと、妙な顔をした雫さんがその言葉に引っかかったように呟いていました。
「白いリムジン?」
「どうか、されましたか?」
「あ、ううん。なんか、思い出したようなー……まあいいわ」
「……そう、ですか」
不思議とその雫さんの態度が気にかかりましたが、せっかくはると君も帰ってきたことですし、そのままクリスマス女子会は合格祝いも兼ねたパーティーへと突入していったのです。
*****
「ふふふふふ。はるとくーん、待っててね。わたくし『太陽小町~エンジェルビートでつらぬいて~』の世界で、絶対にあなたを落としてみせる、か、ら、ね!」
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YES OR NO
――――to be continued?
「そうね、きららちゃん、雫さんと一緒にちょっと見てきてもらえるかしら?」
ケーキ用のナイフを持った私がそうお願いすると、元気よく「はーい」と返事をして廊下がパタパタと鳴りました。雫さんは、「もー、インターホンカメラくらい付けなさいよ」と文句を言いつつも、きららちゃんの後ろについて行ってくれます。
そうですね、誰か知らない人が来るかわかりませんし、防犯上インターホンカメラをつけた方がいいとは思います。思いますが……まあ今回はそれがなくてよかったかもしれません。
一人、クスリと笑いながら、さあケーキは何個に切り分けましょうかと考えたところ、廊下の向こうで大きな笑い声が弾けるように響き渡りました。バタバタバタっ、と廊下を走る音が聞こえたかと思うと、リビングの扉がバンッと大きく開きました。
「っく、ぷ……。うららぁクリスマス女子会へのお客様よっ! ちょっと、ほら、シャンとして!」
「や、待って、雫……このスカートってのが、歩きにくくって、さあ……」
雫さんに腕を取られて私の前へと引きずり出されたその人は、茶色のふわふわの髪を後ろにながし、長い睫毛に艶のあるピンクのリップを塗った、赤いワンピースドレスの可愛らしい女の子……の格好をした下弦さんでした。
「いらっしゃいませ、下弦さん。お似合いですよ」
ニッコリと笑って歓待すれば、「やだー、違うわよ。うらら」と恥ずかしがる下弦さんの隣でにやにやと笑顔を見せながら雫さんが言いました。
「今日はね、朧ちゃんよ。それか、朧子さん? そう呼ばないと、仲間には入れてあげられないわよ。だって、女子会だもの、ねーっ」
あら、困りましたね。自分から提案したとはいえ、そこまで徹底しなければいけませんか?
雫さんのお怒りをあまり長引かせてはいけないから女装して家にきてください。そうすれば雫さんのことですから、「女子会」への参加は絶対に断りませんよ、と。
顔をヒクつかせた下弦さんですが、実行されたのですからやはりここは皆さんに倣いませんとね。
「では、朧子さん。今日はお一人でいらっしゃったのですか?」
「……いや、えーと……実は、」
雫さんに腕を取られたままの下弦さんは、恥ずかしそうにスカートを気にしながら後ろへ顔を向けました。
そこには、流れるような光沢の黒髪、切れ長の美しい目元をした美しい人が立っています。潤んだ黒い瞳を縁取るように覆う睫毛がゆっくりと私に向けられると、それだけで胸がいっぱいになってしまいました。
「蝶湖さん……いらっしゃいませ」
「うらら、お邪魔するわね」
その一言とともに、すっと手が差し伸べられます。私は躊躇なくその手の中に飛び込みました。
湖月さんはあれから順調に身長が伸びていて、最後に蝶湖様と会ったあの時からするとさらに3センチは高くなっているようです。肩幅もがっしりとし始めていて、こうして蝶湖様の格好をしていても、随分と体つきが変わってきているようでした。
それでも、以前と変わらない蝶湖様の笑顔に、ぽーっと見とれているとさらにその後ろから、何故ここに? と思う人の声がかかります。
「おいおいおい、その格好でラブシーンというのはやめとけよ」
「え?」
蝶湖様の後ろに目をやれば、そこにはスーツにベスト、そして白手袋といった格好をした望月さんがいらっしゃいました。そしてその腕の中には一つの毛玉が――猫?
「女子会だろう? うちのお嬢様を連れてきた。ああ、俺は彼女の執事なので気にするな」
そう言って、そのお嬢様、ベルガモット嬢をこちらへと向けました。
ええと、写真はみせられたことがありましたが、実物はそれをさらに上をいく大変個性的なお顔立ちのお猫様ですね。
ベルガモット嬢を「ブサかわーっ!!」と言って、大変可愛がっているのはきららちゃんです。
きららちゃんの膝の上で撫でられ続けているベルガモット嬢も、そして何故か望月さんも、当然だといってはばからない態度は凄いと思いました。
六つに切り分けたケーキを手渡しながら、雫さんと下弦さんを窺うと、なんだかもうすっかり仲直りしたようです。とはいえ、いつもの姿ではなく可愛らしい女の子の格好をしているため、なんとなく不思議な感じもしないでもありません。私のそんな視線に気がついた下弦さんが、照れたように笑いながら話しかけてきました。
「女装して来いって天道さんに言われた時には、どうしようかと悩んだけどよかったよ」
「雫さんは頑固ですから、そのままでは絶対に女子会の中へは入れてくれませんからね」
「頑固って……まあそうだけどさー」
「それに、下弦……いえ、朧子さんがこういったことをお願いするとなると、誰になるかはほぼ決まっているでしょう?」
ちらりと蝶湖様の方へ視線を向けました。同じ年で、古くからの友人で、そして私たちの事情を全てわかっている人。すると、きららちゃん以外の皆さんがびっくりしたかのように大きく目を見張ります。
「……え?」
「まじか」
「あんたはー……」
「うらら……?」
はい。きっと、下弦さんは湖月さんにお願いすると。そうして、きっと蝶湖様として一緒についてきてくれるものと思ったのです。
「だって、今の一番のお友だちは雫さんですが、私が一番にお友だちになったのは、蝶湖さんですから。どうせなら、一緒にクリスマス会をしたいなって思ったんです」
恋人は湖月さんです。けれども私の最初のお友だちは蝶湖様でした。
アメリカに留学されてしまったということになっていますし、そろそろこの格好も体格的に厳しくなってきているでしょうから、最後に一目でも会いたいと思ってしまったのです。
雫さんに便乗してしまいましたが、そこは許してくださいね。そんな気持ちを込めて、軽く舌を出すと、雫さんは大きく吹き出しました。
「やっだ、うらら。あんためっちゃ強くなったわよねー」
「まさか、僕らのケンカを逆手に取られるとは思わなかったよ。まいりました」
バンッと背中を思い切り叩かれました。少し痛かったですが、これくらいは仕方がありません。望月さんは両手を上に上げて笑っています。
そして蝶湖さんといえば、私の横に座ったままじっとこちらを見つめています。まるで睨んでいるのかと間違えてしまいそうなくらいに、真剣に、強く。それから一つ息を吐き出して、私の頬に手を当ててくれました。
「うらら、好きだよ」
「ええ、私も好きです」
湖月さんも、蝶湖さんも、大好きです。
「ずっと、これからもずっと俺の側にいて」
勿論です。でも……
近づく唇に、ぴとっと手のひらを当てて止めさせていただきます。人前でキスはダメですよ。それに――
「蝶子さん、お友だち同士ですることではありません」
ぐう。と、唸り声を飲み込む音が聞こえてきました。ちょっと着替えてくるという蝶湖様の言葉も、雫さんの「着替えたら入れてやんなーい」の一言に押し切られました。
せっかくですので、このまま女子会を楽しみましょう。恋人の時間は、明日ちゃんとやってきますからね、湖月さん。
「ただいまーって、おいっ、何このカオス……うえぇ、マジか、女装湖月くん……」
「うるさい、はると。それより面接はどうだった?」
「あ? なんかもう即合格内定出たんだけど、いいのこれ?」
ぴらりとはると君が一枚の紙を私たちの目の前に出しました。そこには確かに『合格』の文字が大きくのっています。今日推薦の面接で、合格通知とは確かに早すぎますね。
「よかったな。これでお前も来年から聖デリア学園の生徒だ。全国大会優勝なんだから、学費免除も当然だろ」
「いや、デリアって剣道部ねえじゃん」
「作るんだよ、来年から。だからお前を入れるんだって」
望月さんまで参戦してきましたが、剣道部がないって初めて聞いたのですが、はると君もよく受けようと思ったものです。というか、なんだか作為的なものを感じてしまうのですが……
「ま、ただで剣道できるならいいか」
そんな呑気に答えるはると君です。けれども、ふっと思い付いたように「そういやー」と言い出しました。
「なんかめちゃでかいリムジン?っての?その真っ白い車がさっき家の周りうろついてたんだけど、あれって湖月くん家のヤツ?」
「いや、一旦帰した。どうした?」
「なーんか、すごい高そうな女の子が乗ってて、こっち見てたから気になった」
「知らん。俺にとっての最上は、うらら以外にないしな」
家族に向かって惚気られると何気に恥ずかしいですね。うーん、と顔をそらすと、妙な顔をした雫さんがその言葉に引っかかったように呟いていました。
「白いリムジン?」
「どうか、されましたか?」
「あ、ううん。なんか、思い出したようなー……まあいいわ」
「……そう、ですか」
不思議とその雫さんの態度が気にかかりましたが、せっかくはると君も帰ってきたことですし、そのままクリスマス女子会は合格祝いも兼ねたパーティーへと突入していったのです。
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