来世なんていらない
「そうね…。まつりのことが可愛くて愛おしくて堪らなかったのに、いつからか無邪気な笑顔が怖くなってたの」

「怖い?」

「実家に戻ろうとも思ったけど、そうしなかった。今はそうしておくべきだったって思うけど、あの頃は変な意地もあってね。私は一人で大丈夫、この子を立派に育ててみせるんだって。あんたが二歳になるくらいの時にこのアパートで暮らし始めたの」

「そう…憶えてない」

「基本的には昼間働いてたけど、シングルマザーで生活していくには全然お金が足りなかった。まつりが小さい分、フルタイムで働けるわけでも無かったし、夜のほうがお金になるからって、週一、あんたをおばあちゃんに預けて水商売もした」

「それはちょっと憶えてる。四歳くらいまでだっけ。おばあちゃんちでアニメ観てた気がする」

ママが私の部屋の中を見渡して、息をついた。

「そうね…。それでも生活は全然ラクにはならなくて、ストレスもイライラもどんどん溜まっていった。こんなに頑張ってるのに身にならないなら意味ないじゃないって思って、自暴自棄になって合間を縫ってギャンブルにも手を出した。途端に借金が出来ていって、もう手に負えなくなって、何回かおじいちゃんに工面してもらったこともあるのよ。おばあちゃんが泣いて頼んだこともある。頼むからうちに戻るか、まつりだけでも私達に預けなさいって。それでもママはそうしなかった。自分はこんなんなのに、まだどこかで取り返しがつくって思ってて、まつりを奪われたら死んでしまうって思ってた。病気だった…」

「私を手放してればママはラクになれたんじゃないの」

「そうかもしれない。ううん、きっとそうだったし、まつりにとってもそれが最善だった。私の根拠のない意地とプライドでまつりを日に日に追い詰めた」

ママが私の頬に触れようとした。
その手を反射的に払い除けた。

ママは傷付いた顔をしたけれど、手をギュッと結んで、悲しそうに笑った。
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