来世なんていらない
ママは私を殴る時だけ、私の存在を思い出す。

普段は足元に転がる石ころくらい、意識なんてしていないのに、私を殴る時だけはっきりと、私を見る。

でも今はもう、見えていない。

今日もまた、ママの中で私が死んだ。

「片付けとけよ。このままだったら知らないからね」

私の耳元で言って、ママは彼氏と一緒に出て行った。

静かになった部屋。
さっきよりも散らかった部屋。

一本だけ煙草が潰された灰皿。

頬が痛い。

テーブルの上のペン立てからカッターを抜き取る。

チキ、チキ、チキ…

衝動だった。
左腕の袖を捲って、何も考える余裕なんて無くて、グッとカッターの刃を引いた。

ザリッザリッていつもと違う感触がして、鈍い痛みが広がる。

真翔が貼ってくれた絆創膏。

刃物は切れ味が鈍くなればなるほど、引っ掛かりが増える。

スパッと綺麗に切れてくれないから、無理矢理引いてしまうんだ。

絆創膏のテープとガーゼ部分に引っ掛かった刃が、汚く歪んだ線を腕に残した。

真翔の絆創膏…自分で裂いてしまった…。

プツプツッと飛び出た赤い血がポタッとラグに落ちた。

ブラウンのラグに出来た赤いシミ。
ママはどうせ気付かない。
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