振り込め詐欺と闇バイト
『振り込め詐欺と闇バイト』

一見ポップでラノベ感のあるタイトルですが、冷静に見ると全然そんなことはない。
もちろん犯罪をやってはいけません。
しかし残念ながら、ファンタジーの世界にも犯罪は存在するのです。

ここはセムの国。
その有数の名家であるオルドーの豊かさは、多くの違法行為により支えられていました。
水の魔法使いを抱えていて、出所に問題あるお金も簡単にジャブジャブ洗うことができます。
(無限にお金を生成すると流通貨幣の総量が増えてしまうので、できてもやりません。)

事業の1つに振り込め詐欺があり、長女のミアンが責任者として取り仕切っています。
(電話でなく魔法で音声メッセージをとばします。)

「ちょっとひねりを加える必要があるわね」

最初こそ「オレオレ、息子」という勢いでお金を騙し取れていましたが、事件が多発するにつれ騎士団が対策に動き出し、防犯の啓発がなされるようになりました。
手口がバレると徐々に成功率は下がってきます。

「もっと言葉巧みにお金を巻き上げるにはどうすれば…」

そんなとき、ふと机の上にチラシが置いてあるのが目に入りました。

「へえ、巷ではこういうのが流行っているのね」

それは演劇の公演を知らせるもので、人気役者の華やかに着飾ったイラストが描かれています。

「…劇場型犯罪、というのはどうかしら」
※現実世界のものとは意味が異なります

詐欺の際一人でまくしたてるには限界がある。
それなら冷静になる間を与えないほどかわるがわる演者を登場させればいい。

「そうね、やってみましょう!」

ミアンはさっそく脚本家の確保に動き出しました。

――――――――――――――――――――

街のギルドには様々な仕事の依頼があり、冒険者とのマッチングが行われます。
一方表では言えないような仕事の依頼を闇バイトとして斡旋する闇ギルドも存在します。

主流の肉体労働でないことが心配でしたが、作家志望の若者がいたらしく無事委託することができました。
注文内容は「ピンチに陥って親にお金を要求する状況を複数人のセリフによって表現する脚本」です。

このような場合仕上がった原稿だけ提出させればよく、わざわざ受託者に会う必要はありません。
闇バイトなど何かあった際は秒で尻尾切りするのが基本であり、必要最低限の情報しか与えてはいけません。

しかしミアンは人一倍したたかな女性です。
今後継続して依頼する可能性がありますし、緊張感と僅かでも忠誠心を植えつけていくため、直接受け取ることにしました。
もちろん素性は隠してです。
闇ギルドに依頼するのはどういう人間か皆わかっているため、余計な詮索をするような愚か者はいません。

「俺なりに考えて作ってみた。著作権を主張したりしないから自由に改変してくれ。
書き直しも受け付ける」

文士気取りの割につまらない冗談を言うわね、と思ったもののミアンは口にしませんでした。

「わかったわ。ご苦労様。
作家で生活していけるようになりたいの」
「あんたがパトロンになってくれるかい」
「その冗談はちょっと面白いわ」

それだけ言って別れました。

――――――――――――――――――――

子「母さん助けてくれ。うっかりドラゴンの尾を踏んでしまった。
 なんとか命だけは助かったが俺の手には負えない事態に発展してる」

ドラゴン「ガオーン!」

竜使い「お母さんこんにちは竜使いの者です。私が通訳します。
 『踏まれた怒りが収まらない。お詫びにA5ランクの牛を50頭捧げよ、さもなくば麓の村を焼き払う』と言っています」

村長「麓の村の長です。どうか村民たちの命を守ってください」

農家「畜産農家の者です。大切に育てた牛ですが、村の危機を救うため涙を飲んで今回だけ格安でご提供させていただきます」

子「そういう訳ですぐお金を振り込んでほしい。そうすればドラゴンも村も俺も皆幸せに解決する。
口座は――」

――――――――――――――――――――

後日。
ミアンは作家を酒場に呼び出し感想を伝えました。

「ドラゴンが律儀に出てくるのはやり過ぎよ。
あと肉のランクは屠殺しないとわからないから要求に違和感がある。
でもまあ、全体としては画期的で悪くないと思ったわ。一度たたき台にしてみます」
「それは何より」
「いろんなパターンを並行して試したいから他のバリエーションも書いてもらえるかしら」
「ありがたいね。本を書いて金をもらえる、夢の生活だ」
「まったく、そんな貧相な身体で普段どうやって食いつないでいるの」
「貧乏人は何だってやるさ。
そうだ、狩ったスライムを高級葛餅だと言って売って儲かったことがある。あれはケッサクだったな」

思い出したのか作家が笑います。
今まで接したことのないタイプゆえにミアンには新鮮で、特有の色気のようなものを感じるのでした。

「おい髪の毛が入ってるじゃないか!この店は客に毛入りのスープを飲ませるのか?」

そのとき突然ガラの悪い客が騒ぎ出し椅子を蹴飛ばして、店内はにわかに静まり返りました。
やがて店主が対応しに出てくると、作家も驚きつつ2人に近づいていきます。

「おいおいウソだろ」

何に食いついたのか様子を見ていると、なんとその客に話しかけ始めたのです。

「すごいな、エルフの中にもゴロツキがいるとは知らなかった。元からか?タガが外れてるのか?
いやいやどう見てもあんたの髪以外あり得ないじゃないかこんな金色の長髪。
いや実に興味深い。もう今夜はとことん話を聞かせぶべっ」

みなまで言う前に客の鉄拳が入りました。一撃で床に突っ伏す案の定の貧弱さ。
何より不埒な輩に自ら絡みにいって殴られる、完全な奇行です。
あんなに生き生きした表情もするのだなあと、しかしミアンは感心して見たのでした。

――――――――――――――――――――

作家の名はロワウといいました。
彼の書く脚本は多種多様で、振り込め詐欺収益のV字回復に大いに貢献しました。
ミアンは彼の人間性だけでなく作品にも関心をもち、原稿の受け渡し以外でも時々二人で会って話すようになりました。

「生活のためなら芝居の脚本だって書くが、一番やりたいのは純文学だ。
いつか俺にしか書けない作品をぶち上げて世の中をあっと言わせてやる」
「あっとねえ」
「ああ、いつかゴーレム文学賞を獲るんだ。絶対に」
「その自信はどこから。
でもこんな稼業やってたら世間の脚光を浴びたときまずいのではなくて」
「確かにな。まあそんときゃあんたが黙っててくれりゃいい」

ロワウは笑って煙草をふかしました。
共犯関係にあるとはいえ素性を明かしていない依頼側の立場が有利で、その気になれば一方的に脅迫することが可能です。
もっともそれは作家が脅迫するに値するほど出世した場合の話であり、今真剣に検討する必要はありません。

ミアンは考えます。
我がオルドー家が本気になれば、ゴーレム賞は無理でも何かしら文学賞を獲れるよう裏から手を回すことはできる。
決して難しいことではない。
でももし彼に力不足の自覚があれば不正の可能性に気づくかもしれない。
そのときどう思うだろう。
空っぽの名声など要らないと怒るだろうか。
書き物で食えるなら何でもいいと喜ぶだろうか。
それを今ここで尋ねたら私のことをどう思うだろうか。
私のことを…?

この男にどう思われるかを気にしていることに、ミアンは気づいたのでした。

――――――――――――――――――――

互いに意識し合っている、と二人は徐々に気づいていきます。
しかしそこには「犯行における」・「利害関係の」パートナーであるという大きな壁があり、何より決定的な身分の違いがある。
なかなか一定以上に距離が縮まることはありませんでした。

ある日、ミアンは書斎を見せてくれないかと提案しました。
もちろん書斎などという大したものがあると思ってはいません。要は部屋に行かせろということです。
文学賞に応募する作品が捗らず難航していると聞いて、気分を換えるきっかけになればという思いもありました。

張り切ってロワウのぼろ小屋を訪ねて行くと、そこには彼の他に同居人の姿がありました。
客人ではないと思ったのはその男が書き物をしていたからです。
同じ志を持つ者どうし切磋琢磨するとともに生活費を節約しているのだろう、と。

すぐにそれが間違いであることがわかりました。

「紹介するよ、うちの先生。小説の神様だ」

神様と言われてみると確かにうっすら発光しているような気がしますが、物の例えでしょう。

「同業の同居人の方ですわね」
「ああ、いや、この人が俺の本を書いてる」
「ん?ん~?」

彼が何を言っているのかすぐに理解できません。

「俺の神様だよ。
…あんた知らないクチか、昨今はこういう制作の形も多いんだ」
「というと」
「まず業者に頼んで小説の神様を召喚してもらうだろ。
あとは作家が発注して、神様が書いて、作家が仕上げる。以上」
「さ、作家が自分で書かないんですの?」
「そりゃ神様の方が物知りだし腕もいいからな」
「でもそうすると、作家性というか、存在意義みたいなあれは」
「別に何もしないって訳じゃない。発注の仕方でアウトプットは変わってくるし、読者が読みやすいように調整だってする」
「はあ~そんなことになってるのね。
カルチャーショックですわ…」

「調子はどうですか先生」
「ダメだな、もう3日も原稿用紙とにらめっこしているが全然言葉が出てこない」
「アウトプットできてないじゃないの」
「俺のサポート不足が悪いんです。先生は力のある方なので絶対いいものが書けますよ。
一緒に頑張りましょう」

いっそ出版社で働いてはどうかという言葉をミアンはなんとか飲み込み、

「邪魔したら悪いし今日は早めに失礼するわ」

と言って退出しました。
世の中は常に変わっていく、夢の形も人それぞれである。
オルドーの令嬢はそれを解さないほど狭量な人間ではないのです。

――――――――――――――――――――

それから数日の間、執筆が進んだ様子はありませんでした。
ずっと籠もっていないでと店へ呼び出すとロワウは一層げっそりしていました。
同時に今までないほど精悍に研ぎ澄まされても見えるのでした。

「死なないように栄養摂って帰りなさい。あなたの健康に気を配るのも雇い主の務めだわ」
「ありがたいね」

しかしなかなか食が進みません。
空気が淀み、テーブルを沈黙が支配します。

「ねえ、書けないだけなの。
他に悩んでることがあるの、どっち」
「……」
「私に遠慮するような分別のある人だったかしら」
「……
先生が、あんたにえらく興味を持ってる」
「つまり」
「作家ってのはそういう生き物だろ。
あんたのことをよく知れば間違いなく素晴らしい作品が書けるそうだ」
「ちょっと、私を誰だと思っているの!」

激昂して勢いで言いましたが、遠慮するなと言った後怒るのはひどいし、そもそもミアンは自分の素性を教えていません。

「私があなたの夢のために何かしてさしあげる義理はない」
「その通りだ。
まったくどうかしてる」

……。

……。

ミアンは一つ大きく深呼吸しました。

「義理はないけれど、この私が、ケチな作家に挑発されて逃げ出すとでも?」
「…何を言ってる」
「何を動じることがあるというのかしら」
「やめろ、そんなつもりで来たんじゃない!」
「あなたはあなたの、私は私のやるべきことをやる。それだけの話よ」

しばらくロワウは頭を抱えていましたが、やがて思いついたように顔を上げました。

「あのさ」
「ええ」
「ケチな作家ってのは、どっちのこと――」
「両方よ両方!」

――――――――――――――――――――

後日、ミアンは覚悟を決めて小説の神様のもとを訪れました。
事前に伝えてロワウには家を空けてもらっています。

まったく意に介さない、などということはありません。
しかしこの先過酷な局面に遭遇し、自力で切り開かなければならない事態は次々起こり得ます。
そう思うといちいち気にしていられるか、という気持ちも湧いてくるのです。

部屋では神様が書机の前に偉そうに座って待っていました。

「よく来たな。
おお、やはり素晴らしい、めったにお目にかかれない逸材だ。力がみなぎってくるぞ」
「……」
「今晩は私の指示にすべて従ってもらう、それでいいな」
「お好きに」

滲み出る令嬢の胆力。
そんなミアンをじっと見つめて、神様が怪訝な表情をします。

「あのさ、何か勘違いしてるかもしれないけど私神様だからね、好んで人間に触れたりすることはないんだわ。
だって神なんだもの」
「あ、そうなの」

それはちょっと拍子抜けですね。
すると神様は満面の笑みを浮かべました。

「でも触れる以外のことは全部やるから、腹くくってね」
「本当に勘違いなの?!」

























――――――――――――――――――――

長い長い夜が明けました。

小説の神様の言葉と能力に偽りはなく、怒濤の勢いで血湧き肉踊る最高傑作を書き上げました。
そこにロワウが手を加える必要はほとんどなく、提出した作品は名のある大会で官能小説賞を受賞したのでした。

――――――――――――――――――――

さて。
受賞者の中にロワウの名前を見つけたミアンは居ても立っても居られず彼の部屋を訪れました。

「おめでとう!」

柄にもなく勢いよく飛び込むと、ロワウは見知らぬ女性と戯れあっていました。

「あれーずいぶん早かったね先生。
…あ」
「え」

時間が止まりました。
感情をなくした声でミアンは問いかけます。

「あの、こちらの方は?」
「えーと…
妹、のように、仲のいい、友人です」
「友人以上の友人です、はじめまして~」
「詳しく説明してくださるかしら」
「いや、あんたと交際している訳では、ないよな。
清く正しい、友人関係を、させていただいている」

その通りではあるものの、それは通せないことをさすがに自覚している焦りよう。

「私が、私がいったいどれほどの思いで…」

詰みです。

「ほら、女遊びは文芸の肥やしというやつで…」
「そんなの先生に任しとけばいいでしょうが!」

ひょっとするのかなという気配もあったのですが。
どこの世界でも、文士とは女にだらしないものなのですね。
くわばらくわばら。

「お前などクラーケンの海に沈めてやるわー!」

(おわり)
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