別れを決めたので、最後に愛をください~60日間のかりそめ婚で御曹司の独占欲が溢れ出す~
 琵琶の独特の甘みを堪能している未来を眺めながら和輝は表情を緩めた。

「あー、怖かったから何となく記憶に残ってる。ひとりで登ったもののどうしようもなくなって」

 たしか5歳になるかならないかの頃だったと思う。
 猪瀬の屋敷の庭の柿の木に生った実を取りたくて登ったものの、途中で怖くなって降りることも登ることもできなくなったのだ。

「わんわん泣いて和くんに助けられたんだよね……どれだけ食い意地張ってたんだろう」

「まあ、未来は今も食い意地が張ってるが」

 言いながら和輝が未来に自分の分のゼリーを未来に差し出してきた。

「むぅ……」

 否定できないのは和輝があまり甘いものを好まないからと、それを嬉しく受け取ってしまったからだ。

 しかし、和輝が続けたのは思いがけない言葉だった。

「あの時未来は『和くんのママに食べさせる!』って泣いたんだよ」

「そうだったっけ……」

 和輝の母の記憶は朧げにある。
 和輝の父、貴久と早くして結婚したという彼女はとても美しく、優しく笑う人だった。
 『娘も欲しかったのよ』といって、親友の娘である未来をかわいがってくれた。
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