雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
その夜、バスルームから出て、先に寝室で待っている創介さんの元へと向かった。
私の姿を見ると、創介さんが開いていた雑誌を閉じた。
ベッドヘッドに背を預けて座っていた創介さんの隣にそろりと入り込み、そして同じように私も腰掛ける。
「――創介さん」
創介さんに肩を寄せた。
「今日は、亡くなったお母様のこと、聞いてもいい?」
「急にどうした?」
何故そんなことを言い出したのかと不思議そうな創介さんに、言葉を続ける。
「前にも少し聞いたことはあったけど、今日、創介さんの家に行って、なんとなく思い出して」
「なんとなく?」
「そう」
頭を創介さんの腕に預けると、肩を抱いてくれた。
「母親……。そうだな。まあ、六歳までの記憶だから、美化されてしまっているのかもしれないが、とにかく優しい人だったのを覚えてる」
創介さんの温かさを感じ、そして髪には大きな手のひらが滑る。
「俺が物心ついた頃から病気がちだったからな。いつも一緒にいられたわけじゃないから、俺といられる時は出来る限り優しくしたいと思っていたのかもしれない。だからかな。俺の記憶の中にある母親は、笑顔ばかりなんだ。最期の日を除いては――」
そこで創介さんの静かな声の音が変わった。
「俺に笑顔しか見せなかった人が、涙をぼろぼろ流して泣いてた。もっと一緒にいてあげたかった、傍にいてあげられなくてごめんってな。子供の俺には『無念』なんて言葉は分からなかったけど、ただ、母親の苦しい感情だけは伝わって来た」
淡々と語るけれど、それが余計に痛みを感じる。
「だから、お父様の再婚が許せなかった……」
「そうだ。本当に許せなかったよ。俺の母親は、天国からどんな思いで見ているだろうと、考えれば考えるほど耐えられなかった」
そんな現実、受け入れられないのが当然だ。
「でも。結局、母親のために怒りを感じていたつもりになっていたが、ただ寂しかっただけなんだ。そこに母がいないことが寂しかった。正義感を振りかざすことで、自分の弱さを誤魔化したんだ」
六歳という年齢で、一番傍にいてほしい、無条件で愛してくれる人を失うということがどれだけ寂しいことか。私にもよく分かる。
でも、私には母がいた。
創介さんにとっての父親は、甘える対象ではなかった。創介さんの置かれた状況を思うと辛い。
「あの時、きちんと自分の弱さに向き合っていれば良かったんだろう。どんな感情もすべて自分に向けていれば、あんな風に他人を傷付けずに済んだかもしれない……」
創介さんが口を噤む。傷付けてしまった人をその胸に思い浮かべているのかもしれない。
その表情を見れば、憎しみではないことが分かる。