雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
6 繋がっていく絆 【side;創介】
ー1ー
四月になり、雪野が仕事を辞めた。
毎朝、玄関先でいいと言うのに、マンションのエントランスまで一緒に付いて来て見送ってくれるようになった。
「奥様、おはようございます」
「おはようございます。今日も、よろしくお願いします」
運転手に笑顔で応える。
「じゃあ、創介さん。いってらっしゃい」
「ああ。今日は、早く帰れる」
「はい」
車に乗り込む間際に俺に見せてくれる微笑み。”早く帰る”と告げて、笑顔になってもらえるというのは、やはり嬉しい。俺の帰りを待っていてくれるのだと、そう実感できるからだ。
車のドアを閉め、発進する。少しずつ加速度的に離れて行く。後ろを振り返ると、まだ雪野が立っていた。
四月になって二週間ほどが経つ。エントランス正面に植えられた桜の木は、もうほとんどの花が散った後で。耐え忍んでいたように付いていた、最後の薄桃色の花びらが雪野の元へと舞って行く。わずかな花びらが舞う中に立つ雪野の姿に、胸が少しだけ締め付けられた。
なぜだろう。
そんな自分を不思議に思う。
マンションを出て角を曲がると、雪野の姿は見えなくなる。そこで、顔を前に戻した。そして、いつものように新聞を広げる。この日はどうしてだか、この目に雪野の笑顔が焼き付いて仕方がなかった。