雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「どうした――」
「奥様が、奥様が倒れられて、今、病院に運ばれたと連絡がありました。常務、今すぐ、病院に行ってください!」
時が一瞬にして止まる。
「な、何を――」
「奥様の状態の詳しいことは分かりません。とにかく、早く行ってください!」
神原の言っていることが理解出来ないでいる俺に、一枚の白い紙きれを押し付けて来た。
「ここが、奥様がいらっしゃる病院です。車は、今、玄関に回させますから。早く行ってください」
雪野が、倒れた――?
今朝だって、いつもと同じ笑顔で見送ってくれて。俺の目の前には、手の込んだ弁当だってある。
雪野が――。
いきなり脳が機能し出したように常務室を飛び出した。
大丈夫だ。ただ少し、体調を崩しただけ。
ただ少し――。
必死にそう自分に言い聞かせる。自棄になって言い聞かせても、胸の鼓動が激しく乱れ、恐ろしいほどの恐怖ばかりが込み上げて来る。
もしも、雪野がこのまま――。
不意に浮かんだ思いが、俺を闇へと突き落とす。闇へと沈み込んで行きながら、過去の記憶がまざまざと蘇る。
――お母様、僕を置いて行かないで。死なないでっ!
いつも優しい笑顔で包み込んでくれていた母親が、初めて涙を見せながら俺の目の前で息を引き取った。こんな時に、その時の母の顔と雪野の顔がだぶって見えて。心から大切な人を失う恐怖が鮮明になって俺を襲う。
もう、あんな思いはしたくない。
今、雪野を失えば――。
雪野のいない世界なんてもう考えられない。
ダメだ。
雪野だけはどこにも行かせたりしない――。
どういう状況か何も分からないのに。そんなことばかりを考える自分に怒りすら感じる。
バカなことを考えるな。雪野がいなくなるはずがない。そんなはずは――。
収まらない乱れた鼓動は、俺を追い立て追い詰める。病院にたどり着くまでのその時間が、途方もない永遠のような時間に感じて。俺はただ、雪野のいない世界を彷徨っていた。