雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「――あの、お義兄さん」
「ん?」
病室を出て隣を歩く優太君が、俺をうかがうように見ていた。
「このたびは、おめでとうございます」
「え? ああ、ありがとう」
そうか。妊娠が分かれば、それはめでたいことなのだ。そんな当然の感情さえ忘れていた。
「何かあれば、うちもいくらでも協力するんで。母も孫が出来ると大喜びでしょうし、俺にも、姪っ子か甥っ子が出来る。楽しみだ。いつでもなんでも言ってください」
「ありがとう」
「はい」
どうして俺は笑えないのだろうか。
タクシーで、優太君の会社を回り、そして社に戻って来た。
「奥様、大丈夫でしたかっ?」
常務室に入ると、飛び掛かってくるような勢いで神原が俺の元に駆け寄って来る。
「ああ。貧血で倒れたみたいだ」
「貧血……。そうですか」
心底安心したように神原が息を吐いた。
「女性には貧血は多いですからね。でも、倒れるほどなら少し注意した方がいいかもしれませんね」
でも、安心しました――そう、神原が胸を撫でおろしている。
「今、雪野は病院にいる。今日は少し早め帰りたいんだが、問題ないか?」
「はい。特に重要な予定は入っておりませんので。小さなものは変更できますから、奥様の元にいて差し上げてください」
「悪いな」
ほとんど手をつけていない、デスクに広げたままになっていたはずの弁当は、きちんと重ねられていた。神原がそうしたのかもしれない。色鮮やかな弁当だった。
子供が出来たと知った雪野は、心の底から嬉しそうだった。あの、キラキラとした笑顔が浮かんでは、また胸が痛む。
「どうかされましたか? 何か、他に心配なことでも――」
「ああ、いや。残務処理したら、今日は帰る」
「はい」
早々に仕事を片付け夕方社を出ると、実家に向かった。