雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「もしもし、どうかしたか――」
仕事時間中にこうして電話がかかって来ることはない。何かあったのではないかと、途端に緊張が走る。
(い、今、話しても、大丈夫……?)
「ああ、大丈夫だ。それよりどうかしたか?」
なんとなく、電話の向こうの雪野の声がおかしい。
(うん。さっきから、お腹が痛くて。陣痛が来たみたいなの。今、痛みの間隔を測っていたところで、そろそろ――)
「なんだって?!」
雪野を遮るように声を荒げてしまった。
まだ、予定日ではないというのに!
「何を悠長に。早く、病院に行かなくていいのか? 一人で不安だろう。今すぐ、帰る――」
慌てふためく俺を、今度は雪野が遮った。
(創介さん、落ち着いて。ちゃんと病院には電話してあるし、間隔も短くなって来たし、天気も悪いからから早めに病院に向かいます。初産だし、そんなにすぐには産まれないって。だから、仕事、終えてから来てくれても、大丈夫――い、いたっ)
「痛いのか!」
話している合間に入る呻き声に、俺の不安は増大するばかりだ。
(だ、大丈夫。もう、タクシーを呼んであるから。だ、から、創介さんは、仕事――)
こんな時までそんなことを言う雪野の言葉なんて、俺にとってまったく意味をなさない。
「とにかく、早くタクシーに乗るんだ。俺も今すぐ病院に向かうから。頑張れ。頑張れよ!」
俺が自宅に帰って連れて行くよりも、何倍も早く病院にたどり着けるだろう。とにかく、一刻も早く病院に行ってもらいたい。
どうして、俺がいないときに――。
「専務」
早く、病院へ――。
「専務! どうされたんですか!」
「あ、ああ」
意味もなく部屋を行ったり来たりしているところに、神原の大きな声が響いた。
「そろそろ、産まれるらしい。これから病院に行って来る」
「そうですか! では、早く」
「ああ。じゃあ、申し訳ないが後のことはよろしく頼む」
「はい――って、専務!」
軽く頭の中がパニックになりながら、神原に振り返る。
「なんだ」
「コートと鞄、お忘れです」
神原が俺の元に駆け寄って来た。
「あ、ああ、そうだった」
差し出されたものを受け取ると、神原が俺を真っ直ぐに見上げてた。
「専務、しっかりしてください。これから一番大変なのは奥様です。ここは専務がどんと構えていないと!」
「そ、そうだよな。そうだ。俺は大丈夫だ」
そうは言ってみたものの、果たして俺にそんなことができるだろうか。心配で不安で、今にも押し潰されそうだ。